断ったら飼い殺す04


 三ツ谷が死んでから数ヶ月経った。大寿は思っていたように普段の生活を問題なく送っていた。仕事が重なり忙殺される日々だ。それが却って良かったと思う。連絡が無いから良い知らせと自身に言い聞かせるも、柚葉と八戒のことを気にしない日はなかった。
 ざんざんと雨が降る夜に帰路につきながらいっそ自分が経営するレストランに仮眠室やらを作ろうかと考えかけた。しかしその費用も馬鹿にはならないし、経理の面でも面倒なことになる。タクシーに揺られながら小さく溜息を吐く。今している新しい店舗の仕事が終わればもう少し早く帰れる筈だ。
 マンションのエントランスに着いた。外の雨は相変わらず猛威を振るい、窓に叩きつけられるように降っている。誰か二人が壁に背を預けて立っている。マンションの住民のことを考えると、深夜過ぎに誰かが立っているのは珍しい。どちらも帽子を被っている。結構前からいるのか、二人は足元に水溜りが出来ている。二人の間に奥にボストンバッグが一つ置いてある。変なヤツじゃないだろなと大寿はちらりと視線をやる。向こうも大寿が近付いたことに気付き、顔を上げた。大寿の世界から音が消えた。その男女二人組は大寿がよく知っている人たちだった。自分と同じ少し釣り上がった目をした女性、自分の母親と良く似た目をした男性。よく知っているどころではない。自分が育てて庇護していた筈の二人だ。間違える筈がない。

「兄貴……?」

 傷が残る唇が、懐かしい声を紡いだ。夢かと思った。大分前に八戒は東京卍會に入り、柚葉は彼を追い掛け自分の前から去ってしまった。抗争の後にどうなったか、もしかしたら爆発に巻き込まれたかドサクサで殺されて死んでしまったのかもしれないとある程度の覚悟をしていた、つもりだった。

「八戒、」
「兄貴!」

 泣きそうな顔の八戒が大寿に駆け寄る。そのままぎゅっと抱きつかれ、大寿は変わりなさから安堵感を覚えた。兄貴だぁ、と震えた声が鼓膜を震わせる。大寿は瞬きを繰り返す。少しでも気を抜いてしまえば泣いてしまいそうだった。ぎこちなく、八戒の背を撫でる。少し痩せた気がする。はっ! と八戒が思い出したかのように声を上げ、大寿から勢いよく離れた。肩を掴まれ、心配そうな顔がずいと近寄る。八戒の手が不躾に大寿の身体をぱしぱしと叩く。八戒は髪を染めるのを辞めており、青い髪に戻っていた。

「兄貴は大丈夫!? 変わりない? 変なヤツとかイヤなヤツとか来なかった?」
「八戒、大寿が困ってる」

 柚葉の声に、だってぇ、と甘えた声が聞こえる。二人ともパッと見る分ではあるが、元気そうで本当に良かった。久し振り、と柚葉が少し気まずそうでありながらもはにかむ。そうだなと大寿は返した。上手に笑えているかはあまり自信が無い。
 東京卍會から抜けたのか、あの抗争で何かがあったのか、怪我はないか、腹は減ってないか、大丈夫だったか、三ツ谷はどうした、何か知っているか等と言いたい言葉が喉奥で団子になる。

「……おかえり」

 漸く吐いた言葉は僅かに震えていた。柚葉と八戒はきょとんとして、小さく笑う。泣きそうな子供の顔にも見えた。

「ただいま」

 二人分の、久し振りに聞く言葉にほっとする。取り敢えず上がれと大寿はポストの中身が空であることを確認してから歩いて行く。二人はいつかのように大寿の背を追いかけた。
 取り敢えずと柚葉から順番に風呂に入らせる。下着なんかないぞと言えば、幾つか持ってきているとボストンバッグを掲げて見せた。寝間着代わりに着る予定の無い服を着せてやる。
 柚葉が上がり、八戒が入れ替わりに入っていく。自身がリビングにいるのに、シャワーの音が聞こえるのが不思議だ。柚葉に寝室で寝ると良いと伝えたが、ソファに座ってぼうっとテレビを見ている。特に何か喋るわけでもなく、二人はぼうっとテレビを見ていた。少しして、ぱたぱたと足音がこちらへ近づいて来る。

