いつの日にか愛は釘となり胸を貫く05

 天気が良い、昼過ぎ頃に獄は寂雷と喫茶店で話をしていた。クラシックと人々の談笑を背景に二人は遠い日の頃のように笑いあっていた。空いた皿を店員に下げてもらった。寂雷の左薬指にはあの時と同じ指輪が嵌められていた。指輪は寂雷が楽しそうに笑う度に一緒に笑っているように見えた。きらきらと光を反射させて笑っている。不思議と結婚式のときに感じたような敵意に似たものは感じなかった。束の間の沈黙で、獄はコーヒーを口にする。温かなそれは良い香りで獄の鼻腔を擽る。酸味は控え目で、ほろ苦さが口に残る。不愉快だとは思わなかった。

「……お前は今、楽しいのか? 幸せ、なのか?」

 探るような言い方に、格好悪いなと感じた。己の後頭部をばつが悪そうに撫でていると、寂雷は瞬きをする。少しして穏やかな笑みを浮かべさせる。

「そうだね、とても楽しいし、とても幸せ」

 そうかよ、と打った相槌はあの時の冷たさはなかった。寂しい気持ちも未だ感じるが、楽しそうで、幸せそうで良かったと心の底から思える。でもね、と寂雷が僅かに顔を曇らせる。ふと獄は、寂雷と人生を共にすることに決めた男もその表情を読み取れるのだろうかとどうでも良いことを思い描いた。

「獄と過ごしたあの日々も……今も、とても楽しく、とても幸せだよ」

 獄は眼を見開いた。獄の脳味噌の内側で、寂雷が結婚すると聞いた時の反応と結婚式の朝の時の様子を見てどう感じて何を思ったのか、凄まじい速度で解を弾き出す。そんなことを言わせるつもりは全くなかった。そんなことを思わせるつもりも全くなかった。桜色の唇が動く。やたらそれがスローモーションに見えた。

「だからごめ、」

 獄は立ち上がった。獄の掌が寂雷の唇に押し付けられる。んむ、と掌に殺された音がする。寂雷は眼を見開いていた。驚いたときの顔だ。生徒だった頃から何も変わりやしない。

「謝るんじゃねぇよ」

 ほんの少しだけ言葉が強く飛び出していった。もっと、欲張れよ、と縋るような言葉が静かに落ちていく。店が流していくクラシック音楽や人々は声を潜めさせる。まるで二人だけの世界のようだった。獄は自分の中にある言葉の中で適切なものを懸命に選択していく。傷付けたい訳じゃない、否定したい訳じゃない、謝らせたい訳じゃない。遠慮をしたから、言葉が足りなかったから、踏み込む勇気がなかったから、きっとあの時は決別してしまったのだと、今の獄なら十分に理解できる。寂雷もそうだったのだろうと、想像することが出来る。

「寂雷が何を思ってんのか、俺には解らねぇ。だから、建前とか捨てて寂雷自身が何がしたいとか、教えてくれ……俺も、ちゃんと話すから」

 多分、あの時の俺たちには足りなかったことだから、と獄はゆっくりと掌を唇から離す。寂雷が瞬きをする。
 クラシック音楽や談笑たちが返って来た。獄は椅子に座り直した。コーヒーを一口飲んで、ソーサーに置く。

「……ガキどもの受け売りだけどな」

 そっか、と寂雷が笑う。春の陽だまりのような笑顔だった。

2022/07/18

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