君の時間を貰える贅沢03

 あれから数週間ほど経った。武道と日向は友人である千冬と八戒に、正直に守護神であることを打ち明けた。二人とも驚いていたが、協力するとのことだった。マイキーは時々魔界へ帰り、情報を集めているようだったがこれと言って大きな進歩はない。
 図書館にある奥の勉強スペースは、あまり明るくないこともあるのか、悪魔に関する外国語で書かれた古い本があるからか、ほぼほぼ誰も近寄らない。武道たちが小声で話をするのには丁度良かった。千冬と八戒は別の用事があるとのことで今日は帰った。三人が三人、借りて来た本や図書館から持って来た本を読み漁ったり、二人から預かった資料を見るも、中々進まない。

「|魔界《向こう》でそういう話聞いたことないかってダチに聞いてみたんだけどさ、」

 マイキーが持って来たたい焼きを頬張りながら話し出す。勿論図書館は飲食禁止である。そのことを武道と日向が指摘をすれば、一口でたい焼きを頬張り、紙袋の口を何度か折り畳む。ごくん、とたい焼きを呑み込んだ。

「……『火事で死んだ娘の身体に入れれば良いんじゃね?』って」
「マイキーくん、オレは反対」

 ほぼ反射的に武道の口から言葉が吐いた。人間として、その人は眠らせてあげたいと思う、と言えばマイキーは然程気にしていないのか、そっかとだけ言う。

「ヒナも探してみたけど、錬金術師が作ってた器はホムンクルスか人形が多かったみたい」

 でもそれだけだった、と古びた本をコピーした用紙を机上に置いた。武道はそれに書かれた馴染みの無い言語を見て、うっとなりかける。よく見ればその下に日向の字で日本語が書いてある。

「錬金術師の遺した書物ってのを探さないと駄目なのかなぁ」

 武道は溜息を吐いた。学校の先生に錬金術師の遺した書物について聞いてみたが、途轍もなく珍しい物で現存しているものは殆ど無いことを知った。というもの、あるものは楽譜の形で、あるものはレシピの形で、あるものは詩として残されている為に錬金術師が遺した書物であることが解りにくいらしい。同業者に見られても直ぐには解らないようにそういう工夫がされているとも話してくれた。
 八戒の家にそういう書物が無いかと尋ねると、彼の兄である大寿から錬金術師が遺した書物は無いと返事を貰った。大寿くんが言うなら本当に無いんだろうな……と武道は納得する。完全に行き詰まっている。

「そういや、ダチが世話になってるおもちゃ屋あるんだ」

 そこに行ってみねぇ、とマイキーが誘う。丁度気分転換もしたいところだったので武道と日向は二つ返事をした。
 マイキーについて行くと小ぢんまりとした雑貨屋に着いた。一面曇りガラスを使っているせいで、中の様子は見えない。今まで何度かこの近くを歩いていた筈だが、武道の記憶に無い。こんな店なんてあったけ、と思いながら扉を開くとカウベルがからんと来訪者が来たことを告げる。

「あー、悪ィ、前言ってたナイフまだ入って……って、あれ?」

 黒髪のつなぎを着た男が武道たちを見るなり目を丸くした。こんにちは、と日向が挨拶をすると男は人の好さそうな笑顔を浮かべてごゆっくりどうぞ、と返す。そのまま店の奥へと行ってしまった。
 武道は店を見渡した。スーパーやコンビニで見かける生活用品もあれば先生が授業中に見せてくれたアミュレットや聖水の入った小瓶がある。マイキーはおもちゃ屋、と言ったけれども武道が思っていたようなおもちゃは置いていない。マイキーは生活用品が並ぶコーナーへと向かっていった。武道と日向は二人で辺りを見渡す。美しくカットされた水晶のアミュレットが並べられている。値札などは見当たらない。今回、マイキーがいたから二人は辿り着けただけで本来は見知った人たちしかが入れないような店なのだろう。

