想いという裂傷02

――八戒が悪魔と契約していた。ワタシじゃ歯が立たなかった。稀咲に報告して今はワタシだけ教会にいる。ごめん、八戒を守れなかった。
 養成学校の敷地内にある本部から受け取った、妹が送った電報を大寿はぐしゃりと握りつぶした。その知らせが来たのは恐らく数週間程前だ。仕事を終えた直後に確認したメールには、住んでいる筈の家に近寄れず調査が出来ないこと、死人や怪我人は勿論大きな影響はないこと、それから上層部には報告しておらず、実質稀咲しか把握していないから早急に解決しろという命令と、柚葉は教会で匿っていることが記載されていた。
 大寿は舌打ちを鋭く打つ。普通悪魔と契約したものの情報は入手でき次第全て上層部に報告しなければならない。特にエクソシストではない、見習いや一般人で悪魔と契約した者は、今後も悪魔崇拝者としてマークされ続ける。頼んでもいないのに、稀咲に借りを作らされたのだ。
 大寿は頭の中で悪魔を始末する算段を立てていく。それなりの件数をそれなりの年数で熟し、下級や中級は勿論、上級のものだって全て始末して来た。これも偏に愛する家族が平穏に過ごせるためにしてきた。そうであるのに、なぜと八戒の行動に疑問を抱く。
 窓の外でスズメが飛び立った。その音に驚いたらしい、生徒の悲鳴が聞こえる。八戒はいつもと同じように学校に通っていると聞いている。教壇に立つ、前線を退いたエクソシストすら悪魔と契約したことに気付いていないようなので、余程力のある悪魔だと理解してしまう。

「で? 暫くその案件につきっきりになるんだろ?」

 眼鏡の位置を調整しながら稀咲が言う。稀咲は成績が優秀のあまり養成学校の生徒から飛び級に飛び級を重ね、管理職として働いている。管理職と言えば聞こえはかなり良いが、所謂中間管理職だ。現場と上層部と板挟みになることもあるだろう。稀咲は大寿とは正反対で現場よりも管理する側で力を発揮する男だ。大寿よりも二つ年下ではあるが立場は上だ。
 大寿はぎろりと自身よりも体躯の劣る男を睨みつけるが、稀咲は怯むことはしない。別にアンタが抜けても問題はないときっぱりと告げる。書類を整理し、ファイリングをしている。
 少し離れた本棚の所にいる、背の高い男は立っているだけだ。手に『罪』と『罰』と刺青が入っている。大寿は何となく、その男が人間でないことは察知していた。具体的にどういった種族かは解らない。契約していなくても上級の悪魔であれば養成学校程度であれば問題なく出入り出来てしまうが、使役している使い魔と言う訳でもなさそうだ。

「柴君が片手間で熟していた任務は元々後輩育成のためだ。漸く後輩育成に力を注げる」
「運試ししてるんじゃねぇんだぞ。とっとと仕留めた方が良いだろが」
「はは、だからエクソシスト見習いが悪魔と契約なんかするんだろうな」

 棘を隠さない言葉に大寿の肩眉が吊り上がる。八戒のことを上層部に隠されていなければ、十中八九大寿は他人の家庭に口を出すなと稀咲を殴っていただろう。稀咲もそのことを熟知している。

「それより、早く現場に行って対応した方が良いんじゃないか」

 時間の無駄は嫌いなんだ、と冷たく言い放つ。大寿は舌打ちをして、先程までしていた任務の報告書を稀咲が座っている机に叩きつける。ずい、と大寿は顔を稀咲に近寄らせた。

「八戒の所には誰も行かなかったのか」
「メールを見なかったのか? 行かなかったんじゃない、家に近寄れなかった。姉である柴柚葉だけが家に到達し、柴八戒及びその悪魔との接触は出来ている。だが、新米の彼女では悪魔を祓うことは到底無理だった。ああ、新米の彼女は無傷だったし特に精神も汚染されていなかった。だから、オレはその報告を聞いて直ぐに柴柚葉をアンタが入り浸っている教会に避難させ、オレはアンタに直ぐに連絡をした」

 稀咲の言う通り、そのことはメールにも書いていた。メールを読んだ直後に柚葉に使い魔を一人付けさせたので、何かあれば直ぐにわかる。八戒がしたことだからオマエに責任はないと伝えてくれと使い魔に言伝を頼んだが、責任感の強い彼女がどう感じているかは大寿は想像しか出来ない。
 稀咲が席を立ち、窓の外を眺める。いい天気だな、と独り言のように呟いた。

