ミニチュア・ガーデン

――大好きです大好きです大好きです
――どうかずっと前にいてくれますように
――どうかずっと声を聞いてくれますように
――どうかずっと手を伸ばしてくれますように
 一生懸命祈っても一生懸命願っても叶わないなんて識っていた筈なのに。どうしてかこの願いだけは聞き届けてもらえると思っていた。
 道行く人の声、背後からは車のエンジン音、誰かの話声が明瞭に聞こえる。十四は目を開いた。コンビニの眩い程の光に目を細めさせる。何度か瞬きをしていると次第に光に慣れてくる。会社帰りの人たちだろうか、酒でも入っているのかそこそこ大きな声で歩いていく。近くにタクシーが停まり、酔っ払いたちを乗せていく。二件目に行くぞと嬉しそうに喚く声がする。中には女性の声も聞こえた。大学生ほどの人たちが何かわけのわからないことを叫んでいる。十四は立ち上がり、駅へと向かって歩く。自分と同じ年齢の人たちが制服を着て何かはしゃいでいる。脳裏に忌まわしい記憶が一瞬だけ浮かんで消える。掌をくるくると回し続ける民衆。声は届かない。手は届かない。叫びは届かない。好き勝手に喚きがなる雑踏たちを追い越しながら、十四は口許に手を当てた。胃袋がぢりぢりと焼けている。それは次第に食道へと上がっている気がした。
 十四はアマンダが中にいる鞄を握りしめる。は、と息を意識的に吐いた。口から吐き出された二酸化炭素はゆるりと沈んでいく。駅にある金色の時計には数多の人たちが蠢いている。その視線が、向けられている筈がないのに、恐ろしい。十四は鞄を探ってイヤホンを取り出す。音楽を聴こうと思っていたのに何も音が出ない。充電切れだ。焦りで十四の呼吸が僅かに早くなる。鼓動が早くなる。有象無象から笑い声が聞こえる。十四はそれに過敏に反応した。自分が言われているわけでは無いと言い聞かせつつも、速足でその場を立ち去ろうとする。
 涙が浮かんだ目元を指先で拭う。顔を上げると、見慣れたツートンカラーのジャケットが視線を過る。あっ、と驚きと喜びの声が十四の口から落ちた。顔を明るくさせて、手を伸ばして駆け寄ろうとする。その姿は間違える筈がない。

「ひと、」

 弾んだ声は咽頭に押し込められた。十四の足はぴたりと止まる。挙げた手はぎこちなくも降ろされた。
 見慣れた人の隣には、知らない女性が立っていた。仲睦まじそうに二人は寄り添って歩いている。
 十四は女性をじっと見た。目鼻立ちの整った顔立ちをしている。滑らかな髪は長く、いかにも女性らしさを覚えさせた。雑誌から抜け出したようなセンスの悪くない服。女性は獄を見て柔らかな目をさせる。獄の眦も優し気に弧を描く。十四の中で絶叫が響く。何か一言二言二人で小さな声で話している。話の内容は聞き取ることが出来ない。獄が女性の腰を抱いた。二人は獄の高級そうな時計を見て、何処かへ歩いていく。相応しさを体現したような二人組は何かの写真のように見えた。
 十四はその二人の影を見る事しかできない。は、は、と呼吸が浅く、早くなる。息苦しさにぼろぼろと涙が零れ、視界が狭くなる。唇がじんわりと痺れを訴える。十四はアマンダを抱き締めた。口に当てて呼吸を落ち着けようとする。ひとやさん、と吐いた言葉は音にならず綿に染み込んで消える。何度も嘔吐いた。近くにいた駅員らしき男が十四に声を掛ける。十四は大丈夫ですと言いたかった。言いたかったのに言葉は呼吸で掻き消される。
 獄はそんな十四に気付かず、女性と仲良さそうに夜の街へと消えていく。ヒールの音が遠くなる。ヒールを履いたその細い足は、丁度いい差を作って並び立っていた。
 あぁ、その手をそんな女に伸ばさないで。

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