君の時間を貰える贅沢02

 この後どうしよう、と途方に暮れていた武道は取り敢えず日向と悪魔を、自分よりずっと立場が上のであり、日向との共通の友達に助けを求めることにした。メールを入れるとすぐに返事が返って来て、申し訳ないが彼がいる棟に来て欲しい、話はつけているとのことだった。幸い彼がいる所は武道たちがいる養成学校の敷地内であるため、二つ返事を返す。礼拝堂の破損についてはマイキーに言ったら魔力で直していた。念のためにこれからのことを武道がマイキーに伝えたら、理解しているような、そうでもないような微妙な反応をしていた。
 普段入ることのない建物に入る。そこには殆ど誰も出入りしない。たまにエクソシストと擦れ違うぐらいだが、誰もマイキーには何も言ってこなかった。窓口の事務の人に言うと快く通してくれた。ノックをすると扉がひとりでに開いた。武道は自分よりもずっと背の高い男が自身たちを見下ろしていることに気付く。鋭い視線はは武道の少し後ろである、マイキーに向けられている。

「どけ、半間! 花垣と橘、……と?」

 背の高い男の後ろから、良く知っている顔が出てきて武道は安堵感を覚える。武道を見て、日向を見て、その後ろのマイキーを見る。半間と呼ばれた男は、これ以上稀咲が三人に近寄らないように稀咲の身体の前に自身の腕を出した。

「タケミっち、どういう知り合い?」

 のんびりとした声でマイキーが問う。ええとと武道は言葉を選ぶのに困った。こほんと咳払いを一つする。

「……マイキーくん、こっちはオレのダチの、」
「何で悪魔が入って来てんだぁ?」

 半間の言葉に武道は戸惑った。普通、一般人は人間とそうでないものの区別は出来ない。エクソシストであれば、勘がはたらくこともあるらしいが全員がそうという訳では無い。どうしてマイキーくんが悪魔だとわかったのだろうか、半間くんはエクソシストなのだろうかと武道の頭上で疑問符が浮かび上がる。
 悪魔だと、と稀咲の顔が険しくなった。悪魔から目を離さずに首から下げていた十字架を握り締め前方に掲げる。しかしマイキーは全く気にしていないようだった。くあ、と欠伸を零して、争うつもりはねーよと気怠そうに話す。オレは人間と守護神の行く末を見届けたいだけと武道と日向に視線をやる。稀咲ははっとしたような顔をして十字架を下げた。半間と一言言うと半間は身体を引かせる。稀咲はソファを掌で示し、幾つか質問をさせてくれと三人に向けて告げた。
 武道たちは革張りのソファに座った。稀咲が淹れたコーヒーの香りが辺りに漂う。マイキーは出されたクッキーをぱくぱくと食べていく。稀咲は三人の向かいにあるソファに座る。半間はその後ろで立っている。花垣、と呼ばれ武道は必要以上に過敏に反応してしまった。

「オマエは橘のことをいつ知った?」

 守護神であることをと言われ、今度は武道が驚く番だった。

「えっ、稀咲知ってたの? ヒナのこと……」

 この立場になってからだと眼鏡の位置を正しながら言う。稀咲が今の立場になったのは数年程前からだ。きっと機密事項だったのだろう。幼いころから交流のあった友達が守護神であった事実に稀咲はどう感じていたのだろうかと武道は思う。日向が俯いていたので、武道は日向の手をぎゅっと握り締める。日向が僅かに顔を上げて武道を見る。武道はにこりと笑う。日向に少しだけ笑顔が戻る。ごほんと稀咲がわざとらしく咳き込んだ。武道は稀咲に視線を戻す。

「それから、花垣と橘も悪魔に何か願ったわけじゃないんだな?」
「オレは誰とも契約してねぇよ。オレが此処にいるのはタケミっちが相談するつったから」

 なるほど、と稀咲が納得する。悪魔がどうして契約をしていない、と稀咲が質問すると、マイキーは唇を拗ねたように尖らせる。

「別に契約は義務じゃねぇし。オレはタケミっちやヒナちゃんと契約するより、この二人がくっつくとこ見てぇの」

 武道と日向が咳き込む番だった。違うともそうじゃないとも何とも言えず、二人は良く解らない挙動をしていたが、稀咲は特に何も気にしていない。二人とも落ち着けとマイキーに掛ける声よりずっと優しい声をかけてコーヒーを勧めた。武道と日向はコーヒーを口に含む。苦みも酸味も少なく、飲みやすい。