「武道くん、この店ってもしかして……」
「うん、多分だけど、エクソシストたちの店だ」

 聖水計り売りとでかでかと書かれているポップの近くに小瓶が並んでいる。吊るされていた、チェーンのついた鈍色に光る香炉が目に付いた。底が平らになっていないので、置かずに自分で持つものなのだろう。使い方等は書いていないので、想像するしかできない。とりあえずと二人は手分けして本を探すことにした。小ぢんまりとした店に見えたが、思っているよりずっと広い。
 古い本が数冊置いてあるコーナーを武道が先に見付けた。ぱらぱらと捲っていくが、想像していた通り、何を書いているか読めない。ついでに値段も書いていないので、気軽に店員に買いますとは言えない。他の二人を呼ぶか店員に内容を聞くかと少し悩む。

「真、ここに置いてた段箱どこに、」

 右目に傷のある男が武道を見て、目を丸くする。やはり滅多に人は入って来ないんだなと武道は少し居心地の悪さを覚える。武道は会釈して通り過ぎようとした。が、強い力が武道の肩を掴み、引っ張る。わ、と驚く間もなく胸倉を掴まれた。焦燥した傷のある男が視界に広がる。

「テメェっ! まさか悪魔じゃねぇだろな!」
「……はぁっ!?」

 男の言葉に武道は驚いた。勘違いしている。というかこんなところに悪魔が入るか、と思いかけて武道の脳裏に養成学校の礼拝堂に現れたマイキーが過った。そもそもマイキーがいたおかげで辿り着けた。多分、入れるだろうな、と自己完結をする。

「そうじゃなかったら、ただの人間がこんなところにっ」

 目の前から傷のある男が消えた。代わりにマイキーが立っている。がしゃぁんと物同士が派手にぶつかった音が響く。そちらを向けば傷のある男が横向きに倒れていた。ああ、と武道は理解した。目の前にいる悪魔が人間を蹴っ飛ばしたのだ。

「タケミっち、平気か?」
「え、うん、まあ」

 なら良かったとにっこりと笑うマイキーに、オレよりも蹴飛ばされた人間が心配だとはとても言えなかった。

「武臣!?」

 声がした方を見ると、最初に見たつなぎを着た店員だった。武臣と呼ばれた、傷のある男の方へ駆けて行く。少しして日向もやって来た。武道が経緯を二人に説明していく。傷のある男が自分を悪魔であると勘違いしたこと、胸倉を掴まれていたらマイキーがその男を蹴飛ばしたこと。
 つなぎを着た男は、武道に謝罪した。どうやら傷のある男、武臣は此処数年程に悪魔の兄妹に明確な殺意をもって付きまとわれているとのことだ。余りにも商売にならないために店にまじないをかけて、特定の人でないと辿り着かなくしたらしい。しかし所詮エクソシストでもない人間がするまじないのために、悪魔にはあまり影響がなかったらしい。

「……武臣がした事についてはオレが謝るよ、びっくりしたよな、ごめん。ええと……多分、見習い、だよな? 詫び……って訳じゃねぇけど、何か俺らに出来る事でもあれば気軽に言ってくれ」

 佐野真一郎っていうんだとつなぎを着た男が手を差し伸べる。武道も自己紹介をして握手をした。気さくな人だなと武道は思った。実は、と武道は錬金術師の遺した書物を探していることを告げた。流石に本当に理由を素直に話す訳にはいかず、興味があって、というと真一郎は考えるような素振りをする。

「店に置いてるやつは物語ばっかだけどな……あ、武臣。確かオマエが大事そうに持ってた本って……」

 武臣が露骨に嫌そうな顔をした。見せたくないものなのだろう。見せるくらいしてやれよと真一郎に言われ、武臣は渋々と言った様子で倉庫に行った。その数分後に古びた本を持って戻って来た。