「上層部に報告するのは義務だろ? なぜ黙っている」

 大寿の問いに稀咲は振り返る。冷ややかな目はまだここにいる大寿を軽蔑している。

「オレはオマエらがどうなろうが興味はない。だが柴八戒はオレのダチのダチだ。ダチが心を砕くのは見たくない。それからオレもオマエと同様上層部が気に食わねぇ。だから、ある程度好きにさせて貰う権利くらいあるというわけだ」

 つまり、弟が稀咲の友人の友人でなければ報告をしていた可能性が高い。気に食わねぇ、と大寿は吐き捨てる。稀咲はにこりと笑みを浮かべさせた。

「それに、表沙汰になる前に、アンタが解決すれば良い。そうだろ?」

 あの後大寿は帰路に就くことにした。外観から見る家は大きな変化はない。玄関を開けようとすると鍵はかかっておらず、すんなりと開く。問題なく、入ることが出来た。ずん、と空気が重くなったように感じる。それは過去に何度かあった、上級の悪魔の住処に入り込んだときと同じ感覚だ。恐らくここにいる悪魔も大寿が足を踏み入れたことを察知しているのだろう。自身と契約している使い魔たちとの繋がりは問題なく感じられる。靴についている泥を落とし、靴を脱がずに、廊下を歩いて行く。悪魔についての情報が全く無いために、弟を連れて教会に逃げることを目標とする。悪魔がわざわざいるということは、今の所悪魔が解釈する八戒の願いは叶えられていない。
 扉を開くと、テーブルに座った八戒がこちらを向いた。

「あっ兄貴! おかえり!」

 無邪気そうに話す弟は一見すると普段と変わりない。夕食の準備をしている。家政婦が作った作り置きの料理とは異なる、出来立ての料理のにおいがする。味噌汁と肉じゃが、ほうれん草のお浸し、それからつやつやとした白米が見えた。

「おかえり、お腹空いてるか?」

 台所からひょっこりと顔をのぞかせた男に見覚えはない。直ぐに柚葉が言っていた悪魔だと理解する。

「あ! あの人はね、タカちゃんって、」

 がしゃんとガラスが割れた音に八戒は言葉を失う。タカちゃんと呼ばれた男はびっしょりと濡れている。コートの内側から聖水の入った小瓶を取り出し、大寿は男に投げつけたのだ。あー、と男が音を出す。服の袖で水を拭っている。男が指をぱちんと弾いた。ガラスの破片がきらきらと光を反射させながら、一か所に集まる。どうせ上級の悪魔に聖水が効くとは想わなかったが、腹立たしい程に戸惑う様子も見られないい。

「ちょ、ちょっと兄貴! 何してんの!」
「うるせぇ! テメェは椅子の下にでも潜ってろ!」

 アミュレットを八戒に投げつけ、祝詞を呟く。瞬間に淡く輝くガラス状の壁が八戒を取り囲む。使い魔である九井を顕現させ、八戒の側で待機させた。大寿は地面を蹴った。右の拳を握り、振りかぶる。確かにあの悪魔は人好きのする顔で笑った。大寿は迷うことなく悪魔の側頭部を撃ち抜く。悪魔は左腕で止めていた。

「テメェ、よくもウチの弟誑かしてくれたな」
「随分な言い方だな」

 悪魔が後方へ飛びのくのと同時に大寿も同じ方向へ飛んだ。悪魔は大寿を攻撃することはしない。大寿の攻撃を受ける一方だ。大寿は素早くしゃがみながら足元を払った。猫のように飛びあがり、バランスを崩した悪魔の肩を掴み、そのまま床に押し倒す。悪魔の後頭部が強かに床に打ち付けた音が響く。大寿は素早く馬乗りになり、悪魔の首元を左腕で押さえた。うぐ、と呻くような声が聞こえたが無視する。どうせそんなことくらいで死なないことを経験上よく知っている。腰に巻いていたホルスターから銀の弾丸を込めた拳銃を取り出し、安全装置を外したその銃口を悪魔の額に押し付けた。

「悪魔め……弟とした契約内容を洗い浚い吐け」
「ホントつれないなぁ、前みたいに三ツ谷って呼んでよ」

 大寿は躊躇うことなく銃口を少しだけずらして発砲した。低く思い破裂音のあとに焦げたような花火のような匂いが鼻先に漂う。当然会った記憶はない。悪魔の戯言だ。僅かに赤みがかった淡い藤色の瞳孔が開ききり、大寿を見る。品定めをされているような不愉快さから大寿は銃口をさらに押し付けさせた。

