さよなら境界線02

 あれから千冬は場地に再び会おうとあちこち駆け巡った。武道たちに探してほしい悪魔がいるんだと頼み込み、武道の彼女である日向から悪魔の名前から居場所を特定する道具を譲ってもらった。そこから毎日毎日千冬は放課後になれば場地の元へと通った。勿論、ただ、契約してもらうために。余りのしつこさに場地は千冬を思い切り殴ったが、それでも千冬は諦めなかった。自身の出生から今に至るまで、所謂縁となるところを場地に全て話した。千冬が言ったことが縁となることを知っているが不明ではあるが。結局場地はその根気に折れたのだった。
 その日、千冬の部屋に場地はいた。千冬が飼っている黒猫にペケJと名付け、可愛がっている。千冬は黒猫のことを、これからペケJと呼ぶことに決めた。場地がそう呼ぶなら、そうだ。

「で、どういった内容にするかな……」

 考えるの嫌いなんだよと場地が呻くように言う。悪魔の契約には決まり事があるらしく、複雑らしい。場地は真っ黒い羽がついたペンで、何度か羊皮紙を突いている。

「取り敢えずオレは場地さんがええと……精気不足? で死なれたら嫌っすかね」
「んじゃ、契約期間は千冬が継続する意思をなくしたとき。対価は悪魔一体の生命を最低限維持できる程度の精気で……願いは? どうする?」

 何か欲しいモンとかある? と聞かれ千冬は言葉に詰まる。欲しいもの、と言われ直ぐに思い浮かばない。少し前であれば色々出てきていたのに、と千冬は少し困ったように眉を下げる。

「……あ! 場地さんにずっとついて行、」
「駄目だ。オマエ、エクソシストなんだろ?」
「じゃ、じゃあ場地さんの右腕のような存在に、」
「駄目。見習いフゼーが悪魔に振り回されてみろ、悪魔崇拝者って言われるぞ」

 場地の言う通りだ。悪魔崇拝者といいうのは文字通り崇拝しているものは勿論、エクソシストでない一般人が悪魔と契約して使役することも含まれている。使い魔を持てば一流のエクソシストと呼ばれる。逆を言えば、一流のエクソシスト以外は、使い魔を持ってはいけない。国は内密にそう言った人たちを処分している。
 悉く、千冬が提案した場地関連の願いは一蹴された。ああでもないこうでもない、と悩みに悩み、結局毎日ほんの少しの幸運が起こりやすくなることとなった。具体的には茶柱が立つとか、食べたいメニューが今日の夕食になるとかそういった細やかなものらしい。
 千冬は渡された羽ペンを手に持ち、場地が示したところにサインをしようとした。千冬、と鋭い声で名前を呼ばれ、松の一画目を書いたところでぴたりととまる。

「契約書はきちんと目を通せよ。中身変えるヤツなんざ沢山いるからな」
「場地さんだったらオレは何でも良いです!」
「良くねぇよ。そういう癖を付けとけ」

 千冬は大人しく契約書に目を通す。悪魔が使う文字で書かれているのに、すっと頭の中に入っていく。契約内容は場地と話したことと相違はない。オッケーっすと言いながら名前を書く。書き終えると羽ペンと紙がひとりでに離れ、場地の手元へと行った。紙がくるくると巻き上がり、場地はそれを受け取る。空間がぐにゃりと歪み、真っ黒い穴が開く。そこにぽいと放り込んだ。

「契約完了っと。じゃあ、暫くよろしくな」
「はい!」

 にしし、と場地が歯を見せて笑う。暫く、と場地は言っていたが千冬はずっと契約しているつもりだ。寝床はその辺にしてもらっても大丈夫ですよと言うと、ダチがいるからなァとやんわりと断られる。その友人も来れば良いのに、と千冬が言うと、場地も、オレもそう思うと賛同する。

「そう言えば契約書って、絶対いるんすか?」
「ん-、オレは残してる方が解りやすくいからそうしてっけど、人間が契約したっていう意識にさせるために紙にしているやつもいる。何も無いやつもいたし、身体に刺青として残すのもいたっけな」

