さよなら境界線01

 悪魔というと中世時代だとか、西洋だとかそういったことを彷彿する人が多いだろう。だが悪魔は日常に潜んでいる。直接人間仇を成すこともあれば、人間と契約し、魂を輪廻から外してしまうこともある。大部分の人はそのことを知らないが、世界各国は秘密裏に悪魔を追い出すために対策を立てている。悪魔を祓うことの出来るエクソシストたちを集め、人に害をなす悪魔たちを祓っている。エクソシストの養成学校を立ち上げ、後継育成にも力を注いでいる。
 聞こえはいいが、害獣駆除と然程変わらないと千冬は思う。猟師と違うのは、相手が動物ではなく悪魔ということと、武器が猟銃ではなく多岐にわたることだ。
 千冬もその一人だ。養成学校に通っている、エクソシストの見習いだ。
 千冬は通学路を歩く。入学して幾ばくか過ぎた頃だ。飼い猫の黒猫を使い魔に出来ないかなと思っているが、ただの猫であるために不可能で、そもそも使い魔は悪魔か守護神かの二択となることを昨日学んだショックからあまり立ち直れていない。
 千冬は悪魔が嫌い、というより群れて大きい顔をしている者を嫌悪している。強くもないのに偉そうに歩く馬鹿もぺらっぺらの思想を振りかざしている阿呆も暴力で弱者を揺する勘違い野郎も全て千冬の神経を逆なでにさせる。そういう奴らをぶっ飛ばしたかった。それで入った学校で悪魔のことを知った。現状は悪魔と契約した人間たちが他の人間の生活を脅かすこともあると言うのを知って、益々嫌悪感ばかりが強くなる。
 路地裏を通って早く帰ろうと狭い路地に入り込む。

「テメェふざけてんのか!」

 響いた怒鳴り声に千冬は足を止めた。ガタイの良さそうな男が三人、何かを囲んでいる。身体を少しずらせば、男たちの隙間から見えた。黒髪に金メッシュの髪が見える。体格は千冬と然程変わらなさそうだ。男は千冬の存在に気付いていないのか、治療費出せやと大声で叫んでいる。
 どう見ても一対多数の状況だ。揺すられている男はじっと黙り込んでいる。くだらねぇと千冬が舌打ちを打った。睨まれている男が、ガラの悪い男たちの合間から視線を寄越す。大きな金色の目が千冬の空色の目と合う。男が首を傾げさせて、笑った。男が左耳につけている、鈴の耳飾りからりん、と綺麗な音がやけに大きく響く。ガラの悪い男たちが後ろを振り返り、千冬を見る。

「何だテメェ……」

 見せモンじゃねぇぞと強い口調で言い放つ男に千冬は溜息を吐いた。学校に遅刻するのが確定した。千冬はほぼ何も入っていない通学鞄を道端に放る。

「オレァ今気が立ってんだよ!」

 男が大きく振りかぶる。千冬は男から目線を外さず、しゃがみながら一気に間合いを詰めた。右手をきつく握り、男の左頬に躊躇いなく叩きこむ。男は何やら言葉にならない音を口から出して、崩れ落ちた。これで後は二人だ。千冬が振り返ると、青ざめた男たちがへっぴり腰で立っている。睨みつけると悲鳴を上げながら何処かへ走り去った。

「ダッセェなぁ、全く」

 気が付いたら、金メッシュの入った男はいない。どうやら逃げたらしい。千冬は溜息を吐いて鞄を拾う。伸びている男を無視して、薄暗い路地を歩いて行く。路地を出れば、学校はほぼ目と鼻の先だ。制服に着いた埃を叩き落として、一歩進んだ。

「っと……」

 肩をぶつけられた。眼鏡に前髪をぴっちりと分けたいかにもただひたすら机に齧りついて勉強だけをするような様相だ。悪い、と男は軽く謝り、千冬から走り去る。辺りを見渡しながら走っている。何か探しているようだ。手伝う義理もないし、学校に遅刻するかしないかの瀬戸際だったので、千冬は学校へと走った。
 学校はどうにか間に合った。友人である武道や八戒たちと授業での不満事や最近読んだ漫画などの話をして過ごす。召喚術をまとめる課題とかやってんらんねーと笑った。今日は武道も八戒も用事があるからとさっさと帰ってしまった。千冬はのんびりと帰路に就く。

「松野ォ!」

 いかにもとっぽい男だ。数十人たちが千冬を睨みつける。リーダー格の男が何か話しているのを聞き流しながら、千冬は男たちの顔を見る。後ろにいる、鼻にガーゼを貼り付けている男は今朝見たような気がする。あー、と声を思わず出した。人を集めて報復しに来たのだと理解する。ダッセェと吐き捨てた。
 数人であれば千冬は十分対応できたが、数十人となると流石に満身創痍だ。何人か沈めさせたが、リーダー格の男に決定打となる攻撃が出来ていない。痛みで頭痛や耳鳴りがする。息も上がって、脚や腕を上げるのもずっと力がいる。リーダー格の男が道端に落ちていた角材を手に取る。どこまでも低俗なやつだ。吐き気がする。

「――一人に多数、更に武器はダサすぎねぇ?」

 眼鏡にぴっちりとした前髪の男がひょっこりと現れた。何だテメェとリーダー格の男がが眼鏡をかけた男の胸倉を掴む。

「あ! オマエ、オレのダチ助けてくれたんだってな?」

 そう言えば以前見たような気がする。記憶を辿れば今朝路地裏に出た直後に肩をぶつけられた男だと直ぐに理解した。だが男の言っている意味が、千冬は何のことかさっぱり解らない。今朝助けた男のことなのだろうか。

