ミニチュア・ガーデン02


「くうこぉさぁん」

 吐いた声は酷く間抜けな響きだ。十四は涙をぼろぼろと零しながら空却を探す。口からは呻き声のような音が落ち続ける。宛ら迷子になった子供だ。何度目かの名前を呼ぶと空却は本堂からひょっこりと姿を現した。いつもの作務衣にスカジャンを羽織った格好だ。片手に化粧箱がある。口には蓬饅頭が咥えられていた。にゃあ、と空却の足元で猫が鳴く。十四は一瞬涙を止めたが、再び泣き始めた。
 空却と十四は離れにいた。空却は湯呑に入れた茶を飲みながら饅頭に舌鼓を打っている。十四は湯呑を両手で包み込むようにして持つ。茶の熱が冷えた指先をじんわりと温もらせる。障子の向こう側で鳥の囀りが聞こえる。ぐず、と十四は洟を啜った。涙ははらはらと頬を伝い落ちる。何が悲しくて泣いているのか最早解らない。ただただ心臓の真ん中で、獄を求めて泣いている。まぁだ泣いてんのか、とからりとした口調で空却が言う。咎めるような響きは何処にもない。十四はアマンダを両手で抱き締める。自分の涙が滲んでほんのりと濡れている。
 空却の人差し指が十四の眉間を押さえる。ぱちくりと瞬きをしていれば、皺、と言われる。指先が離れた。十四は自身の眉間を擦った。はぁ、と何にもならない音が出る。

「たっく、そんなに泣いてたら目が融けるぞ」
「融たら良いっす」

 拗ねたような声が部屋の内側で揺らめいて消える。ほーん、といかにも興味が無いと言わんばかりの声が帰って来る。十四はそれに安堵感を覚えていた。何か世話を焼かねばと感じられる対応をされるよりも安心する。ずび、と洟を啜っているとティッシュ箱を投げて寄越された。十四は大人しくティッシュを一枚とり、鼻をかむ。
 瞼を下ろせば浮かぶのは昨夜の景色だ。知らない人と親しくする、知らない顔をした好きな人。何かで読んだ、恋は人を変えるという言葉。その通りであれば、あの知らない顔も、認めたくないが頷ける。頷きたくないが認めざるを得ない。恋人が出来たのならば、教えてくれたって良いのに。疎外感で足が浮く。宙ぶらりんだ。どうしてと行き場のない言葉が鉛となって落ちていく。じわりと滲んだ涙が眼球を覆う。昨日飲んだ飲み物が全て涙として体外に排出されている気さえする。

「……獄さん、彼女でも出来たんすかねぇ」
「は?」

 ぱん、と乾いた音がした。同時に水が落ちる音。硬くて軽いものがぶつかり合う音。空却が持っていた湯呑が砕けたのだ。重力に従って畳に落ちた茶は、幾つかは畳に染み込み、小さな水溜りを作った。十四は目を丸くして固まる。心臓を見えない手に捕まれている。空却の顔から表情が消えている。金色の眼には何の感情もない。
 空却は、おっといけねぇ、湯呑が割れた、とけたけたと声を上げて笑っている。それでも眼光は鋭いままだ。十四は息を吐く。心臓が今更どくどくとと走っている。
 空却の指が破片を拾っていき、その辺にあった新聞紙に乗せていく。破片がぶつかり合い、かちゃかちゃと笑い声を上げた。十四は掃除機を持ってきて、小さな欠片を吸い込ませていく。掃除機のモーター音にまじり、欠片たちの悲鳴が鼓膜を震わせる。涙はいつの間にか引っ込んでいた。

「昨夜、見たんすよ」

 獄さんがキレーな女の人と歩いていく姿、と十四が呟く。落ちた言葉は畳の目に落ちて染み込んでいく。ほーん、と興味のなさそうな声が返って来る。十四は上目で空却を見た。金色の眼はネズミを前にした猫の眼だ。十四は視線を逸らす。下手なことを言うと自分がネズミにでもなりそうな気がしたのだ。

「おい、饅頭、食わねぇのか?」

 化粧箱を見るといつの間にか饅頭は二つだけになっていた。空却の手がそのうち一つを取り上げ、包まれた和紙を向いて口へ放り込む。いつもであれば、食べるっす、と言って饅頭を攫っただろう。だが、十四の手はのろのろと饅頭を掴み、和紙を剥がそうとして、辞めた。

「食べたくないっす」

 息を吐いた。肺に穴でも開いていると錯覚するほどに息がしづらい。ひとやさん、と五文字の言葉をおまじないのように呟く。ちっとも楽にはならない。普段であれば携帯電話に沢山のメールと電話を入れただろう。だが、それすらもやる気が起きない。胃袋に咀嚼した食物の代わりに歪な形をした鉛が入り込んでいる。そのせいで食べる気にならない。代わりにアマンダを唇に押し付けた。柔らかい生地から清潔そうな洗剤の香りがする。
 空却が饅頭をむんずと掴む。柔らかそうなそれも時期に空却の胃袋に収まるのだろう。十四はそちらの方が食べられる饅頭にとっても良いと思えた。

「何か食わねぇと、死ぬぞ」

 良いんです、死んでも、と物語に生きる空中ブランコのように即答は出来なかった。十四には何かを犠牲にして白い鳥になる勇気なんて無かった。

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