想いという裂傷03

 悪魔が普段存在している、人間で言う魔界に三ツ谷は一度戻った。三週間までの間に大寿がどういった策を講じて来るのか楽しみで仕方ない。大寿の持つ眩い程の清廉な魂。それは数百年前にもそれよりずっと前にも何度か取り逃し続けていたものだ。いつからだったか、大寿が使い魔として契約している悪魔たちに邪魔をされるようになった。三ツ谷が大寿と契約したいと思っても、もう既に二人が側にいるせいで契約に持ち込めない。探そうとしても何者か――三ツ谷はその悪魔たちの仕業だと考えている――のせいで見付けることが出来ないでいた。せっかく一虎が名前と顔が判る物を持って来たにも関わらずだ。今回は、近い魂に呼ばれている悪魔がいたから、そいつを殴って代わりに出れば弟だった。運が良い、と鼻歌を歌ってしまうほどに機嫌が良い。
 大寿の家で作っていた夕食は恐らくもう誰も手に付けないだろう。それならば友人たちに処理してもらった方が良い。タッパに入れれば良かったかなと思ったが、別に鍋の儘でもあっという間に平らげてしまうだろうと考え直した。

「あれ、三ツ谷おかえり」

 一虎が少しだけ不思議そうな顔で言う。オマエ人間界に来てなかったっけ、と一足早く人間界に降りて人間と契約していた場地が不思議そうに尋ねる。三ツ谷は場地も一虎もおかえり、と挨拶をする。場地が三ツ谷の持っている鍋を指さし、何ソレ、と興味深そうに尋ねる。

「夕飯だった肉じゃが。大寿くん、食べてくれなかったから」
「大寿くんってオマエが探してた人間だっけ? 食っていいの?」
「いいよ。一虎も食べてよ」

 やったぁと二人分の声が響く。各々皿やら箸やらを出して食べたい分だけ取り分けている。うめぇーと嬉しそうにする二人を、三ツ谷は微笑ましそうに眺める。そうこうしていると良くつるんでいる悪魔たちが集まって来る。先程場地たちとしていたように、挨拶を交わす。人間界に降りている者もいれば、契約せずに漂う者、魔界にずっといる者とまちまちだ。各々が鍋から取っていくので、あっという間に鍋は空っぽになる。三ツ谷はそれを綺麗にして元の場所に戻した。

「で、その大寿くんと契約してきたん?」

 肉じゃがを頬張りながら前髪を上げたピンクゴールドの髪色の男が尋ねる。マイキー、ついてんぞ、と辮髪の男が口許をティッシュで拭う。マイキーと呼ばれた男はされるがままだ。

「いや。契約者は別。でも契約者の願いを叶えたら、契約者の魂ももらえるし、|メイン《大寿くん》喰ったらデザートまでついてくる」

 いえーいと三ツ谷はピースサインを作る。すげぇーとマイキーが無邪気に言う。

「うわ、ちゃっかりしてんな……三ツ谷、オマエ喚ばれてないのに行ったんだろ?」

 辮髪の男の言葉に三ツ谷の指先がピクリと跳ねる。知ってたんだ、と言えばたまたま見てただけだと肩をすくませる。元々喚び出される予定の悪魔が何度か人間界に降りては返り討ちにあって帰って来ているのも見たらしい。そうそう、その辺突っ込まれねぇようにしろよ? ともぐもぐと咀嚼しながらマイキーは忠告をする。

「そこ突っ込まれたらケイヤクフリコーになるんだろ?」

 恰幅の良い、ふくよかな男が尋ねる。パーちんも解ってんじゃんと場地がからからと声を上げて笑う。褒めるなよとパーちんと呼ばれた男は豪快に笑う。でもさぁ、と場地が最後の一口を呑み込んで続ける。にんまりと赤い目が三日月を描かせる。

「ウマソーなら仕方なくね?」
「ははっ、仕方ねぇよなぁ」

 場地の言葉に一虎は賛同した。りん、と鈴の音が聞こえる。ごちそーさん、と場地と一虎は食べ終え、皿を何処かへとやった。

「まあそこ突っ込まれても、大寿くんだしなっていう感じはするよ」
「何、その大寿くんって強ェの?」
「人間にしては強ェよ、すっごく」

 へぇ、と一虎が楽しそうに目を細めさせる。二人はそのまま人間界へと戻っていった。

「で、三ツ谷はどうすんの? このままここにいて大寿くんってやつを見とくの?」
「ううん。オレはこのまま時が来るまで楽しみにしながら待っとく」

 そ、とマイキーはそれだけを言ってどこかへと去った。一人になった三ツ谷は眼を閉じる。瞼の裏で、大寿の姿を描いた。
 一方、人間界。大寿は八戒たちを連れて柚葉のいる教会へと向かった。教会の敷地に入る前に八戒に聖水を浴びさせる。うわっと言われたがそんなもの気にしている場合ではない。門扉をくぐるとひやりとした空気が肌を舐める。誰かが世話をしているローズマリーやらハーブが植えられたプランターは青々としている。大寿はそのままずんずんと進んでいく。八戒は大寿の背を追いかけた。礼拝堂の扉を開く。この時間には殆ど人はいない。透明と青のステンドグラスが埋められた室内は青や水色に染められ、海の中にいるようだ。

「八戒!」

 ベンチに座ってお祈りをしていた柚葉が立ち上がり、八戒に駆け寄る。八戒は泣きそうな顔をして、柚葉の名を叫んだ。ぎゅ、と二人は熱い抱擁を交わす。取り敢えずここにいても話はやりにくいので、教会の近くにある大寿がよく寝泊まりしている部屋へ行くことにした。
 殆ど寝るだけの部屋は生活感があまりない。九井がテーブルと椅子を準備し、コーヒーを淹れる。悪魔ってすごいねとエクソシストらしからぬ言葉を八戒が吐いた。大寿は聞こえなかった振りをする。コーヒーを飲みながら近況を話し、先程あったことを柚葉と共有する。

