箱庭いっぱいの花葬

 趣味の良いソファ、趣味の良いテーブル、趣味の良い置物。十四にはあまりピンとこないが獄が選んでいるので“趣味が良い”のだろうとぼんやりと思っている。趣味の良いソファの上に空却が我が物顔で寝転び、何かゲームをしている。テーブルの上には子供の憧れが詰め込まれたような、チーズがたっぷりと乗ったピザと赤、白、緑で構成されたピザ、野菜不足を補う為に申し訳程度に買った小さいサイズのコールスローサラダ、それから汗をかいているコーラの瓶がニ本ある。ピザは半分ずつ食べられており、瓶の内一本は飲みかけのものだ。たまに空却が口を直接つけて飲んでいる。趣味の良い置物の側でアマンダが可愛らしく座っている。きっとご機嫌なのだろうと十四は嬉しさで目を細めた。
 ここは、獄の家だ。
 十四の家に、かつて戦ったシンジュク麻天狼のリーダー、神宮寺寂雷から結婚式の招待状が届いた。寂雷は、自分が敬愛して止まない獄の友人だ。獄が並々ならぬ感情を寂雷に抱いている事を十四は知っている。好きや嫌いの一言では片付かない感情であることも理解している。十四は、寂雷自身はきっと良い人なのだろうということは知っているけれど、余り寂雷のことが好きになれなかった。ちっぽけな嫉妬心だ。羨ましいな、と素直に思う。十中八九、自分は獄の特別になれない。獄の感情を揺さぶる事なんてほぼ不可能だ。なのに、寂雷は獄の中では特別であり、彼女の指先一つで凪いでいたはずの感情をあっという間に嵐の海のようにしてしまえるのだ。
――それはきっと恋じゃないか
――獄さんは神宮寺寂雷に恋をしている
 そう言葉にして、十四は酷く落胆したのを覚えている。瞼の裏で思い描いた二人は、きっと、たぶん、恐らく、絶対に、お似合いだと祝福される。一度獄に直接その言葉をぶつけたことがある。獄自身は顔を顰めさせて否定をしたが、十四は信じられない。
 仕方ない、昔からの友達だから。仕方ない、自分は子供だから。“仕方ない”を何度繰り返したかは覚えていない。そんなときに届いた彼女の結婚式の招待状は、十四自身が何者にでもなれるような、そんな夢のようなチケットに見えた。
 十四は家を飛び出した。空厳寺に転がり込み、自分の師である空却に招待状を見せる。空却にも当然ながら届いていた。そこでふと気付いた。結婚式にお呼ばれしたときのマナーなんて一切知らない。悩む間もなく二人は獄の事務所へと向かった。今日は出張で直帰するということを聞いた。次に獄の家へと向かった。そうして二人は獄の家の中にいる。獄の家の鍵はどうしてか解らないが空却が持っていた。自分でさえ持っていないのに、と十四の狭い心が泣き喚く。十四はそれを必死で隠した。空却は気にしていないようだった。夕方を過ぎても獄は帰って来ない。午後六時を過ぎた頃、空却は宅配ピザを注文した。腹が減ればそれを摘まみ、ぼうっと過ごしている。

「帰って来ないっすね……」

 ん-、と生返事が返って来る。どうしたのかなぁ、と十四は呟きながら携帯を見る。デジタル時計は二十一時を過ぎたことを示している。送ったメッセージは読まれてもいない。十四は机の上にある冷めた夕飯たちをカメラに納め、獄に送りつけた。やはりと言うべきか返事はない。溜息が漏れ出る。帰って来るんすかね、と十四の口から不安そうに言葉が落ちる。

「そのうち帰って来んだろ」

 此処は獄んちなんだから、と空却は何でもない口調で言う。サラミが乗ったピザを掴んだと思えば、あっという間に食べてしまった。獄さんの分っすよ、と少しきつく言い放ち、空却の手が届かない場所へ移動する。もう、と頬を膨らませたが空却は大して気にしていないようだった。
 暫くして、玄関が開いた。十四は顔を明るくさせる。獄が帰って来たのだ。幾つかの足音の後で扉が開かれた。獄の目が丸くなっていた。ピザを見て、十四を見て、寝転がっている空却を見て、今度は腕時計を見た。ほんのりと肌が赤い。

