断ったら飼い殺す05


 柚葉と八戒たちが来てさらに数ヶ月経った柚葉と八戒は出かけることもあったがかつて住んでいた家に戻ろうともしなかった。大寿は使っていない部屋を二人にそれぞれ与え、好きなように過ごして好きな時に出れば良いと話した。大寿が家に帰ると二人がいる。おかえりと温かな声で帰りを歓迎される。昔とは随分変わって温かな家庭というものを大寿は感じていた。
 これ以上の幸福は無い筈だ。そうであるのに、ただ空虚だ。
 寝室で大寿はベッドで横になっていた。目を瞑っても眠れる訳では無い。スマートフォンの画面が表示する、三ツ谷から貰った最後の連絡は半年以上前のものだ。度々三ツ谷の妹たちの様子を見に行っていたが、二人とも平静と変わらなかった。もしかして、三ツ谷は一切妹たちに会っていなかったのかもしれない。それならば妹たちの様子をもっと話してやれば良かったと遅いことを考える。
 最後に会った日以降、連絡がない。三ツ谷はまたねは言わなかった。大寿はまた会おうという言葉が欲しかった。保証にならなくても、それに近い言葉が欲しかった。あの夜の三ツ谷の気持ちを完全に理解までは行かなくても、何となく解った気になれる。
 ただただ、虚しいだけであった。
 気を紛らわせるために、キッチンへと向かう。ずっと昔に今は亡き母親に蜂蜜が入ったホットミルクを作ってもらったことがある。それから、三ツ谷の家に泊まったときにも。あれは砂糖だったなと思いながら、大寿はマグカップに砂糖と牛乳を入れる。電子レンジに入れて、一分間加熱する。ぶーん、と電子レンジが発する音を聞きながらぼんやりとする。どうしてもこの何もしない時間があれば、思考は良くない方へと転げていく。

「兄貴、大丈夫?」

 顔を上げると八戒が立っていた。眠れなくて、と笑いかけながらマグカップを見せる。電子レンジの扉を開けて、兄貴の? と尋ねた。大寿が何も答えないでいると、八戒はマグカップを取り出して、大寿の近くに置く。八戒が電子レンジを操作する。少しして、また電子レンジは動き出した。大寿はマグカップに触れる。じんわりと温かい。口に含むと仄かに甘く、腹辺りに温もりが染み込んでいく。

「オレさ、タカちゃんが本当の兄貴になってくれたらなぁって言ったことあるんだよね」

 大寿は八戒の方に顔を向ける。危うくホットミルクを吹き出すところだった。数年前だよと八戒は決まり悪そうに言う。

「ガキの頃、柚葉は別の人が好きだったから、タカちゃんとくっつくことがなくて凄い残念だったんだって笑い話してたんだ。ホント、笑い話だし過去の話だから」

 大寿から発されるぴり、とした空気を感じたのだろう。八戒は慌てて弁明するように口数が増える。電子レンジが音を立てる。八戒がマグカップを取り出した。あちち、と言いながら一口含んで飲む。

「そん時タカちゃんは、オレは大寿くんのことが好きだから大丈夫つっててさ。オレ意味が解んなくって、でも『どういうこと?』とも怖くて聞けなくて。……でも、ハンカチ貸してーって言われたとき、『あ、そういうこと?』って思っちゃってさ」

 やんなるよねーと明るい口調で八戒は喋る。

「待て、オマエは理解できてるかもしれんが、オレは理解できてない」

 八戒はきょとんとした顔で大寿を見た。数拍あと、えーっと大きな声を上げた。丸い目が見開かれ、ぼとりと落ちそうだなんてことを考えた。大寿は慌てて静かにしろと短く告げる。八戒は慌てて自分の口許を手で押さえた。少しして、手をゆっくりと離し、大寿に顔を寄せる。

「兄貴、解んないの? オレでも解ったのに」
「解る訳ないだろ、三ツ谷が考えることなんか」

 八戒の方が断然詳しい筈だろとひそひそと言葉が交わされる。そうかなぁと八戒は何処か誇らしそうに笑う。
 八戒はホットミルクを一気飲みし、ぷは、と息を漏らした。口の周りに白い輪が出来ていたので、大寿はティッシュを取って口許を拭う。八戒は大人しく拭われるままだ。ありがと、と照れくさそうに言う。

「タカちゃん、兄貴のこと大好きなんだよ」

 そうじゃなきゃ月一で会うなんかしないじゃんかと八戒が言う。大寿は言葉を失った。反論しようと口を僅かに開いたが、言葉は何も出て来ない。

「……待て、何で知ってるんだ?」

 口から出たのは、どうして八戒が知っているのか明らかにしたがる言葉だった。八戒は少し首を傾げさせて、何で三ツ谷と大寿を接触させているのかと激昂した九井が聞いてきたことが発端だと言う。他の人は多分知らないと思うよと付け加えられ、大寿は口をへの字にさせた。隠し事は出来ないものだし、何か揚げ足取りに使える弱点になるようなことが漏れているなら大部分の人が知っていてもおかしくない。だから変なヤツが来なかったかと尋ねたのだろうかと今更ながら理解する。今までの生活を思い返してみたが、自分の知っている限りいなかった。二人の間で上手く取り計らえたのかと思うも疑念は晴れない。

「大丈夫だよ。何てったってタカちゃんはカッケー男だから」

 八戒が歯を見せて笑う。マグカップを洗い、水切り籠に逆様に置く。それじゃあおやすみ、オレと柚葉、明日出掛けるからねと八戒は告げて、与えた部屋へと戻った。
 ひとりキッチンに残された大寿は溜息をゆっくりと吐く。気を遣わせてしまったことに申し訳なさを感じる。月一で会っていたことを八戒は知っていたのか、八戒が知っているなら柚葉も知っているだろう、と芋蔓式に懸念事項が浮かび上がる。直ぐに考えるのをやめた。柚葉も八戒もどちらも今の所は家にいるのだから、聞けるときに聞けば良いだけの話だ。
 マグカップに残ったホットミルクを飲み干す。随分冷めてしまっていたホットミルクは、砂糖のざらりとした感触が舌にいつまでも残った。

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