ミニチュア・ガーデン04

 金曜日の黄昏時、獄は人通りの少ない駅前で女性に笑いかけた。足元の影は長く伸びている。その脳裏で先日の十四を思い出す。いつもおかしいが、先日のは更に拍車が掛かっていた。気には掛かるが、仕事が忙しくて二の次、三の次となってしまう。三日程前に空却から、十四に連絡してやれと一言のメールが届いていた。言われなくてもと思いつつ、これが落ち着いたら連絡しよう、そう言い聞かせて数日程経過してしまった。
 女性が頭を下げる。ふわりと香る香水に獄はもう今日で終わりかと何処かで懐かしさを覚えた。夕焼けに照らされた女性の肌が赤く染まっている。薄灰色のコンクリートたちも赤くなっている。

「天国さん、いつもありがとうございました」
「いいえ。何かお役に立てたなら何よりです」

 にこりと獄は営業用の笑顔を浮かべさせる。女性は安堵感から安らいだような笑顔を浮かべている。

「どうぞお元気で。貴方のお父さん……斎藤先生にどうぞよろしくお伝えください」
「ええ、ええ、勿論です。天国さんのおかげですので」

 本当にありがとうございました、と女性は安堵の涙で眼球を濡らしながら何度も頭を下げる。同じ年くらいの男の人が運転している車に乗り込んだ。これで二人はナゴヤから遠く離れた所に行くのだろう、彼女を付け回していたストーカーを高い塀の内側に置いて。
 車が見えなくなってから獄は息を吐いた。明日から久方振りの休みだ。仕事で世話になっている人の頼み事で無ければ絶対にしない仕事だ。恩を売るためには、やりたくなくてもしなければならないことだ。もう絶対にせん、と決意するように小さく呟く。十四に連絡をしようとして、明日で良いかと結論を出す。脳裏に見た十四の薄っぺらな笑顔が気に掛かる。しかしながら、事務所に少しの間置いていた仕事がある。別段直帰しても良かったが、戻ろうと思った。事務所に戻って、仕事を一段落した後で、十四と空却に連絡を入れても良いだろう。この間の埋め合わせのこともある。
 事務所を出るとすっかり暗くなっていた。携帯を見ると九時を過ぎている。流石に寝ている、と言うことはないだろうが連絡をするのは憚れる。最近、十四からの連絡が全くないのだ。今までそんな兆しが無かったのに、いざその時が来ると少し寂しい気がする。気のせいだと獄は慌てて首を横に振る。母親か父親かと自分で鋭い指摘を入れる。溜息を盛大に吐いた。早く帰って、寝よう。起きてから、連絡をすれば良い。そう結論を出して獄は夜道を歩き出す。

「獄ァ、」

 背後から声が聞こえた。同時に二本の腕が、獄に絡みつく。温度と少しの締め付けに獄はうんざりと言わんばかりに溜息を吐いた。空却が獄の隣に立って顔を見上げる。

「お前はああいうのが好みなのか?」

 ああいうの、と言われてピンと来なかった。何の話だと問えば金の目が意外そうに瞬きをする。夕方の、と言われ、女性の事を思い出す。彼女が家から何処かに出る、何処かから家に戻る、その間の見守りをしていただけだ。彼女には恋人がいたので、それにさせろと思っていたが高名な先生からの申し出の為断れなかっただけだ。きちんと話をしておけよと心の中で舌を出す。きっと事あるごとに思い出して腹立つなぁとぼんやりと思うのだろう。

「たーけ。そんなんじゃねぇ」

 素っ気なく言い捨てた。空却は何処か楽しそうな顔で獄を見上げている。

「へぇ? じゃあ、ここから出るわけじゃあねぇんだな」
「バァカ。あのな、」
「ひとやさん、」

 濡れた声がべたりと鼓膜に貼り付いた。獄の肌が一気に粟立つ。獄の心臓が、どくどくと脈を打ち始めた。冷たい汗が項を伝い、背中へと流れる。どうしてか後ろを振り返る勇気はない。空却はにやにやと笑っている。憎たらしい程に、楽しそうに眼は輝いていた。
 獄はぎこちなく振り返る。十四が立っていた。思ったよりも近距離で、驚きから息が鋭く喉を通る。十四の涙で濡れた目に暗い炎が不安定に揺らめいている。ぽたぽたと零れる涙を、獄は目で追う。薄灰色の道に点々と黒い滲みを作っていた。獄はもう一度顔を上げる。真っ赤に泣き腫らした顔の子供が批難したそうな顔をしていた。被害者の顔をしていた。被害者振る加害者の眼をしていた。
 ひどい、と形の良い唇が音を出さずにその形を描く。形のない何かが獄の喉を柔らかく締め上げる。獄は指一本動けない。否定を、弁論をせねばならないのに、脳味噌ははたらくことを放棄している。十四が獄に両手を伸ばす。黒い爪先がつやつやと街灯を反射させている。獄はただただ十四を見る事しか出来ない。その手を払うことは簡単だ。簡単なはずだった。なのに、他人の腕のようにちっとも動かない。
 自分や空却より然程筋肉のついていない腕が、長い十本の指が、獄の身体に縋り付く。行き場の失った二酸化炭素たちがぐるりと身体の中をもう一度回る。十四の唇が何かを呟く。たった二つの言葉だ。聞き慣れて何も感じなくなった言葉だ。自分が抱いているものとは種類の違う言葉だ。
 隣に立っている空却の金の目が、糸のように細くなったのが、見えた。

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