いつの日にか愛は釘となり胸を貫く

 結局獄はあのまま何も変わらないことを選択した。不健全である上に二人に対して不誠実であるのは重々理解している。そのうち二人にも、きっと運命の人と思えるような人と出会うだろう、その時に手放して応援すれば良いだろう、と獄は結論付けた。
 招待状が届いてから、寂しさや孤独に酷似した感情は獄を苛ませている。だが二人から与える愛情は獄に十分な休息を与える事が出来ていた。そのおかげか獄はその感情に引っ掻き回されることがずっと少なくなった。所詮二人がしていることは対症療法にしか過ぎない。三人のうち、誰も幸せにならない選択だ。我ながらえげつない選択をしたなと何処か他人事のように考える。そのうち、一人でぐっすり眠れるようになるのだろう。そのうち、何でもない顔をして寂雷と二人で顔を合わせて話す事が出来るのだろう。はっきりとした期間の無いそのうちばかりが積み上がる。
 事務所のブラインドの隙間から外を見れば、温かな日差しが差し込んでいる。何処かに出掛けたくなるような良い天気だ。以前買った個包装の紅茶を詰め合わせからいつか見た海を思わせる色をしたものを取り出し、紅茶を煎れた。
 携帯電話を取り出し、電話帳からある番号を繋げる。今日なら、今ならいけると感覚だけで判断した。コール音が数回響く。獄にとってそれは遠い時間のように感じられた。暫くして、もしもし、と懐かしい、涼しい声が鼓膜を震わせる。久し振り、と言えば元気してたと僅かに弾んだ声が返って来る。今大丈夫か、と確認すれば大丈夫と返事をされる。獄は胸を撫でおろす。
 紅茶を口に含むと甘い香りがした。直後に清涼感が過る。獄は紅茶が入っていた袋を見た。ミントが入っているようだった。フレーバーティーなんか買うんじゃなかったとひっそりと後悔をする。

『そうだ、衢くんの卒業祝い、ありがとう』
「大したもんじゃねぇのにお返しなんか寄越しやがって……っていうクレームの電話なんだけどな」

 耳元でくすくすと笑い声が聞こえる。大してこいつは気にしていないんだろうなと獄は仕方なさそうに小さく笑った。すごい喜んでいたよと寂雷が我が事のように嬉しそうに報告するのを聞き流しながら返事をする。どうせならお気に入りの仕立て屋にでも連れて行ってスーツを作ってやった方が良かったかと少しだけ別の事を考える。次に何か機会があったら自分の行きつけの店で誂えて貰ったら良いかと勝手に予定を組み立てる。
 そのまま他愛のない近況をだらだらと話す。獄はいつかのことを思い出した。同じ空間にいても各々好きなことをしたり、何か映画を見ては机上の空論を広げてみたりしていた。その時の最先端の技術について討論もした。あの頃に戻りたいとは思わないが、楽しかった記憶の一つだ。自分たちに直結しない事柄であれば酷く雄弁に語り、議論を重ねて行けていたのに、自分たちの事になると途端に舌先は臆病になる。恐らくそれは寂雷自身もそうなのだろう。
 窓の外で子供たちが楽しそうに歩いている。獄は空却や十四を思い出した。あの時、もう少しお互いに踏み込んでいれば決別しなかったのだろうかとぼんやりと想像する。あの時に相手も自分も傷つけるかもしれないと感じていた臆病さを捨てて、お互い真正面からぶつかり合って、自分に素直になって欲張りになっていたら、何かは変わっていたのだろう。
 そう言えば、と獄は前置きを置いた。

「結婚おめでとう」

 練習していた言葉を、漸く告げることが出来た。あの時、言えなかったからと獄は呟く。沈黙が長く感じられた。どれほど経ったのか獄は解らない。少しして、ありがとう、と寂雷の声が獄の鼓膜を静かに揺らす。多分、泣いているのだろうと獄は察する。大袈裟だなと思いながら、そんなので喜ぶんだったらもっと早く言えば良かったなと申し訳なさが胸を刺す。気付かない振りをして、またナゴヤに来るかシンジュクに行ったら少し会おうかと口約束を取りつけてから電話を切った。
 あの時言えなかったよな、といつか寂雷と二人での笑い話に出来るのだろうか。懐かしいね、と何でも無い事のように笑えるのだろうか。獄はミントティーを口にする。ミント特有の清々しさがどこまでも広がっていた。

2022/07/03

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