「守護神と人間が共になるのは不可能だ。教団が認めていない」
「そうなの? でもアンタは何か知っているだろ?」

 マイキーは半間に視線をやった。悪魔と守護神、人間の視線を受けた半間はにやりと不敵な笑みを浮かべさせる。

「それは稀咲だって知ってる筈だぜ? 調べてただろ。ダチが、」
「半間」

 余計なことを話すなと稀咲が睨みつける。半間は然程気にしていないのか、特徴的な笑い声をあげて、悪かったってと悪びれもせずに言う。半間は何か楽しそうに嗤っている。

「……数千年前の書物だが、守護神を人間に下ろす事例は確かにあった」

 だが、殆どおとぎ話のようなものだ、と稀咲はコーヒーを口に含ませる。教団が管理している図書館にある書物は勿論、エクソシストが個人で持っている書物を出来る限り読み漁ったのだという。
 稀咲が管理職に就いた日、つまり日向が守護神と知ったその日から二人の共通の友人として、どうにかして二人が一緒にいられないか手段を探して来た。二人は稀咲にとって、稀咲が今までいた世界を大いに変えたと言っても差し支えない程に大きな影響を残している。だからこそ二人には幸せになって欲しかった。二人が幸せになったのを見て、友人として祝福したかった。書物を借りるのにあちこち走り回るのも昔の言語で書かれた膨大な書物を読み漁るのも抽象的な文章を解読するのも苦ではなかったと言えば多少は嘘になる。その中で漸く見つけたおとぎ話のような事実に稀咲は縋りたかった。稀咲は息を吐いて、二人を見る。

「また、それと同じくらいの時代に、人間か悪魔かが錬金術師に頼み込んで魂を入れる器作っていた記録もある。つまり、その器さえ手に入れることが出来れば橘は人間になれる可能性がある」
「……ヒナも、他の人たちと同じようにタケミチ君と同じ時間を過ごせるの?」

 日向が躊躇いながらも出した言葉に稀咲はこくりと静かに頷いた。武道は日向と顔を見合わせる。二人が人として結婚し家庭を築ける可能性があると言葉を静かに続ける。このまま日向のことを好きでいられることに確かな歓びを覚えていた。嬉しい、と日向が頬を朱に染めさせる。

「――ただ、守護神は悪魔と同じく永遠の命があり、人間にはない凄まじい力を持っている。それから、橘が人間になることで二人は教団からずっと逃げなきゃいけなくなる可能性が高い……オレは、友人として花垣と橘が苦しむのは見たくない」

 それでも人間になりたいのかと稀咲が問う。日向はゆっくりと瞬きをした。そして微笑を浮かべさせる。

「タケミチ君と一緒になれるなら、なんにも怖くないよ」
「花垣が橘と契約すれば、花垣は祝福を得られる。契約を解除するか花垣が死ぬまでは二人は一緒にいられることは一緒にいられる……それでもか?」

 稀咲の声が、張り詰めていた。武道は稀咲の感情も何となく理解できた。だからこそ、妥協案も提案したのだろうと察する。
 日向はソファから立ち上がり、いつの間にか固く握り締められていた稀咲の拳にそっと触れた。

「ありがとう稀咲くん、ヒナたちのことを心配してくれて。でも、ヒナは皆と同じ時間を生きたい。タケミチ君と同じ時間を歩いて行きたい」

 稀咲の顔のこわばりが少し消え、拳が緩く解かれる。日向はにこりと笑って、手を離した。武道を見て、やはりいつものような可愛らしい笑みを浮かべている。

「ヒナはタケミチ君と今を生きている人たちのように、一緒に年を重ねて、一緒に同じ風景を見て、ふとしたときに過去の思い出を話して、懐かしいねって笑い合いたいよ」
「ヒナ……」

 鼻の奥がつんと痛む。武道は思わず立ち上がり、日向の手をぎゅっと握り締めた。武道よりも小さな手はほんの少しだけ体温が低い。武道から高い温度が日向へと流れ、触れているところはやがて近い温度となる。

「約束する。ヒナはオレが守る!」
「……うん!」
「じゃあ、早速何をしたら良いんだ? 錬金術師を集めさせたら良い?」

 茶菓子を食べ終えたマイキーが手を上げる。そういう訳にはいかないと間髪入れずに稀咲が切り捨てる。表立って錬金術師として活動している人は世の中にはいないとのことだった。

「調査をすればその子孫やこっそり錬金術師として活動している人は見つかるかもしれない。二人とも、オレにも協力させてくれないか?」
「ああ、稀咲のこと、頼りにしてるぜ!」

 武道と稀咲は拳をつくり、拳同士を軽く触れ合わせた。子供のときに戻ったみたいで少しだけむずがゆい。

「まず器のことなんだが、オレが読んだ本には作り方については書いていなかった。錬金術師が遺した書物にあるかも知れないんだが中々見つからなくてな……」

 伝手を辿ってみるよと稀咲が話す。オレもダチに聞いて探してみるよとマイキーがにこりと笑う。武道は八戒の家にある書物を思い出していた。ただ、八戒の兄と姉はエクソシストとして活動しているためにもしかしたら稀咲は知っているかもしれないとも思う。
 今日出来ることはそんなもんか、と稀咲が呟く。何か解れば連絡するし、また連絡をしてくれと言われ、武道と日向は頷く。武道が稀咲に一緒に帰らないかと誘ったがしなければならないことがあるからと断られた。半間がふらりと何処かへと去っていったが、稀咲はよくあることなのか然程気にしていない。後日、武道が半間は何者なんだと聞けば、稀咲はあっさりと死神だと答えたのだった。

2023/09/26

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