さよなら境界線03

 三人で買い物に行った帰りのこと、公園でイベントがあり、小さなマルシェが出ていた。大抵こういった市場には、エクソシスト関連のものも入り込んでいる。チラシに聖歌隊やゲストとして高名な神父がありがたい話をしてくれると書いており、千冬は苦笑いする。恐らくエクソシストだろう、学校行事か何かで見たことがある顔だ。右下に山羊のロゴがある。確かこのような関連ではいつもある。主催なのだろうといつもぼんやりと思う。

「いーじゃん、聖歌隊。オレは好きだぜ、ヒヨコみたいで」
「逆に場地さんは何したら倒れるんですか……」

 上級の悪魔となれば、聖歌隊程度は可愛く見えるらしい。度々他の悪魔もこういった市場に出ては楽しんでいるのだと聞いて、思ったよりも悪魔は身近にいることを嫌でも理解してしまう。きっとこの中に場地とは正反対の悪魔もいるだろう。様々な人と出会いの場になるところは契約もしやすいのだろうと何となく解る。

「場地ぃ! あっちにカラフルででけぇ綿菓子あるみたいだっ!」
「マジか! 買いに行こうぜ!」

 千冬が止める間もなく、二人は子供みたいに食べ物の店が並ぶ所へと駆けて行った。場地は、千冬と契約関係にあるために千冬の位置が解るため、はぐれることはないだろう。仕方ないなと溜息を吐いて、取り敢えず二人のために席を取ることにした。
 いくらか歩いて探したが席は大分埋まってしまっている。仕方が無いので花壇をベンチ代わりにする。少し離れた所にあるからか、人も比較的すくなく、植木のお陰で影ができる。ラッキーと思いながら座る。
 花壇に植えられた植物は、名前は知らないが見ているだけで心が安らぐ。天気も良く、今日みたいな日はこういうイベントでのんびりとするのも良いだろう。知り合いも来ているかもなと思いながらぼんやりと人が行き交うのを眺める。護符を持った子どもたちがはしゃぎながら歩いて行く。見るからに平和だ。悪魔のことは決してニュースにならない。本当にいるのか、と疑わしくも思うときがある。
 ふと隣に誰かが座った。千冬がそちらを見ると、見るからに聖職者と解る格好をした年配の男だ。会釈をされ、千冬も会釈する。そう言えばポスターに載ってた人だと千冬は思い出す。現役のときはバリバリ前線でやってきたエクソシスト。今は退いて神父をやりつつ会長だか何だかしているらしい。

「千冬ぅ、そんなとこにいたのかよ」

 顔を上げると、場地と、場地の後ろに一虎が立っていた。一虎は興味が無いのか視界に入れたくないのかそっぽ向いて買って来た唐揚げを食べている。綿菓子は買わなかったのか買えなかったのかは解らない。場地は焼きそばやタコ焼きの入った袋を持っており、千冬に渡した。ソースの良い香りに食欲が刺激される。

「そちらは?」

 突然聖職者の男から尋ねられ、千冬は少し驚いた。そちら、というのはどう考え手も場地と一虎だ。まさか二人を悪魔ですと紹介するわけにはいかない。

「あー、オレのダチ、」
「ご友人? 全く、エクソシストとあろうものが下賤な悪魔に魅了でもされたのかね」

 吐き捨てるような言葉にぴり、と空気が一気に張り詰めた。はぁ? と場地が不愉快そうに顔を歪めさせる。

「なぁ、行こうぜ。あんなの相手しても無駄だろ」

 一虎が場地の腕を一回引いた。そのまま背を向けて歩き出す。場地は千冬に声をかける。千冬も慌てて立ち上がった。場地が千冬にだけ聞こえるほどの小さな声で、悪ィなと告げる。千冬は小さく首を横に振った。
 聖職者が何かを呟く。聞き覚えは無いが、何となくその響きには覚えがある。場地が目を見開いて聖職者を見た。ひゅ、と千冬の耳の側で風を切る音がした。

