君の時間を貰える贅沢

 永遠なんて、要らなかった。
 その日も武道は何処か浮かれていた。今日は補習も無いし、久し振りに日向と帰ることが出来る。日向は武道の恋人の名前だ。日向が悪魔に襲われていたところを武道に助けられた時に恋に落ち、武道がエクソシストの養成学校に入学したときに再会を果たしたのだ。そして二人はお付き合いすることになり、今に至る。

「相棒、今日どっか寄って帰る?」

 顔を上げると千冬が楽しそうな顔をしていた。八戒が千冬の後ろ側で大きな欠伸をしている。武道は自分の顔の前で、ぱん、と手を叩いて合掌をする。

「ごめん、オレちょっと約束があって」
「あー、良いぜ。ヒナちゃんだろ? 行って来いよ」

 千冬に背中を押され、武道はありがとう、と言いながら走る。またなー、と八戒のどこかのんびりとした声に、手をひらひらと振る。
 放課後になると必ず日向は校舎から少し離れた礼拝堂でお祈りをしている。信心深いんだと武道の印象に残っていた。大切なことだからと笑う日向を思い出し、ふふ、と小さく笑う。
 武道は礼拝堂の扉を開けた。礼拝堂は左右にある大きな窓から光を取り入れているが、夕暮れのせいでうすぼんやりとしている。天井にある電気が不安げに照らしている。ばちんと一際明るく輝いたと思えば、消えてしまった。どうやら古くなっていたらしい。
 礼拝堂は自由出入りできるようになっているが大抵誰もいない。真っ白い壁の右側にあるパイプオルガンはミサや式典のときぐらいにしか使われていない。その中央にシンプルな形の十字架が掛けられている。ずっと昔は結婚式場などに使われていたらしいが、ここが養成学校となってからは全く無いらしい。
 いつもなら、日向はベンチに座ってお祈りをしているが、ベンチには誰もいない。座って待っておこうかなと、武道はオレンジ色の薄暗い礼拝堂を歩き、日向が大抵いる所、前方へと向かう。教壇に誰かが膝を立てて座っていることに気付いた。ピンクゴールドに染められた髪。武道と同じくらいの背丈で、同じくらいの年齢らしい少年だ。けれども見たことが無い。新入生だろうか、でも教壇に座るなんて、と思いかけていると少年が顔を上げる。

「何? オマエ」

 夜よりも黒い目が武道を見る。冷たい視線に肌が粟立つ。直ぐに理解した。人間ではない。少なくとも守護神だとか、そういったものでもない。つまり、悪魔だ。悪魔の倒し方の実践はしたことがない。そもそも完全な人型を取れる悪魔なんて、上級だ。武道が持っている知識では下級悪魔を倒せれば物凄く良い方だ。

「……あ、」

 声が喉の内側に張り付く。逃げなければならない。踵を返して誰でも良いから先生を呼ばなければならない。そもそもどうして、養成学校に、しかも礼拝堂に悪魔がいられるんだ。
 悪魔が教壇から降りる。淀みない足取りで、武道の方へ向かう。武道はじり、じりと後ずさることしかできない。

「タケミチ君?」

 武道は弾かれたように入口の方を振り返るった。日向が立っている。電気、切れちゃったんだ、と日常が聞こえる。武道の向こう側にいる悪魔に気付き、はっと表情を強張らせた。

「来ちゃ駄目だ! 逃げろ!」

 悪魔が日向に視線を向ける。武道は――悪魔に向かって駆け出していた。

「オマエの相手はオレだろ!」

 悪魔が腕を振り上げる。真っ黒い靄のような物が、腕から掌へと移動していく。悪魔の力だろうか。みるみるうちにピンポン玉ぐらいの大きさの球体となった。投げられては不味いと武道は悪魔に向かって駆け出した。無謀だ。でも武道にはそれしか選択肢がなかった。

「うぉぉおおお!」

 日向に怪我をさせたくない。日向を守りたい。その一心だ。
 黒い目が武道を見る。ピンポン玉くらいの球体が圧縮され、ビー玉程の大きさとなる。それは悪魔の人差し指の先で浮いている。悪魔は指先を、武道に向けた。

「駄目っ!」

 日向の声が響く。眩い光が後方からあふれ武道の視界を真っ白に塗り潰した。
 気が付くと武道は仰向けに寝転がり、日向に膝枕をしてもらっている。悪魔に向かって走っていた筈なのに、後ろに下がっていた。先程まで武道がいる所をみると、人が十分入れそうな大きさの穴が空いている。そこから黒い靄がぐずぐずと出ている。恐らく身体を貫いていれば、ただでは済んでいないだろう。ごくりと唾を呑み込む。
 武道は上体を起こした。何が起こったのか理解が出来ない。武道たちの周りにドーム状の輝く薄い壁が出来ている。この内側にいるせいか、気分が安らぐような気がする。

「ごめんね、タケミチ君……」

 大粒の涙が日向の目からぼろぼろと零れ落ちていく。日向の頭上に浮かぶ光の輪に気付き、武道は唖然とする。それは教科書でしか見たことがない。守護神と補足説明が書いていた写真が脳裏に過る。黙っててごめんねと日向は再度謝る。

「ヒナ、人間じゃないの……」

 守護神なの、としゃくり上げて泣く彼女に、武道は速やかに声が掛けられなかった。
 武道は日向の両手を自身の両手でぎゅっと握る。人間じゃなかったとしても、共に同じ時間を過ごせたこと、楽しい思い出を作っていったことは本当のことだ。伏せられた睫毛が涙で濡れて、きらきらと輝いている。武道は日向の笑顔が見たいと強く思った。悲しい顔をさせたくない、いつもみたいに笑って欲しいと強く願う。オレはこの子が好きだと言う感情が風船のように膨らみぱちんと音を立てて弾けた。

「オレは、ヒナが好きだ!」

 日向がゆっくりと顔を上げる。武道は一度右手を離し、頬を濡らす涙を親指で拭う。少し前まで泣いていた武道を励まし、支えていたのは日向だ。まるで逆転してしまった。涙を流している日向を愛しいと思う。大切にしたいと思う。武道は思わず笑みを零す。

「ヒナが、好きなんだ」
「タケミチ君……」

 ぶわりと日向の目に涙が一気に溜まる。武道は日向を抱き締めた。腕の中で小さく震える彼女の背を落ち着かせるように撫でる。肩が濡れる感覚がする。きっと、いつから日向は不安だったのだろう、と武道は日向の心中を察した。人間と守護神であるのに、気丈に振る舞っていたのだろう。もう大丈夫だと武道の口から自然に言葉が滑り落ちる。

「……なぁ、オレの事忘れてね?」

 顔を上げると悪魔が壁越しにしゃがんで二人を見ている。

「あっ、悪魔!」

 悪魔が薄い壁を軽くこつんと叩くと、軽い音を立てて粉々に割れた。やばい、と武道は日向から離れ、悪魔に向かう。警戒すんなよと悪魔はなんてことのないように話す。

「んー、決めた。タケミっち」
「は……?」

 突然言われた言葉にぽかんと口が開く。少しして、自分のあだ名なのだろうかと気が付く。次いで出された言葉に、武道は一層意味がわからなかった。日向も武道と同じような顔をしていた。

「オマエ、今日からオレのダチ! な?」

2023/09/20

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