 例えば辮髪の側頭部に龍の刺青として残していたダチや首元に虎の刺青として残すダチがいると場地は話す。千冬はその姿を想像した。大分、いや、かなり厳つい姿だ。全ての刺青がそうではないと思うが、もしかして、と考えてしまう。まぁ色々だとけらけらと笑う。
 それから千冬は場地に色々と尋ねた。狩りすぎると狩られるから普段は素行の悪い人間を殴って精気を分けてもらっていること、契約をしたからと言って必ずしも魂を取るわけではないこと、悪魔は生まれたときから悪魔のものと人間の魂に何かしらの要因がはたらき悪魔となること、一度縁が出来てしまえば来世以降は探すのが比較的容易になること、兄弟や恋人は前世でも近い関係にあったこと、場地の友達である悪魔のこと、昔いた錬金術師のこと……。場地から語られる話はどれも、千冬にとって退屈な授業よりもずっと興味深いことだらけだった。聞けば聞く程、場地は世間一般に言われる悪魔のイメージとは随分かけ離れている。
 ふと、窓の外からこんこん、と叩かれる音が響いた。千冬がそちらを見ると、黒髪に金メッシュの男が立っている。千冬は自分のいる所が二階であることを思い出した。確かにパイプのでっぱり等を使えば登れないことはないだろうが、普通の人はそんなことをしない。場地が嬉しそうな顔をしたので、直ぐに知り合いかの悪魔かなと考えに至る。男はためらいもなく窓を開く。不満さを顕わにしていた。

「場ー地ぃ! 何してんだよ!」

 いつまでその人間にくっついてんだ、と言いながらずかずかと部屋に入っていく。帰るぞと場地の手首をぐいと掴むが場地は立ち上がろうとしない。

「あー、その事なんだけど……人間と契約したんだ」

 男が固まる。少しして、顔を露骨に歪めさせる。はぁー? と理解不能と言わんばかりの声を出す。契約内容これな、と場地がどこからともなく取り出した羊皮紙を男に投げた。男は羊皮紙を広げ、じっくりと読んでいく。

「……いやオマエ、この契約内容、バカじゃねーの?」

 マジでありえねぇからと場地に投げ返す。場地は気にしていないのかそのまま羊皮紙を片付けた。千冬はただ二人のやりとりを見守るしか出来ない。完全に部外者となっている。
 外から雨が降る音が聞こえた。最悪、と男は顔を歪ませ、窓を閉める。千冬はどうしたら良いのか解らず、助けを求めて場地を見る。場地、オレのダチ、と何ともまあ快活に答えた。

「さっき言った、契約を首に虎の刺青にするやつ。あー……名乗らねぇの?」
「はぁ? ……ああ、別に名前くらいでコイツが祓えるとは思わねぇよ」

 好きにしろよと言いながら、場地の少し後ろにどっかと座り込む。男の言い方にむっとなるが、上級の悪魔を祓うなんて無理ということは千冬自身もよく解っている。そもそも下級悪魔を祓うことも実践ですらしたことがない。

「一虎ってんだ。オレのダチ」

 てか契約書の話してんのかよ、千冬が気になるんだってよ、ンなもん馬鹿すか言うんじゃねぇよ、と二人はそのまま話を続けている。この短時間のやりとりで、場地と一虎が如何に仲が良いのが良く解る。いいなぁ、と素直に思った。

「なぁ、場地、帰るぞ」
「雨降ってんだろ? 一虎は泊まらせてもらえよ。オレはまたその辺で寝るわ」
「あっ、大丈夫っす! 二人ともその辺で寝て貰ったら大丈夫なんで!」

 結局二人を千冬の部屋に、千冬はリビングで寝ることにした。そのまま場地と一虎は千冬の部屋を拠点としたらしく、二人は普段そこで寛いでいる。二人が時折何処かへ出掛けているようだったが、千冬は特に気にかけなかった。
 場地と一虎が千冬のところで住むようになってから数週間経過した。千冬が相変わらず場地に対してかなり好意的であるために、一虎は頻繁に千冬に対して怪訝な顔をする。エクソシストのくせに、と言われたが千冬はいちいち答えることはしない。
 ふと千冬は、一虎が絶対に自分の名前を呼ばないことに気付いた。名前を呼ばないことについて場地に聞いてみたが、縁を作りたくないんじゃないかと返される。千冬は縁の重要さがあまりピンと来ていない。場地に尋ねたが、場地も然程理解していないようだった。

2023/09/21

about

 非公式二次創作サイト。公式及び関係者様とは一切関係ありません。様々な友情、恋愛の形が許せる方推奨です。
 R-15ですので中学生を含む十五歳以下の方は閲覧をお控えください。前触れも無く悲恋、暴力的表現、流血、性描写、倫理的問題言動、捏造、オリジナル設定、キャラ崩壊等を含みます。コミカライズ等前にプロットを切ったものがあります。ネタバレに関してはほぼ配慮してません。
 当サイトのコンテンツの無断転載、二次配布、オンラインブックマークなどはお控えください。

masterやちよ ,,,
成人済みの基本的に箱推しの文字書き。好きなものを好きなように好きなだけ。chromeとandroidで確認。
何かありましたら気軽にcontactから。お急ぎの場合はSNSからリプでお願いします。

siteサイト名:告別/farewell(お好きなように!)
URL:https://ticktack.moo.jp/

二次創作サイトに限りリンクはご自由に。報告は必須ではありませんがして頂くと喜んで遊びに行きます。

bkmてがWA! / COMPASS LINK / Lony