「――一虎ァ!」

 弾かれたように場地が一虎へ走り出し、そのまま倒れ込む。聖職者から放たれた光の道筋が、場地の背中の左下側を貫く。場地と一虎はその場に倒れた。場地は腹を押さえ、背を丸めさせている。一虎が焦ったように場地の名を叫ぶ。

「あ゛っ、――グ、ぅ゛」

 場地が苦し気にあえぐ。額に汗がにじんでいる。ぽたりと地面に落ちた。場地の腹部から、赤色の液体が溢れている。人間で言う血液のようなものだと千冬は瞬時に理解する。腹部を抑え、苦しそうに呻いている。ただ事ではないことは直ぐに理解できた。千冬は場地の、光が丁度当たった箇所に何か十字架を模したマークがあることに気付いた。それは一際輝いたあと、光を失う。服をめくると場地の皮膚に焼印のように存在している。この模様が悪い物だと理解した。だが、どうしたら良いのか解らない。場地さん、と叫び、彼の肩を叩く事しか出来ない。千冬は場地を背負った。逃げなければならないのに、どこへ逃げれば良いのか千冬の脳裏に様々な景色が過る。目の前にいる、したり顔の聖職者をやはりぶん殴っていれば良かったと強い後悔が残る。

「そのまましてろよ」
「えっ?」

 耳の側で一虎に言われた直後、りぃん、と澄んだ鈴の音が高く響いた。途端にぐにゃりと世界が歪み、気付いたら千冬の部屋にいた。どういうこと、と瞬きするしか出来ない。理解が追い付かない。所謂瞬間移動をしたのだと遅れて理解する。一虎は場地を千冬から降ろし、仰向けに寝かせた。

「場地! しっかりしろ!」
「……祝詞だ……」

 忌々しそうに場地が吐き捨てる。のりと、と千冬は小さく呟いた。悪魔を祓うのに使うものの一つだ。祝詞は様々なものがある。明かり代わりにする補助目的のものもあれば、防御や攻撃に使うこともある。また、ベテランのエクソシストが使えば下級の悪魔であれば消滅させることが出来るし、上級の悪魔でも致命的なダメージを与えることが出来る。

「一虎、悪い……ちょっと眠るワ」
「場地、オイ!」

 黒い靄が場地の身体から溢れ、場地を包む。すぐに靄は消えたが、一匹の狼が横たわっていた。苦しそうに浅く呼吸をしている。その狼が場地であることを千冬はすぐに理解できた。
 突然千冬は左頬に強い衝撃を受けた。そのまま倒れ込む。左頬に触れると熱を持っている。殴られたのだと遅れて理解した。顔を上げれば一虎が千冬を見下ろしている。一虎の両腕が伸ばされ、千冬の胸倉を掴んだ。強い力でぐいと引っ張られ、千冬は無理に立たされる。

