さよなら境界線05

 千冬と一虎は来た道を戻っていく。時折、トラックが走る音が聞こえた。こっそり戻ったら場地がどうなったかの確認をして風呂に入ってから寝よう、と千冬は欠伸を零す。

「ところで見習いは、今回の戦闘でなんか勉強になったか?」

 一虎の質問に千冬はへ、と間抜けな音を零す。脳裏に先程見たばかりの光景が鮮やかに蘇る。エクソシストになったら、ああいう戦闘をするようになるだろう。今の儘では出来ないと自覚している。

「……強くならなきゃなぁって思いました。オレ、全然何もできなくて、一虎クン一人が……色々……」

 千冬の言葉が自然と小さくなる。一虎はきょとんとした顔で足を止めた。千冬も足を止める。一虎は不思議そうな顔の儘、首を傾げさせる。ちりん、と小さく鈴が鳴った。

「そりゃそうだろ。オマエ、赤ん坊に機関車の運転させるのかよ?」

 一虎の言葉を千冬は何度か咀嚼する。漸く理解をして、驚きから口をぽかんと開いた。オレは赤ん坊なんですか……!? と驚愕の色を隠さずに言えば、そりゃそうだろと当然のように言う。うっそだろ、と千冬は思わず言葉を落とす。もしかなくても場地もそう思っているだろうと考えに至る。

「良いだろ、伸びしろがあるってことで」
「物は言いようってやつっすね……あっ! そうだ、一虎クン、オレと契約しないですか?」

 突拍子のない言葉に一虎は目をぱちくりとさせ、口を半ば開いている。千冬は慌てて手を意味もなくばたばたとさせた。緊張と拒絶されたら、と怖気づきそうな自身を蹴飛ばし、どうにか説明をしようとする。

「オレ、将来本当にエクソシストになれるかどうか解んないっすけど、大人になっても場地さんとこれからを一緒に進みたいんすよ。そんときに、一虎クンも一緒だったら……オレはもっと楽しいと思う」

 一虎は考えを整理しているのか、ゆっくりと瞬きをするだけだ。千冬はええと、と意味のない言葉を口にした。

「それまでの予約みたいな感じで……あと、一虎クンは放置してたらその辺の人殴り倒しそうだし」
「……しねぇわ」

 不愉快そうに眉をきゅっと顰められる。拗ねた子供のように唇尖らせていた。それに、と千冬は言葉を続ける。これは思い込みなんすけど、と前置きを置く。

「場地さんは契約して一虎クンとはしないって何か……イヤじゃないっすか? なんか、オレが二人引き離してるみたいで……」
「はぁー? オマエごときが場地とオレを引き離せると思ってんのかよ」

 せせら笑う一虎に、千冬は場地さんの右腕になるんで、と言葉を添える。エクソシストが悪魔に使役されてどうすんだよと一虎は声を上げて笑った。反論することも出来ずに千冬は口を閉ざす。気恥しいが場地の右腕になることは諦めていない。一頻り笑い終えた一虎が長い溜息を吐いた。顔を上げて、しょーがねぇなあと言い放つ。ほんの少しだけ楽しそうに見えた。

「契約内容は場地と同じで良いか? あんなバカな契約、絶対しない方がマシだけど」

 場地と契約した後にも言われたような言葉だ。マジひでぇ言いようっすねと千冬は苦笑交じりに話す。一虎が、千冬が場地とした契約内容を言葉にする。それで良いか、と言われて千冬は頷いた。少しだけ、ちょっと良いことが起こるまじないが重複された場合はどうなるんだろうと思ったが、深く考えずに流しておく。

「あ、今更なんですけど、一虎クンはサインとかって……」
「バーカ、いちいちやれるか。場地は人間にかなり友好的だから、わざわざチュートリアルみてぇなことするけど、契約ってのは握手とか『結構です』って言わせるとか……上手いやつだと人間が返事してなくても成立させるんだよ」

 一虎の言葉を聞きながら、悪徳商法ってまさか悪魔が最初にしたんじゃとどうでも良い考えを過らせる。ああでも人型の悪魔に出会ったら話をせずにその場を立ち去るように最初に言われたっけと殆ど忘れかけていたことを思い出した。
 ん、と一虎が右手を差し出す。千冬は思わず手をまじまじと見た。ん、ともう一度差し出される。千冬は顔を上げる。一虎はしっかりと千冬を見ていた。千冬は笑い返し、手を伸ばす。

「これからもよろしく、一虎クン」
「あーあ、オレはよろしくしたくなかったけどなあ」

 二人で握手を交わす。憎まれ口を叩きながらも一虎は千冬の手をしっかりと握った。鈴の涼しい音が響く。触れた所から黒い靄のようなものが発生し、それは一虎の右首辺りに集まる。次第にそれはデザインされた虎の顔となった。場地が言っていたのはその事なのだろう。刺青みたいっすね、と言えばカッケーだろと言う。

「ん、契約成立だ。……よろしくなっ」

 一虎が首を傾け、歯を見せて笑う。一虎のピアスがりん、と涼しい音を立てて笑った。
 千冬が一虎と共に帰宅すると、人型の場地が出迎えてくれた。お陰様で大分よくなったと快活そうに笑った。ほら、と服の裾を捲り上げ、切り傷の残る肌を見せた。背中にもあるんだぜと場地が見せてきたが一虎と千冬は渋い顔をして裾を下ろさせる。あまり見たくないものだ。暫く残るだろうな場地がなんてことのないように話している。