「あれ、柚葉起きてたんだ」

 お風呂ありがとうと八戒が大寿に顔を向けて言う。人懐っこい笑みを浮かべさせ、ソファに座る。その手にはホットミルクが入ったマグカップが握られていた。萎縮する訳でもなく、長い間住んでいる人のように堂々と振舞える姿に流石だと思う。その性質が東京卍會で鍛えられたものか元来あったものなのか大寿は考えるのをやめる。

「兄貴って明日休み?」
「ああ。一応な」

 そっかぁと八戒はホットミルクを一口含む。大寿は二人に先に寝室で寝てて良いと告げて風呂に入った。風呂に浸かりながら、もしかしたら自分は都合の良い夢を見ているのではないかと思えてきた。最近仕事詰めであったから、半分くらい眠っているのかもしれない。そう疑いながら風呂から出たが、二人は存在していた。

「寝ないのか?」

 柚葉と八戒がお互い顔を見合わせる。大寿は寝たいのか、と柚葉が尋ねる。大寿は直ぐに答えることは出来なかった。二人が今までどうしていたのか、どうして今に至るのか、東京卍會に何があったのか、――三ツ谷はどうしているのか。様々な質問がせめぎ合い、漣のように引いて行く。明日でもオレは話せるけど、と八戒が提案する。大寿は首を横に振った。

「お前たちは眠くないのか」
「何か眠くない。久し振りの兄貴ん家だからかな」

 緊張するってことかと大寿は思ったが、突っ込まないことにした。帰れたことによる興奮に起因するものだと思うことにする。手短に話せるかと聞けば八戒が神妙そうな顔でこくりと頷く。柚葉を見ると、アタシは補足に留めると言う。大寿はグラスを三つ準備し、酒の代わりに水の入った水差しを用意した。トレイを片付けに行くのも面倒なのでそのままにしておく。

「タカちゃんがオレたちを抜けさせてくれたんだ」

 ぽつりと八戒が口を開いた。八戒はホットミルクを飲みほしたマグカップをテーブルに置く。

「一番最近の抗争で爆発があったんだよね。オレらはそのドサクサで逃げたけど」

 その記事があったことを思い出す。一般人も巻き込んだ大きな抗争だ。死傷者が発生し、身元の判らない死体もあったらしいと柚葉が言う。二人はその場から逃げ、千冬に指示されて向かった場所に花垣がいたこと、そして花垣に助けて貰ったのだという。その後は何かしらの手続きがあって、すぐに大寿の所へ行けなかったとのことだった。やっぱりタケミっちはあの時と変わらなかったよと八戒は懐かしそうな眼をして嬉しそうに笑う。

「あ、そうだ。兄貴のハンカチ、タカちゃんに渡しちゃった」
「ハンカチ?」
「オレと柚葉が昔誕生日にあげた、赤色の……ほら、クマが刺繍されてたやつ! 兄貴って物持ち良いんだな……っと、それを抗争の前日にタカちゃんがお守りにしたいから貸してって」

 大寿は意味が解らなかった。大寿にとっては妹と弟から貰った大切なハンカチである。柚葉に持たせたのも、彼女が泣いていたこともあったが、いつでも帰って来ても良いと告げたことを忘れないようにさせるためだった。三ツ谷にとっては何の価値もない筈だ。どうして、と大寿は眉を顰めさせて疑問を口にする。八戒と柚葉は殆ど同時に首を横に振る。