「オマエが場地と契約しなきゃこんなことにならなかったんだぞ! オマエのせいで、場地が!」

 千冬は反射的に一虎の肩を押したが、一虎は一層強い力で千冬の胸倉を引っ張る。金色の目が怒りで塗り潰されているのは、誰の目から見ても明らかだ。

「一虎クン、オレと契約してくれませんか! そしたら場地さんは、」
「……契約で場地を助けられると思ってんのか? マジでなんにも知らねぇんだな!」

 一虎が千冬の胸倉を掴んだ手を離し、千冬の肩を強く押した。千冬はよろめきながらも咳き込む。

「悪魔の願いは、悪魔に叶えることはできない」

 ぽつり、一虎の声が部屋にやけに大きく響いた。千冬は言葉を失う。一虎は今にも泣いてしまいそうな顔をしている。

「場地に助かって欲しい、でも、オマエとオレの願いが一致しているから、叶わねぇ」

 ホント、エクソシストの癖になんにも知らないんだなと一虎は鼻で笑う。

「……マジで気に食わねぇ、何で場地もこんな人間のこと気にかけるんだろうな」

 ぶつぶつと一虎が今まであった不平不満を小声ながらもぶちまける。一虎が何処かへ行こうと歩き出す。千冬は両手を広げてその前に躍り出た。一虎の眉間に皺が刻まれる。

「一虎クンが俺を気に食わないのは解ります。でも、オレも場地さんを助けたい。だから、オレと手を組みませんか。場地さんを助けれるなら、オレはなんだってやる!」

 一虎が長い沈黙の後、溜息を吐いた。

「……契約期間は場地の呪いが消えるまで。オマエの願いは悪くてもこの状態が続く。助けたい、は効かねぇからな」

 一虎の言葉に千冬は頷く。一虎と千冬の間に文字が浮かび上がる。悪魔が使う文字なのか、千冬には読めない。

「オレへの報酬はオレと場地の生命維持を絶対に絶やさせないこと……」

 一虎がぎろりと千冬を睨む。オレの邪魔をすんなよ、と忌々しそうに吐き捨てられ、千冬はしませんよ! と強い言葉で返した。文字が追加されていく。
 契約内容はこれで良いな、と金色の目が千冬に真っ直ぐと向き合う。千冬はぎこちなくも頷いた。一虎のピアスが一人でに甲高い音を出す。文字が砂のように崩れた。そのピアスを中心に、砂になった文字たちが集まり、渦を巻いている。それが鈴を覆い、消えたかと思えば鈴はアンティークゴールドっぽい色になる。てっきり刺青が出来るのかと思ったが、仮契約だからかそういう変化なのかと納得する。
 千冬が場地を見ると、透明な壁のような物が包んでいる。契約の証なのだろうと一人で納得する。

「場地が消えたら、オレはオマエの魂を砕いてやる」

 一虎がやけに落ち着いた声で言う。来世なんてものを潰して、場地に会う可能性をぶっ壊してやると地に這うような声が千冬の鼓膜にべたりと張り付いた。
 次の日、場地は相変わらず壁の内側で狼の姿で寝ている。昨日よりも苦しそうには見えない。千冬は制服に着替え、壁に触れる。恐らく悪魔の力で出来ているのだろう。いってきます、とだけ告げて養成学校へと向かった。一虎は授業が終わった頃に行くとだけ告げて、何処かへ行った。
 授業はいつも通り進んでいく。昨日のイベントごとに行った生徒もいたようだが、場地たちのことは誰も知らないようだった。授業が終わり次第、千冬はあの聖職者の情報を得たくて、教室を飛び出した。
 きっとそういった個人情報は本部にあるだろうと目星を付けて、千冬はそこへ向かう。名簿らしきものがどこにあるかは解らないが、多分一番偉い人の所かなと武道と親し気に話していた、同い年くらいの眼鏡の男を思い出す。同い年なのにすごく偉い人だということを聞いてびっくりしていたことを千冬は覚えていた。
 建物の一番奥にあった扉を開いたが、誰もいない。席を外しているようだ。
 千冬はすんませんと心の中で謝りながら戸棚の引き出しを開ける。ジャケットのポケットに入るほどの大きさの本が並んでいる。背表紙に『第百二十回 ゴートクラブ』と書かれている。その隣は第百十九回となっており、段々と数字が小さくなっていく。とりあえずと千冬は一番数字の大きなものを取り出すと、あのチラシに合った山羊のロゴがある。千冬は慌ててページをめくった。歴代のエクソシストの顔写真と名前、住所と現在勤めている所が書かれている。とりあえず、と最新のものと数字が五、十、十五、二十少ないものを取ってポケットに入れた。引き出しを閉め、千冬は出て行った。
 中庭のベンチに座って先程の名簿を捲っていく。顔写真は載っているが、今より若いのかもしれないと思いながら見ていく。