「お前ら今何時だと思ってるんだ……!」

 ぶわりと獄の顔が一層赤くなる。
 心なしか舌が上手に動いていないようだ。ぷんと酒の匂いがした。タバコのニオイも混ざっている。何処かで飲んでいたのだろう。何だか珍しいと十四はぼんやりと思った。いーじゃねぇかと空却が楽しそうに笑い声をあげる。

「どうせろくでもねェメシを食ってんだろ?」
「……ピザは『ろくでもねェメシ』に該当しないのか?」

 空却と獄が睨んでいるのを余所に、十四はいそいそとピザを皿に乗せた。一番大きくて、美味しそうに見えたそれをレンジで温める。ブラックペッパーを振り掛け、ハチミツを垂らす。真っ白に近いチーズの塩味とコクと、ブラックペッパーのぴりりとした刺激、それからハチミツの甘さを思い出して唾液が溢れる。十四は食べたい気持ちを抑えて、獄にその皿を手渡した。獄は少し考えたあと、その皿を空却に渡す。ああ、と十四の口から悲しそうな声が飛び出た。空却の金色の目がピザを見、十四に視線を遣ってから獄を捉える。

「食わねェのか?」
「そんな脂っこいもの、食う気になれん」

 ふぅんと言いながら空却はピザを口に運ぶ。ああーっ、と十四の口から悲痛そうな悲鳴が響いた。折角獄さんの為に置いていたのに、と恨めしさを幾ばくか乗せて呟くと、悪かったとバツが悪そうに返される。

「早く帰、」
「あっ、そういえば招待状!」

 しょうたいじょう、と初めて聞く言葉のように獄がオウム返しをする。
 獄さんも届いたっすか? と尋ねると首を僅かに傾げさせた。

「もう、シンジュクのっすよ!」

 ああそういえばと空却が思い出したような声を出す。結婚式とか初めてだなと話をしつつ空却と十四は楽しそうに話す。

「獄さん、自分たち、どういう格好したら、」

 だん、と大きな音がした。びくりと十四は動きを止める。獄が鞄で机の上を叩いたのだ。十四の脳味噌は混乱した。何か悪い事を言ったのだろうか。いや、心当たりはない。

「お前ら早く帰れ」

 タクシー代なら出すからと疲れたような声がする。突き放された気がして、十四は獄にしがみつきたい気持ちになる。突き放さないで、側に居させて。嫌いにならないでと、本心が焦りだす。

「っでも、獄さん、」
「今日は帰ってくれ」

 そう言って獄は携帯電話を耳に当てた。その後ろ姿が酷く寂しく見えて、十四はぐっと言葉を呑み込んだ。
 数分後、獄が呼んだタクシーに空却と十四は乗せられていた。タクシーは緩やかに走り出す。景色たちが走り去っていく。十四はそれをぼうっと見ていた。もしかして、やっぱり、と落胆する。

「獄さん、きっとシツレンしたんすよね」
「失恋?」

 うたた寝しかけていただろう空却が身体を起こした。十四は空却を見る。空却は不可解そうな顔をしていた。十四は口を尖らせる。

「だって、獄さんって神宮寺寂雷のことが好きじゃないっすか」

 きっと、といじけた言葉がぼたりと落ちた。

「そうだ十四、掌出せ」

 空却に言われ、十四は掌を差し出す。空却が掌の上に鍵を置いた。何の変哲もない鍵だ。何処の鍵か、何となく察してしまった。十四はゆっくりと顔を上げて空却を見る。
 空却は十四の視線に気付き、金の目を糸のように細くさせる。ヒヤリと冷たい汗が十四の背筋を伝う。ああ、また何か碌でもないことを考えてると十四は察する。あからさまに顔を顰めさせたがそれだけのことで空却が気にするはずもない。楽しそうに口の端が上がっているだけだ。

「明日、昼……そうだな、十二時頃に獄に返しに行ってやれねぇか?」
「別に、良いっすけど……」

 予定もないから、返しに行くことは出来る。そもそも獄がその時間にいれば、の話だが。空却は任せたぜ、と歯を見せて笑う。少しばかり目立つ八重歯がやたら存在を主張していた。
 結局、何で空却さんが獄さんちの鍵を持ってるんすか、と聞くことは出来なかった。

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