「具合はもう大丈夫なんですか?」
「おう! もう大丈夫だ!」

 ありがとな、と千冬の頭をわしわしと撫でる。千冬はつい頬が緩まるのを感じた。頭をぐいと手に押し付けると髪をぐちゃぐちゃになるほど掻き回される。場地が千冬から手を離し、一虎の頭を同じようにわしわしと撫でている。やめろよ、とも言わずに一虎もされるがままだ。

「てかオマエら契約したんだな」
「千冬レベルだと場地もやったバカの契約しかなくてさ。もう後悔してる」
「ちょっと一虎クン、聞こえてますよ」

 そんなことを話しながら近況のことも交えつつ笑い合う。眠気はいつの間にか吹き飛んでいる。壁にかけられている短針が少し傾いた頃に、千冬は寝た方が良いんじゃねぇのと場地が提案する。眠くないんでと言う前に二人がかりで布団に放り込まれた。場地が消すぞ、と宣言した後部屋の電気が落とされる。場地を真ん中に三人川の字になって寝転がる。早く寝ろよと場地が千冬の背中をとんとんと一定の調子で叩いている。脳味噌は活動的でも身体はくたくただったようで、じわじわとした温かさが睡魔となり千冬の足先を軽く食む。風呂は明日だとゆるゆると考える。
 そういや、オレが寝てるときに誰か来たっぽい、あー、オレらがいるから来やすいのかな、なんて二人がそんなことを話している。何の話なんだろうと千冬睡魔に半分ほど食われている。髪を梳く感覚がする。温かいし疲れているし一定の調子で叩かれているせいで千冬は思っていたよりもかなり早くうとうととし始める。まだ起きていたいと抗うも、うたた寝の心地良さには逆らえない。

「千冬、助けてくれて、それから一虎と契約してくれてありがとな」

 場地の静かな声が確かに聞こえた。多分返事は求めていなかったのだろう。きっと本人が言いたくて言ったのだろう。千冬は起きようとしたが身体が言うことを聞かない。懸命に、一虎クンには言ったんすけど、と夢心地になりながらも帰り道に一虎にした話を千冬は場地にした。場地が盛大に吹き出す。もしかしたら変な事を言ってたかもしれないと思いながらも千冬はうにゃうにゃと意味のない言葉を言っていたが、やがて意識を手放した。

「一虎、折角千冬と契約したんだから、エクソシストにとって大事な祝詞とか教えてやれば?」
「アイツ覚えられんのかな……じゃあオマエは千冬と手合わせすんのかよ。千冬、弱いから死なねぇ? いけるか?」

 千冬が寝たので二人はひそひそと言葉を交わす。
 場地も一虎も千冬がエクソシストになろうがならまいがどっちでも良いと考えている。だが、エクソシストでもないのに悪魔と契約しているとゆくゆくは悪魔崇拝者として教団に追われるようになるだろう。それは千冬にとって酷く生きづらいことになるので、二人は望んでいないことだ。そうすると千冬をなるべく早くエクソシストに仕上げなければならない。飛び級制度は確かに存在するが、千冬は一般家庭出身なので、悪魔に関する知識は無いに等しくほぼほぼ無理だろう。
 んん、と唸り出した場地に一虎は溜息を吐く。考えたってしょうがねぇだろと言えば、場地はそうだなと明るく笑う。寝るか、と場地は布団を被り直した。明日起きて、千冬の様子を見ながら手合わせくらいなら出来るだろうと算段を立てる。

「……場地が生きてて良かった」

 ぽつりと呟いた言葉は空気を震わせ、緩やかに消える。場地は一虎を見た。一虎は唇をきゅっと引き結び、場地を見ている。

「一虎置いて消える訳ないだろ?」

 場地が笑う。色々ありがとな、と場地は手を伸ばし、一虎の頭を優しく撫でる。一虎は撫でられる感覚を得ながら、ゆっくりと瞼を下ろした。

2023/10/08

about

 非公式二次創作サイト。公式及び関係者様とは一切関係ありません。様々な友情、恋愛の形が許せる方推奨です。
 R-15ですので中学生を含む十五歳以下の方は閲覧をお控えください。前触れも無く悲恋、暴力的表現、流血、性描写、倫理的問題言動、捏造、オリジナル設定、キャラ崩壊等を含みます。コミカライズ等前にプロットを切ったものがあります。ネタバレに関してはほぼ配慮してません。
 当サイトのコンテンツの無断転載、二次配布、オンラインブックマークなどはお控えください。

masterやちよ ,,,
成人済みの基本的に箱推しの文字書き。好きなものを好きなように好きなだけ。chromeとandroidで確認。
何かありましたら気軽にcontactから。お急ぎの場合はSNSからリプでお願いします。

siteサイト名:告別/farewell(お好きなように!)
URL:https://ticktack.moo.jp/

二次創作サイトに限りリンクはご自由に。報告は必須ではありませんがして頂くと喜んで遊びに行きます。

bkmてがWA! / COMPASS LINK / Lony