「ちゃんと返すからって言ってたから、よくあるドラマとか映画とかのヤツなのかなってオレは思ってたけど」

 どうなんだろうと八戒は首を傾げさせた。大寿もつられて首を傾げさせる。八戒がオレの話はこれでおしまい、と両手を肩よりも高い場所で広げる。片付けてくるねとトレイにマグカップやグラスを乗せてキッチンへと向かった。

「アタシは、多分三ツ谷は爆弾があったことを知ってたんだと思う」

 柚葉がぽつりと呟く。

「多分、三ツ谷と千冬は花垣と前々から連絡を取ってた。あの大きい抗争……元々はただの取引だったんだけど、それも三ツ谷がメインでしてたっぽいし」

 あの日の抗争、元々の取引は、珍しく幹部だけでなく首領である万次郎やそのナンバー2である黒川イザナも出席することとなっていた。トップが出て来ることは早々ない。その取引はトップ同士がわざわざ出てくるように仕向けたのだろう。全てを終わらせようとしていたのだろうか。仕切っていた本人がいない今、答えを知る者はどこにもいない。

「大寿、多分、三ツ谷は」

 大寿は殆ど反射的に、言わなくても良いと言葉にする代わりに掌を上げる。自分で既に辿り着いている答えに、他の誰かから指摘を受けたくなかった。

「解っている……恐らくその爆弾とやらも、三ツ谷の仕業だろう」

 八戒には言うなよと大寿は柚葉に静かな口調できつく言う。柚葉はこくりと頷いた。少しして八戒が戻って来た。もう寝る? とのんびりとした声に脱力感を覚える。時計を見て、天辺を随分超えてしまっていることに気付いた。

「二人とも寝室で寝ろ。少し狭いだろうが、ソファよりかはマシだろ」

 押し入れに掛布団代わりにタオルケットがあるから好きに使えと告げる。流石に少し眠い。

「兄貴はベッドで寝ないの?」

 八戒の言葉に大寿は思わず顔を顰めさせた。大寿と三ツ谷が二人で寝てもまだ余裕はあったが、三人で寝るには流石に狭い。大寿も八戒も背丈があり、八戒もそれなりの体格をしている。幼い子供の頃であれば余裕だったろうが、いくら柚葉が小柄な女性とはいえ、狭くなる。

「……流石に三人は狭いだろが」
「えー! 兄貴のベッド広いから大丈夫だよ!」

 根拠のない言葉に頭痛すら覚える。そう言えばコイツはそういうやつだったと懐かしい苛立ちが大寿を喧しく催促する。深呼吸をして、怒りを誤魔化す。あらゆる意味で将来大物になるぞと舌の上で言葉を転がす。それに、と八戒が言葉を続ける。怒られると思っているのかほんの僅かに身体を小さくさせて上目で大寿を見上げる。

「オレ、久し振りに真ん中で寝たい……ダメ?」

 今日だけは可愛い末っ子の言うことを聞いてやろうと思えた。

about

 非公式二次創作サイト。公式及び関係者様とは一切関係ありません。様々な友情、恋愛の形が許せる方推奨です。
 R-15ですので中学生を含む十五歳以下の方は閲覧をお控えください。前触れも無く悲恋、暴力的表現、流血、性描写、倫理的問題言動、捏造、オリジナル設定、キャラ崩壊等を含みます。コミカライズ等前にプロットを切ったものがあります。ネタバレに関してはほぼ配慮してません。
 当サイトのコンテンツの無断転載、二次配布、オンラインブックマークなどはお控えください。

masterやちよ ,,,
成人済みの基本的に箱推しの文字書き。好きなものを好きなように好きなだけ。chromeとandroidで確認。
何かありましたら気軽にcontactから。お急ぎの場合はSNSからリプでお願いします。

siteサイト名:告別/farewell(お好きなように!)
URL:https://ticktack.moo.jp/

二次創作サイトに限りリンクはご自由に。報告は必須ではありませんがして頂くと喜んで遊びに行きます。

bkmてがWA! / COMPASS LINK / Lony