「お礼に付き合うぜ」
「はぁっ!? 無茶だ、テメェの」

 出る幕はないという言葉は咽頭に張り付いた。眼鏡をかけた男が腕を横に振り、リーダー格の男を壁にめり込ませる。一発だった。一瞬だった。男は眼鏡を外し、髪ゴムを取った。肩にかかる程の髪がはらりと落ちる。真っ赤な目が髪の毛の合間で好戦的に輝く。にぃ、と楽しそうに三日月を描く口許で八重歯がちらいと覗き見る。

「テメェら、誰のシマ荒してんだァ!」

 それはもう鮮やかに、あっという間にのしてしまった。衝撃的だった。強いという言葉で片付けられない。圧倒的な強さに惹かれる人は多いだろう。千冬もその一人となってしまった。場地が男たちをどんどんのしていく所から視線が外せなかった。

「ったっく、骨のねぇヤツらだな。味もうまくねぇし」

 少しして、その場にいた男たちは皆倒れていた。気絶をしているが、放っておいても大丈夫だろうと千冬は思う。

「オーイ、オマエ大丈夫か」
「えっ……あっ、はい!」
「そっか、良かった」

 にか、と歯を見せて快活に笑う。改めて礼をしないとと、立ち上がろうとするも上手く立ち上がれない。大丈夫かと笑う男が、千冬の腕を掴んだ。瞬間に、そこから何か温かいものが流れ込んできた感覚がした。驚いて顔を上げると同時に男は手を離した。

「あの……何をしたんですか?」
「精気を分けただけだ」

 もう立てるだろ、と言われ、千冬は立ち上がってみる。すんなりといつものように立ち上がれた。身体もあちこち殴られていた筈なのに、痛みが無い。男の口から紡がれた日常生活では使わないが、聞き覚えのある単語が引っかかり、せいき、と言葉にする。

「悪魔だからな。取ったり渡したりするくらいくらい慣れてんだよ」

 千冬は耳を疑った。目の前にいる男が悪魔なんて信じられないでいる。教科書で知った悪魔は卑劣で卑怯で姑息な存在だ。目の前にいる男とどうもイコールで結びつかない。

「オレは場地。場地圭介」

 握手、と言わんばかりに差し出された手に千冬は戸惑ってしまう。握手しねぇの、と少し不思議そうに尋ねられ、千冬は両手でその手をがしりと掴む。先程流れたような温かいものの感覚はない。

「オマエ……エクソシストの卵だろ?」
「そ、う……です、けど……悪魔って名前明かしちゃ駄目なんじゃ……」

 古来からの悪魔祓いは、聖書を含めたあらゆる書物から悪魔の名前を当てることが定説だ。下級は力技で追い返すことも消滅させることもできるが、上級であればあるほど名前というものは物凄く重要なものだ、名前が無ければ倒せないのだと先生が力説していたことを思い出す。

「ハァ? 駄目ってことはねーよ。名前が明かされたら対策されんのがメンドーってやつはいるけど」

 そうなんすか、と初めて知る悪魔事情に驚きを隠せない。場地の手が千冬の手からぱっと離れた。場地の足元に三毛猫が擦り寄る。どうしたぁ、と甘い声を出しながら、場地は猫を撫でている。
 通称でも何でもなく、本当の名前だと千冬は理解した。それと同時に、場地圭介という悪魔は、悪魔らしくないとひしひしと感じる。人間は縁が出来るから嫌がるんだろと場地は言葉を続ける。一度出来た縁は生まれ変わっても大抵は纏いつくものなのだと別の先生が話していたのをぼんやりと思い出した。その縁は来世以降にも引き継がれるということも。

「オマエ、名前……ああ、知られたくねぇよな。縁が出来たらダリィし、」
「千冬です、松野千冬……」

 赤い目が空色を射る。赤みが僅かに増した色に、背筋にぞくりと寒気が走る。三毛猫が小さく悲鳴を上げて何処かへ去っていった。

「千冬ぅ、良いのか? これでオレとオマエは縁が出来ちまったぞ」
「構いません。オレは、場地さんについて行きたい。いや、ついて行く!」

 千冬は、場地と共にいれば何でも出来る気さえした。悪魔を祓うのも、格好悪い人間を追い払うのも、これから生きて行くために必要なこともどんな困難なことも全て場地となら乗り越えられると確信めいたものがあった。人間の自分ですら格好と思える悪魔の姿勢は、余りにも悪魔らしくない。余りにも眩しくて、自分もそうありたい、この人の支えになりたいとさえ思えた。
 ふぅーん、と場地が独り言つ。興味が無いと言ったような顔だ。普通、悪魔であれば嬉々として契約をする筈なのに、と千冬はある可能性に辿り着く。

「やっぱり、場地さんって誰かと契約してるんですか?」
「してねぇよ」
「じゃ、じゃあ、俺と契約して使い魔に、」
「ダメに決まってんだろ」

 ぴしゃりと切り捨てられた。ええー! と不平を言ったが場地は後頭部あたりを擦っている。

「ダチと来てんだワ。じゃあな」

 そう言って場地は歩き出し、曲がり角を曲がる。千冬は慌てて追いかけた。だが、曲がり角を曲がっても場地の姿は見当たらなかった。

2023/09/19

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