想いという裂傷04

 礼拝堂に連れて行かれた八戒はベンチの上で小さくなっていた。その隣で兄が何かをお祈りしている。大寿は敬虔なクリスチャンではあるが八戒自身は然程熱心なクリスチャンではない。だからこそエクソシストとしても強いのだろうと思う。多少行き過ぎているなと思うことはあるけれども。

「吐け。どうやって喚び出した」

 祈りを終えた大寿が八戒の方を見て尋ねた。八戒は昔からこのいかにも怒られますという雰囲気が好きではない。しかしながら今回のことは自分の行いが悪いとよく理解しているのもあって、申し訳なさが勝る。もうすでに泣きそうな顔の八戒に、大寿はハンカチを渡す。八戒はそのハンカチを両手でぎゅっと握りしめている。

「わ、わかんない……書庫で本探してて、指切って、血が本に落ちちゃったら読めるようになって」

 大寿は八戒の言葉に絶句した。確かに家には様々な本がある。近年書かれた論文は勿論、遠い昔に書かれた悪魔と人間が織りなす物語、それから特定のものを召喚する術や魔界から人間界への道筋を作る方法等をまとめたものだってある。血を使って、呪文を詠んで、となると例え力のない者でもそれなりに強力なものを喚び出すことが出来る。勿論その代償は魂かそれに準ずるものが殆どだ。

「詠めるからって声に出して詠むな!」
「うう……!」

 ガツンと言われて八戒は目をぎゅっときつく瞑った。八戒の目からじわりと涙が出る。瞬きをすると同時にぽろりと落ちた。大寿は八戒の話をどうにかして聞き出す。八戒も事の大事さを理解しているのか三ツ谷を召喚したときのことを一生懸命思い出して、出来るだけ漏れの無いように伝えた。大寿は険しい顔の儘黙り込む。
 八戒の力から考えて血があったとしても強力な悪魔を喚ぶことは難しい。三ツ谷と名乗った悪魔があんな無茶苦茶な解釈をして契約を成立させた以上、強力でないとは言い難い。しかし道筋を作っただけなのであれば、そこを通ったのがたまたま強力な悪魔ならば有り得ないこともない。やはり一度戻って本を探すしかないかと結論に至る。今の所九井に偵察しに行ってもらっているが直接行くしかないかと思い至る。行くとなれば悪魔二人を連れて行った方が良いだろう。だがそうすれば柚葉と八戒を見守るものがいない。あの悪魔は三週間後、と期限を決めていたが、信用出来ない。
 八戒がでも、おずおずと口を開く。

「タカちゃんって悪いやつなの? オレのこと、守ってくれたよ?」

 八戒の突拍子のない言葉に大寿は片目を細めさせ、八戒を睨みつける。びく、と八戒が身を硬くさせた。

「……悪魔は人間を守ることはしない。『自由になりたい』にはオマエの心身を守る事項は入っていない筈だ」

 そうなんだ、と八戒が声を落とす。契約書は見たのかと尋ねると八戒は首をゆっくりと横に振る。そういうのはなかったと聞いて、大寿はそうだろうなとも思う。近年の悪魔が契約書を用いるなんて聞いたことが無い。きっと遠い昔もそうだったのだろうとも大寿は思う。
 これ以上得られるものはないなと大寿は判断をした。おまじない程度であるが、アミュレットに祝詞を吹き込んだものを二人に渡す。乾や九井が共にいれない学校などでもある程度は大丈夫なようにだ。八戒は、タカちゃんは約束きっと守るよ、と何の根拠も無いことを言っていた。
 大寿たちが教会で過ごすようになって二週間が経った。大寿は度々八戒と家に戻り、八戒の言っていた本を探すが見つからないままでいる。進捗状況の共有をしたが、然程良い知らせは無かった。八戒はいつも通りだったが柚葉があまりにも酷い顔色をしていたので、大寿は柚葉に休むように諭す。時間だけが過ぎていくのを柚葉は焦っているのだろう。九井を柚葉の所にいるように指示をし、大寿は八戒と同じ部屋で過ごす。今までの情報を纏めるしか出来ないが、何もやらないよりかは良い。
 大寿、と乾に呼びかけられ、顔を上げる。あれ、と指を示され、窓の外を見れば鹿が教会の周りを飛んでいるのが見えた。よく見れば尾が燃えている。大寿は即座にフルフルだと同定したがそれにしては小さくかなり弱弱しい。眷属だろうなと大寿は判断する。それにしても古来の悪魔がわざわざ人間界に、しかも教会のある場所をうろつくとは、と別の疑問が浮かぶ。古来の悪魔は人型のものと比べて聖書の類が苦手なことが多いため、追い返すことは容易い。
 八戒も気になったのか、窓の外を見た。あっ、と驚いたような声を出した。

「前も来たやつだ! タカちゃんが追い払ったけど……」
「……八戒、オマエは何をしたんだ」

 何もしてないもん、と八戒は声を上げた。あまりにも説得力のない言葉に、とりあえず部屋の中にいるように告げる。えー、と八戒が文句を口にした瞬間に、柚葉が部屋に入って来た。その後ろで九井が困ったような顔をしている。止められなかったのだろうと直ぐに察しがついた。

