想いという裂傷

 端的に言うと寂しさが入り込んでいた。
 兄はベテランのエクソシストとして仕事で数日家を空けるのは常で、姉は新米エクソシストとしてあちこち走り回っている。今日は帰れないかもしれないと言って朝早くに出かけて行った。八戒自身はエクソシスト養成学校に通う見習いだ。
 遠くで働く父も、亡くなった母も、二つ年上の兄も、一つ年上の姉もエクソシストだ。多分、一族がそうだったのだろう。八戒はエクソシストになりたいとは思わない。勉強はつまらないし、何でこんなものを学習しているのか意味も解らない。国が秘匿としているせいで一般人に至っては悪魔の存在すら知らない。政府が国の指針として、悪魔との棲み分けを銘打っていた。だが、その方法はクマとほとんど同じだ。人間に危害を加えれば祓う。人間界に来ない、あるいは人間を食わないなら何もしない。それなら別のことを仕事としても良いんじゃないのと思っている。
 なりたくないのに、八戒は書庫にいた。書庫には沢山の本棚に古い書物がこれでもかと詰め込まれている。悪魔について、守護霊について、エクソシストについて……。国が定めている図書館よりもずっと貴重な本が揃っている。学校から出された召喚術に関するレポート課題をいい加減処理しなければ兄が学校に来てしまう。それだけは避けたいの一心で興味の無い本を探している。
 これかな、と目星をつけて数冊取り出す。その場でぱらりと捲ってみるが頭の中に入って来ない。ラテン語と英語で書かれた言葉が羅列している。八戒は見たくなさから本を閉じる。これだけ貴重な本があるけれども、八戒にとって何もかもが重荷でしかない。息苦しくて、抜け出したい。貴重な本も貴重な剣も貴重な術式も、全てがすべて、八戒を非難している。八戒は息を吸って、吐いた。吐き出された息が緩やかに、年月の止まっていた空気と混ざり合う。
 ばさり、と何かが落ちる音がした。書庫には自分しかいない筈だ。恐る恐る音が聞こえて来た場所に行けばかなり古い本が落ちている。八戒は本を拾い上げた。革で出来た表紙には恐らくラテン語が書かれている。錆塗れのチェーンがぶらんと垂れ下がっている。恐らく切れたのだろう。八戒は顔を上げた。本棚たちは他人の顔をしている。何処から落ちたのか解らない。これにも召喚術について何か書いていたりして、と八戒はページをめくる。古い紙のにおいが鼻先にまで漂う。古い書物だが、状態はかなり良好だ。何を書いているかさっぱり解らないが、兄なら理解できるのだろうと溜息を吐く。

「いっ、」

 親指の腹を見れば、ぱくりと傷口が出来ていた。古い紙で切ったせいか、ずきずきと痛む。そこからじわりと赤い血が滲み、ぽた、と紙に落ちた。その瞬間、僅かに文字の部分が輝いた、ように見えた。見間違いかと思い、八戒は再度本に視線を落とす。
 先程まで知らん顔をしていた文字たちが、八戒に語りかけている。先程まで全く分からなかった文字たちが、まるで母国語のように淀みなく読める。

「……雷を持つ珠、サンザシの実、」

 人差し指で、文字をなぞりながらぽつり、ぽつりとと八戒は読み上げていく。内容はさっぱりわからないが、まずいと理性が警鐘を鳴らす。今すぐにでも口を閉じるべきなのに音を紡ぐことを辞められない。今すぐにでも本を放り投げるべきなのに手放すことが出来ない。

「我と、契約を結ばん……!」

 本から暴風が吹き出し、眩い光が走る。眩しくて咄嗟に八戒は目を庇った。厚い布で出来たカーテンがばたばたとはためいている。机の上に置いていた紙が風に吹かれ、床にばらまかれる。ばちん、と電気がショートした音を立てて、本が手から弾かれるようにして離れた。八戒はその衝撃で後ろに倒れ込んだ。
 風が止み、本は何事もなかったような顔をしている。八戒は呆然としていた。はた、と気が付き、本を拾う。どこも折れたり破れたりしていなさそうだ。血の付着したページを捲ると、文章の下に濁った色で線が引かれている。怒られるかなぁ、もう誰も読まないよなぁと思いながらぱらぱらと捲っていく。他のページは読めないのにその呪文だけは相変わらず読める。八戒はがっくりと項垂れて溜息を吐く。ふと向こう側につやつやとした靴先が見えた。顔を上げると、執事の格好をした、銀髪の男と目が合う。藤色の目が八戒を見ている。

「初めまして――願いを聞こうか?」

 悪魔だ、と瞬時に理解した。悪魔がいたらオマエはすぐに逃げろと兄が耳にタコが出来るほど言っていたのに、八戒の頭からその考えは消え去っていた。言わなければと妙な使命感に駆られる。窮屈な世界から、ただ楽になりたかった。昔のように兄と姉と過ごしたかった。

「自由に、なりたい……!」

 その願いが、家族を巻き込んでしまうことも少しも知らずに。

2023/09/19

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