いつの日にか愛は釘となり胸を貫く

 あれからずっと、世間一般的に明らかに不健全と分類される関係を継続している。寂雷の結婚披露宴が終わっても世界はいつものように回っている。なのに、獄だけは何となく世界がモノトーンに見える。酷く軽微な燃え尽き症候群のような、そんな感覚がする。身体にどうも違和感があって、何もかもしたくなくなる。原因は察している。まだ祝いの言葉を言えていない。学生服に身を包んでいた頃は思っていることの殆どを相手に伝えることは今ほど怖くなかったのに、と獄はそんなことを考えた。
 カーテンを閉め切った、薄暗い寝室で三人分の呼吸音が聞こえる。ごぽ、と音を立てながら精液が体外へと溢れる。誰の精液かなんて理解したくない。内腿を伝う温い温度にぶるりと身が震えた。この感覚も、これに付随する事にももう随分慣れてしまった。慣れたくなかったと未だ熱っぽい頭が冷静に吐いた。
 十四から獄の目尻に、額に、鼻先に、柔らかな唇を押し付けられる。目が合うと、十四は柔らかに笑う。瞳だけはまだ獰猛な光を宿している。獄はぞっとした。
 後ろから伸びた手が獄の顔を後方へと向けさせる。うえ、と無様な声が落ちた。下唇に噛みつかれる。痛みを与える癖に触れ方ばかりは、大切なものに触れるときのそれと同じだ。にたりと金の目が弧を描く。獄はその場から立ち去りたい衝動に駆られる。
 どうせお前らも、と獄は吐き出しそうになった言葉を飲み下す。被害者ぶった言い方をしている自身に失望のようなものを覚える。どだい考えたって、空却は寺の後継者として生きねばならないし、十四だって大多数の人たちが考える幸福を得るべきだ。
――手放せるのだろうか?
 自問する。手放せるか手放せないかではなく、手放すしかない。そんな回答が弾き出される。理解はしている。遅かれ早かれそうしなければならないことを、理解しかしていない。
 四本の掌が、熱を持って獄の肌に押し付けられる。触れられた箇所からじわりと熱が発される。四つの目が獄を見る。獄はそうっと自身の舌に歯を立てた。
 は、と気が付くと三人並んでベッドに寝転んでいた。喉ががさがさとする。咳き込んでいると横から水の入ったペットボトルを差し出された。そちらを見ると空却と目が合う。十四の寝息が聞こえる。小さい声で礼を言って、温い水を飲んだ。食道を下り胃袋に収まったそれは次第に下っていくのだろう。

「寝れてんのか?」

 空却の親指が獄の目の下に触れる。クマでも出来てるのか、いつからだっけか、と獄は考えかけてやめた。脳裏に破ることが出来なかった招待状が浮かんでぱちんと弾けた。正直あまり、と素直に答えればふうんと返される。十四が気にかけてたぜと言われら。そうかとどこか上の空で返す。

「何をうだうだ考えてんのか知らねェが、もっと欲張っても良いんじゃねぇか?」
「欲張る?」

 突拍子の無い言葉に獄はオウム返しをした。そうだよと空却は言う。真面目な顔だ。熱い掌が獄の柔らかな髪を掻き上げる。皮膚の厚い指先が硬くなった頭皮をわしわしと揉むように擦る。心地良くてやめろとは言えずにされるが儘になる。なぁ、と静かな声が獄の鼓膜を僅かに揺らす。

「拙僧のためとか十四のためとかそんな建前なんざ一旦捨てちまえ。獄自身がどうしたいか考えろよ」

 獄は即座に否定しようと口を開いた。少しして結局何も言えぬ儘口を閉ざす。反論する元気がないのか、根拠がないのか判別がつかない。ゆらりと視線が揺れる。
 寂しいか、と静かな声が問う。寂雷が結婚して、という言葉が隠れているのだろう。寂しい、とはきっと、多分、恐らく、少し、絶対に、違う。獄は何も言わない、言えない。告げるべき言葉は皆散り散りに去ってしまった。代わりに松脂のような感情たちが哄笑を上げつつ勢いよく獄に押し寄せる。美しい記憶たちが何処か嘲笑いながら獄の背中を追いかけて来る。思い出たちが獄の肩を強く掴んだ。
 純白のドレスに身を包んだ寂雷が笑いかけている。映像を逆再生するように、純白のドレスを着ていた寂雷は、普段見る白衣の格好になり、大学生のときの格好となったと思えば制服姿となっていく。何処か憂いのある顔も、透き通った湖畔のような目も、決して荒げることのない声も、滑らかな髪の毛も、何もかも変わりなかった。いつまでも彼女の隣にいるのは、いたのは、自分だった。世界のあちこちにある観光地のある殆どを獄と寂雷は一緒に見て来た。一通りの趣味も二人で一緒に笑いながらやっていった。恐らく相手だって人生の大半を過ごしてきた相手だ。無意識下で誰にも保障されていないそれが半永久的に続くんだろうと何処かで信じていた。大して効力のない口約束は果たされるものだと勝手に信じていた。もちろん、寂雷が人並み以上の幸せを得て欲しいという感情は噓偽りないものだ。だが信じていたのは、自分自身だけだったのだ。
 ぼろ、と涙が溢れた。ぽた、ぽたとシーツに涙が落ちる。

「う、あ……」

 言葉にならない音が獄の口から落ちる。泣き止まなければと思うのに、喉が引きつった音を出す。獄は顔を覆った。空却の手が獄の背中を擦る。
 脳裏で学生の頃の記憶が過る。寂雷のプリーツスカートと指通りの良い髪が風になびいていた。制服を着た寂雷は、やっぱり微笑んでいた。

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