「大寿、あれってフルフルだよな? 何でウチに?」
「厳密には眷属だろうが……取り敢えず帰ってもらうか」

 コートの内側に聖水の小瓶がいくつかあるのを確認する。胸から下げているロザリオを一度外し、チェーンを腕に通して握り込む。会話が出来るのであれば話を聞いてやっても良いかと乾と九井に指示をする。

「えっ兄貴、悪魔と話すの?」
「古来の悪魔と対話が出来る自信があるなら好きにしろ。オレは出来ない」
「八戒、悪魔の言葉は人間は話せないよ。大寿には使い魔があるからするならそっちだろ」

 気の抜けることを言う弟を切り捨てて、大寿は外へ出る。フルフルの眷属も気付いたのか視線を大寿へとやった。怒っているというより困っているように見えた。

「乾、会話を頼めるか?」
「出来る」

 短く言って乾がふわりと浮く。九井はもう既に目隠しの術を施していた。暫くして、フルフルの眷属は納得したのか消えた。乾が降り立つ。どうだった、と聞けば困っていた、と端的なことを言われる。

「契約の話は無しになったから帰れと言ったら納得して帰った。アイツ、八戒に呼び出されたが横取りされて困っていたらしい」
「……何だと?」

 大寿は八戒と柚葉を連れて速やかに家の書庫へ向かった。八戒が何か言いたそうだったが、大人しく従っている。どんな本だった、と聞けば古くて鎖が付いてた本と八戒が答えた。大寿と柚葉の頭に鎖がついていた数冊の本が浮かび上がる。確か全部で六冊あった、と二人は書庫を探し周り、五冊の本を取り出した。占星術、薬草学、童話、召喚に関する本が二冊だ。どれも鎖が付いており、本棚にくっつけていた筈だった。それ以上探しても鎖のある本は見付からない。日はすっかり沈んでしまっている。

「やはり一冊無いな……持ち出した記憶はあるか?」
「えー、無いけど……でもどの本も違うと思う。俺が見たの、もっとごてごてしてたから」
「九井、本の復元は出来るか? 過去にオマエたちにも見せた本だ」
「あの本の復元? はっ、ヨユー」

 そう九井がせせら笑う。ごぽりと九井の口から水が弾けるような音が聞こえた。人間では発音が出来ない悪魔の言語だ。手から炎が燃え上がり、やがて消える。その手には革で出来た表紙の本が現れる。六冊目の鎖が付いた本だ。それだ、と八戒が上ずった声を上げる。

「でもそれってどういう仕組み? 悪魔なら出来るの?」
「オレだから出来るのと、大寿とそういう契約。仕組みは、あー……魔法って言った方が早い」
「まほう……?」

 九井が八戒に説明しているのを余所に大寿は書物を捲っている。この本は悪魔を召喚する呪文及びその悪魔の名を纏めているものだ。比較的調べやすいそれを捲っていき、ゴエティア三十四の霊の項目を探す。先程の悪魔はフルフルの眷属だった。そうであるならば、然るべき場所に何かしらの痕跡がある筈だ。

「……見つけた」

 呪文の下に、恐らく血で下線を引かれている。十中八九八戒の血だ。眷属が言うには、これで呼び出されたが三ツ谷が横取りをしたのだろう。八戒はフルフルの眷属を呼び出したのに、勝手に出てきたのは三ツ谷だ。悪魔に契約のルールがあるのは不思議だが、同族でも争わないようにする為なのだろう。ともかくこれで八戒の契約を無効にさせる方法は掴めた。あとは三ツ谷が納得するかどうかだ。大人しく帰れば良いが、絶対に帰らないなと確信めいたものが大寿の中にある。ある程度の戦闘は避けれないだろう。そうなら礼拝堂に仕掛けをするしかないなと頭の中で色々とメモをする。手持ちの武器を考えて、買い揃えた方が早いかとぼんやりと設計していく。

「タカちゃん、それで納得してくれるかなぁ」
「納得しないなら『話し合い』をするしかないな」

 にやりと大寿が凶悪な笑みを浮かばせる。話し合いねぇと八戒は苦笑を零す。幼いころから人心掌握に長けている兄が時々悪魔のように見えるときがある。実際の悪魔は、もっと狡猾だというが八戒はあまりピンと来ていない。

「ね、タカちゃんはオレや柚葉の魂ももらえるような解釈をしていたけど、エクソシストの魂ってそんなに悪魔にとって良いのかな」

 大寿は言葉を詰まらせた。恐らく三ツ谷はメインである自分の魂さえ手に入れれば良いタイプのものだ。三ツ谷は大寿が妹と弟のことを大事にしていることを知っている。大寿が契約を無効に出来なかった場合、自身を捨ててでも妹と弟の無事を願う男だと見られているのだろう。手札は多い方が交渉には有利だ。そのことは大寿が良く知っている。
 しかしながらわざわざそのことを何も解っていない弟に言う必要はない。言ったところで変な気を起こしても困る。

「……そうなんだろうな。アイツらの価値観はさっぱりわからん」

 だよねぇと八戒が無邪気に笑う。柚葉が何か言いたそうな顔をしていたが、結局彼女は何も言わなかった。

2023/10/05

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