「此処にいたのかよ」
「一虎クン」

 一虎は千冬の手から名簿を取る。中身を見て、ああ、と呟いた。ぱらぱらと流し読みをしている。

「やっぱあの人間シめねぇとな」
「……穏便にいきましょ。てか、悪魔って何で人間の魂取るんすか?」

 尋ねると一虎は露骨に不機嫌そうな顔をして舌打ちを打つ。

「……簡単に言うとオレらの豪華なメシ。あと収集する奴とかいる」

 オレのダチが大分前に見付けて逃した人間をすげぇ探してんだよと一虎はリストをぱらぱらと捲りながら言う。あるページで止まり、折り目を付けた。千冬がそのページを見たが、今回の聖職者とは違う、日本人の名前だ。八戒の兄貴だと何度か合わせた顔を思い出す。派閥とか嫌いそうなのにエクソシストやその関係であれば強制的に入らなければならないのだろうか、てか悪魔の言う大分前は何百年なのだろうかと千冬はぼんやりと考える。

「生きるだけなら精気でも良いんじゃないんすか?」
「オマエなぁ……モヤシ食って生活してみろよ」
「それは……」

 大分、いやかなり味気ない生活だ。すみませんでしたと素直に謝ると一虎は鼻で笑う。

「牛とかよりも人。精気よりも魂。んで味の複雑な欲塗れの魂よりうめぇキレーな魂のが良いじゃん?」
「いや、知らないっすけど。あれ、じゃあ場地さんがペヤング好きなのは?」
「人間の食いモンはシコーヒンってやつ」

 一虎はぴたりと手を止めた。千冬はそのページを覗き見ると、あの時の聖職者だった。コイツだよな、と確認され、千冬は頷く。一虎はそのページに折れ目を入れた。一虎の表情に何の感情もない。その下でどれほどの感情が暴れているのだろうと千冬は思わず唾を飲み込む。
 後ろから千冬、と聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると武道と日向が立っている。どうやら二人とも今から帰る所らしい。

「と、そっちの人は?」
「えーと、ダチかな。てかタケミっち、今からデートなんだろ! また明日な!」

 そういうと二人とも慌て出す。いつまでも初心だなと千冬は愛読している少女漫画を思い出した。また明日なーと手を振る。少し離れた所で二人が手を繋いだのを見て、千冬は感嘆の溜息を吐いた。

「あれ、ってダチ?」

 一虎の質問に、相棒とその彼女っすよと答える。ふぅんと一虎は二人が向かっていた方向をじっと見る。

「……人間って面倒だよなぁ、人間とそうじゃねぇヤツの区別がつかなくて」

 ちりん、と風に揺られて鈴の音が鳴る。

「何か言いましたか?」
「いいや? ちょっとオレ一旦戻るわ」

 りん、と鈴が鳴る。何もない空間に人が一人分通れそうな楕円形の穴が開く。向こう側は真っ暗で何も見えない。以前場地が千冬との契約書を放り込んだ穴と恐らく同じものだろう。

「えっ、どこに?」
「ダチにこのクソ野郎の場所を突き止めてくれって頼んでくる」

 暫くしたら場地ン所に戻るからオマエは帰ってろ、と一虎は言って穴に飛び込む。瞬間に穴は小さくなり消えた。残された千冬は暫くの間呆然としていた。頭上で烏が鳴いた声で、はっと我に返る。

「っていうか、ここ養成学校なのに悪魔入れるのかよ……」

2023/09/29

about

 非公式二次創作サイト。公式及び関係者様とは一切関係ありません。様々な友情、恋愛の形が許せる方推奨です。
 R-15ですので中学生を含む十五歳以下の方は閲覧をお控えください。前触れも無く悲恋、暴力的表現、流血、性描写、倫理的問題言動、捏造、オリジナル設定、キャラ崩壊等を含みます。コミカライズ等前にプロットを切ったものがあります。ネタバレに関してはほぼ配慮してません。
 当サイトのコンテンツの無断転載、二次配布、オンラインブックマークなどはお控えください。

masterやちよ ,,,
成人済みの基本的に箱推しの文字書き。好きなものを好きなように好きなだけ。chromeとandroidで確認。
何かありましたら気軽にcontactから。お急ぎの場合はSNSからリプでお願いします。

siteサイト名:告別/farewell(お好きなように!)
URL:https://ticktack.moo.jp/

二次創作サイトに限りリンクはご自由に。報告は必須ではありませんがして頂くと喜んで遊びに行きます。

bkmてがWA! / COMPASS LINK / Lony