いつの日にか愛は釘となり胸を貫く

 無機質な大理石で出来た床。中心に敷かれた深紅のカーペット。それらを挟むようにして並べられたベンチたち。カーペットの先はいくつかの段があり、壁に青と白を基調ステンドグラスがはめ込まれている。
 その空間の中心で、獄は眼を見開いて呆然と立っていた。焦燥感が獄を急き立てる。視線の先には、純白の衣装を赤く染めた寂雷が仰向けに倒れている。右手にあるナイフが光を反射した。獄は、花嫁を刺し殺したのだ。
――夢だ。これは夢だ
 獄は頭の中で叫んだ。寂雷の腹部からじわりじわりと赤色が広がっていく。もう、恐らく助からないだろう。綺麗にセットされた美しい髪は乱れており、髪飾りを構成していたビーズがあちこちに散らばっている。
 獄は後ずさりした。呼吸が早く、浅い。右手に掴んだ、刃渡りが三十センチはあるナイフがべっとりとした赤色で化粧をしている。
 こんなつもりじゃなかったと誰かに弁明する一方で、こうなって当然だと声高に非難している。違うと否定してはそうだと肯定する。寂雷は何も言わない、指一本動かさない。完成された美しい絵画を切り取ったような歪な美しさがそこにはあった。一言では説明できない感情だけが獄を支配している。
 はっと目が覚めた。ベッドサイドテーブルに置いた携帯がけたたましく朝であることを告げている。見慣れない部屋に、そう言えばホテルにいるのだったと思い出す。
 東都まで遠いからとホテルを用意してくれたのは他でもない寂雷だ。獄は溜息を吐いた。ベッドから腕を伸ばしてカーテンを捲ると清々しいほどの快晴が広がっている。どこまでも青い空は獄自身を指さして笑っているように見えた。獄は立ち上がり、緩慢とした動作で持って来たスーツに手をかける。お気に入りの一つであるスーツはどうにも獄自身の気分を上昇させる事は出来なかった。獄は溜息を吐く。何も知らない振りをして、軽く観光でもしてから帰りたかった。
 今日は寂雷の、親友の、腐れ縁の、世界で一番気に食わない人の結婚式だ。
 少し早い時間ではあるが、招待状に書かれていた場所へ向かう。受付に立っていたのは、以前寂雷が世話をしていると言っていた少年だった。自分の知らないところでそんなことが、と驚いたことは今でも鮮やかに思い出せる。確か今は学校に行っているんだっけなと記憶をなぞりながら、テンプレートの文句を口にする。人懐こそうな笑みを浮かべる少年を見ながら、衢と名前を口の中で小さく転がす。あまり馴染みの無い音に、違和感ばかりが獄の側でわあわあと騒いでいる。受付を済ませて獄はただぼんやりと白い天井を見上げるだけだ。煙草を吸う気にもなれない。そもそも吸って良い場所があるのか解らない。
 不意に名前を呼ばれた。振り返ると衢が立っている。寂雷さんがお会いしたいとお話してたんですと声を弾ませて言う。会いたくないと心臓が叫ぶ。だがそれをその少年に、この場で言うことは酷く憚られた。ありがとう、会って来るよと大人としての対応をしてから新婦の控室へと向かった。
 そもそもそんなに深い関係でもないだろうが、と扉の前ではたと気付いた。普通、家族ぐらいじゃないのかとぶつぶつと呟きながら扉をノックする。入るぞとぶっきらぼうに吐いてから扉を開いた。

「獄」

 部屋に真っ白いドレスに身を包んだ寂雷が座っていた。まさしく蕾が綻ぶような笑顔を浮かばせ、空いた席を進める。化粧のせいか普段より健康的で幸福そうに見える。

「来てくれてありがとう、すごく嬉しいよ」
「わかってる、わかってるから」

 寂雷は何処までもにこにこと平和そうに笑っている。こんな無邪気に笑えたのかと、少しだけ驚いた。獄はひっそりと自分の手を握り締める。脳裏に過ったのは、昨夜見た夢だ。
 寂雷が話す他愛ない言葉に獄は深く考えずに返事をする。掌が僅かに汗ばんでいる。夢の中で覚えた焦燥感が、景色が、おぞましさが、光景が、目の前に鮮やかに躍り出ては獄自身を嗤っている。瞼の裏で鮮やかに描かれた花嫁の死体に溜息を吐いた。
 獄、と名前を呼ばれ思考がぶつりと途切れる。調子悪かったりする? と心配そうに尋ねる親友に、花嫁に、獄は不敵に笑ってみせる。ちょっと寝不足なんだよと、ほんの少しの本当を混ぜて有耶無耶にさせる。寂雷は少し横になるかい、と提案した。獄はそれを丁重に断る。そう、と寂雷はそれを言ったきり特に何かを追求することはしない。いつもそうだよなと獄は、いつか感じた鮮やかな不満を感じた。結婚式で緊張しているからかもしれないと自身に言い聞かせる。
 寂雷の横顔を見て、ああ、言わなければと思った。たった五文字の言葉を、生まれてから今に至るまで何度も口に出したはずの言葉を、伝えなければと、逃げていた現実を直視した。獄は自分の口許に触れた。唇は僅かにかさついている。言葉は一向に出てこない。昨夜見た夢が脳裏で鮮やかに過る。白いドレスを彩る鮮やかな赤色。白い床に散らばる薄紫の長い髪。ばつが悪くて顔を俯かせた。花嫁はきっと何も知らないままで世界一の幸福に浸っているのだろう。何で俺ばかっり、何であいつばっかり、と高校生の自身が不平を声高に叫んでいる。

「そうだ、衢くん、大きくなっただろう?」
「……寂雷が言うならそうなんじゃねぇか」

 獄自身は身体引き裂かれそうなほどの衝撃であるのに、寂雷は何処までも穏やかに幸福そうだ。畜生、俺ばっかりと子供の頃の自身が喚いている。獄の知らない寂雷があちこちで発見される度に喉を掻き毟りたくなる程の強く悪意に似た衝動に駆られる。おめでとうと言ってやらねばならないのに、幸せになれよと背中を押してやらねばならないのに、声帯は震えない、腕は動かない。世界で一番不幸ぶっている自分自身も、世界で一番幸福そうに笑う寂雷も、どちらも同じくらい憎たらしかった。

2022/04/11

about

 非公式二次創作サイト。公式及び関係者様とは一切関係ありません。様々な友情、恋愛の形が許せる方推奨です。
 R-15ですので中学生を含む十五歳以下の方は閲覧をお控えください。前触れも無く悲恋、暴力的表現、流血、性描写、倫理的問題言動、捏造、オリジナル設定、キャラ崩壊等を含みます。コミカライズ等前にプロットを切ったものがあります。ネタバレに関してはほぼ配慮してません。
 当サイトのコンテンツの無断転載、二次配布、オンラインブックマークなどはお控えください。

masterやちよ ,,,
成人済みの基本的に箱推しの文字書き。好きなものを好きなように好きなだけ。chromeとandroidで確認。
何かありましたら気軽にcontactから。お急ぎの場合はSNSからリプでお願いします。

siteサイト名:告別/farewell(お好きなように!)
URL:https://ticktack.moo.jp/

二次創作サイトに限りリンクはご自由に。報告は必須ではありませんがして頂くと喜んで遊びに行きます。

bkmてがWA! / COMPASS LINK / Lony