ミニチュア・ガーデン05

 何が悪かった。全部が悪かった。タイミングも運も悪かった。過去に下した選択肢の数々を悉く誤った。後回しにしたのが不味かった。ならばこれからどうするか。解は一つ、話をしておけば良かった。そう、話さえすれば。
 空却は窓際で、畳の上で十四が獄を犯しているのを眺めながらそう思った。月明りは二人の身体を部分的に照らしている。空却は遊びに来ていた野良猫の相手も飽きてしまい、障子を開けて猫を追い出す。熱気の籠った部屋に爽やかな空気が入り込む。ざぁ、と風が吹いて木々を揺らす。雲がいくつか晴れており、星々が瞬いている。音に混ざって獄の、欲を剥き出しにされた声が聞こえた。うるさい、とは思わなかった。何か上等な背景音楽のように耳を傾けさせている。静かに障子を閉めた。呻き声と肌同士がぶつかり合う音が聞こえる。喘ぎに混じってひどいと泣く子供の声がする。
 畳の上で獄の服が力なく倒れている。空厳寺の離れの畳がささくれ立っている。恐らく獄の爪の間に年季の入ったイグサが入り込んでいるのだろうと仮定が転び落ちる。空却は自分が風呂に入っている間に何があったのかと考えかけてやめた。どうせどうにもならない一方的な問答の繰り返しだ。誰にも届かない届ける気のないぶつけるだけの問答だ。回答は望んでいない。

「ぉ゛ッ、ぎ、ひっ、ォ……オ゛っ」

 喘鳴の音がする。ヒトヤサンと五文字の音が繰り返されている。まじないの言葉のようだ。のろいの言葉のようだ。暗い部屋で青い炎が揺らめいている。その身はいつか好いた人すらも蝕むのだろう。多苦悩処の方が余程マシかもしれない。
 酷い酷いと譫言のように繰り返す十四は最早衝動で動いているようなものだ。何か、使命に類似したもので突き動かされているのだろう。十四のあらゆる感情が煮詰まって出来たものはとんでもない代物だった。尤も獄も何も知らないわけではなかっただろうに。本当に知らなかったならば、運が無かっただけだ。知った上で誰にも相談しなかったのならば、どうしようもない。事あるごとに、話せと手は常に差し伸べられていたはずだ。楽観視したのか矜持からか知らないが、取らなかった選択をしたのは獄自身だ。

「~~っ、が、ぁア゛っ……!」
「ぁっ、は、ひとや、さ、っ」

 がぽんと何か無理にはめ込んだような音がした。小水が零れる音がする。漏らしたのだろう。あーあと空却の口から言葉が落ちる。誰が布団を干すと思ってるんだ。十四は獄に覆い被さり腰を振っていた。いつか見たアダルトビデオよりもずっと凄まじい音がする。逃げるように伸ばされた獄の手を十四の手が絡みつく。出鱈目に指を絡めさせて押さえつけている。その姿はいつか見た捕食シーンに酷似していた。十四の中で育った化け物が獄を食い散らかしている。欲のままに衝動のままに怒りのままに丸裸の姿で貪っている。最早暴力だ。尤も獄がこれまで無意識とは言え十四にしてきたことを考慮すればどちらがマシとは言えない。
 獄の脚ががくがくと震えるのが見えた。一際大きな声を上げて、獄は動かなくなった。十四の荒い呼吸音だけが聞こえる。ふーっ、ふーっ、と獣が肩で呼吸をしている。ゆっくりと十四が上体を起こす。ずるりと腰を引いた。やっと終わったのかと空却はぼんやりと思う。

「……ひとやさんのちんちん、もう要らないっすよね」

 末恐ろしい言葉が聞こえた。十四の手の届くところにハサミの類がなくて本当に良かったと思う。十四の手が獄の喉に触れる。月明りに照らされたそこは歯形と強く吸い過ぎて付いた痣がある。余すことなく付けられており、さながら首輪のように見えた。執念で出来た首輪だ。少しだけ感心に似た感情を覚える。

「十四ィ、そろそろ疲れたろ」

 涙で濡れた目が緩慢とした動作で空却を漸く見る。十四の眼はあらゆる感情が混ざり合いぐちゃぐちゃのぐちゅぐちゅのぐちょぐちょだ。言葉に出来ない色になっている。でも、だって、は言わない。もう寝ろよ、獄は何処にも行けんだろうよと優しく語りかけると、十四はふつと糸が切れた人形のように倒れ込んだ。ぐったりと獄の上で倒れ伏している。空却は後処理について考えることはやめた。何も自分がしてやる必要は何処にもない。明日が休みで良かったよなァと吐いた言葉は何処にも届かずゆるりと消えた。空却は立ち上がり、二人へと近寄る。汗と精の匂いが濃くなる。湿った空気の中で、空却だけがからりと何処までも乾いていた。
 空却は獄を見下ろした。涎と精液と鼻水と涙と快楽と絶望と喜悦と不可解さで埋め尽くされている。あらゆる感情で溶かされた目がゆらりと揺れて、空却を捉えた。空却は獄の顔に触れた。それすらも刺激になるのか、僅かに声を上げる。
 堕落してしまえば良い。肉体の隅々に快楽を覚えてしまえば良い。誰にも切り分けずに独りで受け止めるのは、得意な筈だろう。空却自身の手が届く範囲ならば崩れてしまったとしてもどうにでもできるし、どうにでもやるつもりだ。

「拙僧はお前が悪いとは言わねぇよ。ただ、運が無かっただけだ」

 うっそりと空却は目を細めさせた。獄の眼は相変わらず困惑に塗れている。空却は輪郭を確かめるようにゆるりと撫でる。愛しくて仕方なかった。

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