「……三週間後にオレは八戒とあの悪魔の契約を解除させねばならない」

 大寿が本題を切り出すと二人は口を閉ざした。これからの予定を簡単に話す。八戒とあの悪魔との間に穴が無いか調べることや話し合いで譲歩してもらうこと。もっともあの悪魔は大寿自身の魂に執着をしているようなので、悪魔の言っていたように妹と弟の魂と引き換えに……と大寿は思いかけたが辞めた。契約している二人に気取られたくなかったし絶対に選びたくない上に悪魔の言うことなど二転三転して当たり前だからだ。
 タカちゃんとの契約の穴ねぇ、と八戒は上方に視線をやって考えているようだ。そもそもあのレベルの悪魔を呼び出すには、八戒の力では足りない筈だ。何かあると大寿はずっと考えている。

「考えたくないけど、もし、間に合わなかったら? 大寿はどうなるの?」

 柚葉の言葉に大寿は口をへの字にさせた。柚葉はあの悪魔を一目見て、どうにかしようとしたが出来なかったのだ。力量の差をありありと見たのだろう。先程の話で悪魔が大寿に執着していることを悟った柚葉は大寿の身を案じているのだろう。大寿はコーヒーを飲み干した。苦みが口の中に広がる。

「三週間後、オレがアイツと話している間、二人は何処か懺悔室にでも潜んでろ。手出しはさせない」
「待って、アタシだってエクソシストなんだよ!?」
「新米と見習いに何が出来る? いる方が邪魔だ」

 大寿は立ち上がり、八戒に付いて来いと言って部屋を出る。八戒は柚葉の方を見たが、何も声を掛けられない。扉の外から八戒、と名前を強い声で呼ばれ、八戒は大寿の方へと駆けて行った。部屋に残されたのは大寿の使い魔たちと柚葉だ。柚葉は悔しさから自分の手をぎゅっと強く握りしめる。九井はその様子に気付き、溜息を小さく吐く。

「もう少し優しい言葉にできないもんかねぇ……イヌピー、オレは大寿んちの様子を見て来る」
「解った。オレはここにいる」

 九井が悪魔の言葉で何かを呟くと足元に魔法陣が現れ、ふっと消えた。乾は大寿から指示を出されている訳では無いので、じっとしている。ここに悪魔が現れるとは思いたくはないが、柚葉と八戒をそれぞれ一人にするなときつく言われているので、それを守ることにする。片付けくらいなら出来るなと大寿と八戒のカップを片付ける。

「いつもそう。ママが死んでから大寿は独りで何でも抱えてた」

 ぽつり、ぽつりと零すように柚葉が呟く。ぐず、と鼻を啜る音が聞こえ、乾は驚いた。自分が遠い昔にされてきた記憶をなぞり、ティッシュを差し出す。柚葉がちらりと乾を見上げ、ありがと、と小さく呟いてティッシュを受け取った。柚葉はぽつぽつと言葉を零す。子供のときは三人で過ごしていたこと、幼い大寿が暴力で柚葉たちをコントロールしていたこと、それを八戒の友達に指摘されて、一人じゃないことを教えられたこと、その後は大寿から暴力は目に見えて少なくなり、終いには無くなって比較的母親がいたときのように穏やかだったこと。その辺りは乾も九井も知っていることだ。その後大寿はエクソシストとして養成学校に入り、自分たちと契約して今に至ることも。

「でも、一人じゃないって思ってたのはアタシたちだけだった」

 アイツはいつでも一人だったんだと柚葉は吐き捨てた。感情が急激に昂ったせいでぼろぼろと大粒の涙が零れる。うう、と呻くような声を出して、ティッシュを握ったまま俯く。乾はどうすれば良いのか解らなかった。契約していない人間の気持ちは解らない。ちらと扉の方を見たが大寿たちが戻って来る気配はない。九井だってすぐには戻らないだろう。遠い記憶をなぞって、丸められた背中を擦るしか出来ない。

「ワタシ、エクソシストになったのに何も出来ないのがすごく悔しいし寂しい……」

 しゃくり上げる声が聞こえる。乾は柚葉の気持ちが解らなくもない。しかし大寿自身の、妹と弟には危険な道を歩んでほしくないという気持ちもずっと理解できる。ただ本人がしっかりと言葉にしないからこうなってしまっているのだと理解した。

「大寿は二人が心配だから、本当はエクソシストにだってならなくて良いと思ってる」

 柚葉がゆっくりと顔を上げた。きょとんとした顔が、今回の大寿と初めて会った時の顔によく似ていて笑みが思わず零れる。

「|悪魔《オレら》の言うことを信じられないかもしれない。けど大寿は二人の幸せを一番に願ってる。……関わって欲しくないんだ。悪魔に隙を少しでも見せたら、最悪な道しか進めなくなるから」

 大寿はいつだって二人を心配してるよと付け加えた。そうだと良いけど、と柚葉が呟く。少しして、ティッシュで洟をかんで顔を上げた。顔を洗って来ると言ったその顔は先程と違って明るく見える。

「アタシらで何か出来ないか考えてみる」
「うん、前向きでいれるならそっちの方が良い……ってココも言ってた」

 そうなんだ、と柚葉が相打ちを打つ。何もしないのが一番大寿にとって良いんだろうと思ったけれども、それを言葉にするのはやめた。

2023/09/30

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