「でも大寿くん、駄目だよ。オレを撃てないのは知っているだろ」

 物騒なのをしまってよ、ちゃんと答えるからさぁと悪魔の手が銃を追い遣ろうとする。それでも大寿は銃をしまうことはなかった。
 三ツ谷と名乗る悪魔の言う通り、大寿は悪魔を撃つことは出来ない。撃ったとしても消えるとは限らない。契約内容によっては、悪魔が消滅しても継続することもあるし、悪魔と契約者が一心同体となっていることもある。迂闊に大寿はこの悪魔を始末することはできない。それは悪魔の方が良く知っているようだった。
 大寿の最終的な目的は、八戒と悪魔の間で結ばれた契約の穴を見付けて無効にすることだ。そうすれば八戒の願いは叶わないが代償を支払う必要もなくなる。そのためには、まず契約内容を
把握しなければならない。人間に聞いても悪魔が残したものと異なることは頻繫にある。

「八戒は『自由が欲しい』とオレに願った。エクソシストになりたくないんだってな?」

 大寿は八戒に視線をやる。九井の側にいる八戒は気まずそうにしながらも、こくりと頷いた。

「だから、オレは今日から丁度三週間後に大寿くんの魂をもらうことにした」

 オレの、と大寿は言葉を落とす。悪魔はにこりと笑った。腹が立つほど懐っこい笑みだ。大寿くんがいなくなったら、八戒はエクソシストの勉強をしなくて済むだろ、となんてことの無いように話す。
 大寿はすぐに悪魔の目的が理解できた。八戒がエクソシストにならない為には、エクソシストである大寿の存在が問題だと悪魔は判断した。つまり、大寿がいなくなれば、八戒はエクソシストにならないと結論になったのだろう。また、自由になりたいという、抽象的な考え方は悪魔にとってどうにでも解釈ができるので好都合だ。八戒の魂を輪廻から自由にさせる、すなわち八戒が自身の魂を悪魔に渡すことと解釈が出来る。悪魔に報酬のことは尋ねなかったが、嫌でも理解できる。以前消した悪魔は、エクソシストの魂は高潔なものが多く、美味であると下卑た笑みを浮かべて高らかに話していた。報酬は、妹の柚葉の魂だ。つまりこの悪魔は、契約を履行することで三人分のエクソシストの魂を得ることが出来る。三週間後という期限は、願いに対する報酬を等しいものにする為の時間なのだろう。
 大寿は銃を持ったまま悪魔の頬を思い切り殴りつけた。悪魔の口の端が切れたのか、僅かに血のようなものが滲んでいる。それでも悪魔は笑みを消すことはしない。何処か恍惚ささえ含まれている。

「この、下衆野郎……!」
「ど、どういうこと?」
「このクソ野郎は、オマエの願いを叶えるという名分で、オレたち三人の魂を奪うつもりだ」

 正解、と悪魔が嬉しそうな声で言う。大寿はもう一発拳を下ろした。悪魔は笑いながらも痛いなぁと不平を言う。

「待って、タカちゃん! どうして!?」

 八戒が九井に抑えられながら叫ぶ。悪魔は八戒を見た。相変わらず人の好い笑顔を浮かべている。

「ずーっと欲しかったんだ。これを逃したらまた息が詰まる程退屈な日になる――八戒は、そういう気持ち理解できるだろ?」

 八戒は首を横に振った。唇がぶるぶると震えている。今にも泣き出してしまいそうな子供の顔だ。

「でも、兄貴は関係ねぇよ! 柚葉も関係ない!」
「あはっ、もう遅いよ。だって、オレを喚び出したのは八戒だろ?」

 大寿はもう一発悪魔に拳を叩きこんだ。確かな手応えはあるが、決定的に消滅に繋がる引き金とならないからか、悪魔は甘んじて拳を受けている。おぞましさに、大寿は舌打ちを打つ。大寿くん、と親しい友人に話しかけるような声で、悪魔が名前を呼ぶ。

「アンタをオレだけにくれるってなら無効にしてあげても良いよ?」

 大寿は三ツ谷を殴っていた。強すぎる怒りで目の前が真っ赤になる。自分の魂を手中に収めるためだけに、まさか弟をはめ、妹を巻き込んだのかと思うと吐き気と強い殺意さえ覚える。悪魔は嬉しそうな顔をしている。人間であれば躊躇うことなく顔の骨を変形するほど殴っていただろう。

「それじゃあ、また大寿くんを迎えに行くよ。三週間後に、今柚葉が匿われている教会でね」

 悪魔が小さく手を振った。悪魔の輪郭がぼろぼろと崩れ、空気に融け込み消える。大寿は苛立ちから床を叩いた。床は大寿が与えた力と同じ分の力を大寿に返す。殴りつけていた箇所が酷く熱かった。

2023/09/22

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