「代々伝わる本だ。何書いてんのかさっぱりだが金になると思ってな」

 マイキーは差し出された本を受け取った。結構厚みのある本だ。拍子に金属の細工が施されている。

「タケミっち! もらった!」
「やってねーよ! 持ち出し禁止だからな!」

 はいはいとマイキーは他人事のように言う。武道、日向、マイキーの三人は横一列に並んで本を捲る。全く見たことの無い文字だ。ぱらぱらと捲っていくが、どのページも読める気がしない。読めた? と武道が聞くと日向は気まずそうに首を横に振る。マイキーは読めねぇなと本を閉じた。日向が、今まで読んできた本に書かれていた文字とは全然違うと言う。武道は今まで日向たちが持って来た資料についても全く歯が立たなかったので、そうなんだとしか思わなかった。しかしこのままでは読めない。何が書いているのかすらも解らない。とりあえず今日は一旦帰宅することにした。武道は考えうる限り強力な助っ人に助けて貰うことにした。尤も、二人とも仕事をしている立場なので、都合の良い日を聞く。思いの外快く、数日後に現地に来てもらうこととなった。

「稀咲も大寿くんも来てくれてありがとう! オレらじゃ全然読めなくて……」

 大寿は八戒から話を幾らか聞いていたようだった。店の中に入ると、真一郎が顔を出す。久しぶり、と大寿に笑いかけた。大寿は小さく頷く。どこからともなく乾と九井がふわりと現れ、着地する。乾は、真一郎くんと僅かに嬉しそうな顔をして真一郎の元へと行った。どうやら乾は真一郎に懐いているらしい。早く本題をと稀咲にせっつかれ、真一郎は武臣を呼んだ。武臣はやはり何処か不機嫌そうに口をへの字にさせ、武道に本を渡す。武道が数ページめくると他の三人とも覗き込んだ。

「これは……」

 稀咲と大寿の顔が強張る。大寿が本を掴み、九井に渡した。九井はぱらぱらと捲っている。珍しい言語じゃんと楽しそうに口許に弧を描かせた。

「おい、これは借りれないのか?」
「はァ? 絶対貸さねーよ」

 写真も書き写すことも駄目だと言われたために大寿は大人しく引き下がった。九井が武臣に本を返す。そのあと大寿は消耗品を幾らか購入した。乾は真一郎の横で、真一郎が何か道具を作るのをじっと見ていたようだ。満足そうな顔をしている。店に出ると日がすっかり暮れていた。

「困ったな……あの本、違うかも知れないけど写真も駄目だなんて……」
「問題ない。九井」
「ああ、任せろよ」

 大寿の返事を聞く間もなく、九井が何やら呟く。九井を中心として小さな魔方陣が幾つか浮かび上がる。強い光を放ったかと思えば、武臣に返したはずの本が二つあった。えっ、と武道の口から意味の無い音が出た。本を見て、大寿を見る。

「複製しただけだ。用事が終われば消える」

 大寿はなんてことの無いように話しながら、一つを稀咲に渡す。良いのかなぁと武道は不安になる。それでもそうしないと何も進まないことも理解できる。稀咲と大寿が二人で何か話している。仕事の話かもしれないと武道は少し離れた所に立つ。二人ともすごいなぁと感嘆の溜息を吐いた。自分もああいう風になれるのだろうか、と思いかけて難しそうだなと肩を落とす。

「解読に時間がかかると思う。恐らく特定の地域でしか使われていない文字だ」

 また解ったら連絡を入れると稀咲が言う。解ったと武道は頷いた。今日の所はそれで解散するしかない。大寿に家にまで送ってもらった武道は、電気も点けずに自室のベッドに寝転がる。
 瞼を下ろせば、日向が浮かび上がる。挫けそうなときに何度も支えてくれた彼女を、本当に人間にしてしまっても良いのだろうかと疑問が浮かぶ。本来守護神は世界中をい見てもあまり数がなく、立派な人間と契約して悪魔たちを退けるためにはたらく存在だ。そんな彼女を、自分だけのために人間になるというのは、少し、いや、かなり、世界の損失というのに繋がるのではないか。元々武道は、日向と付き合えたのは奇跡だと思っている節がある。何の取柄もない自分とはかなり釣り合わない相手だ。その部分が、今回のことで夜になると、武道に問うようになった。本当に、このままで良いのだろうか、本当に、彼女を人間にしてしまっても良いのだろうか。ひやりとした冷たさが、武道の背筋を伝い落ちる。
 こつこつ、と窓が叩かれる音がする。武道は跳ね起きた。カーテンの隙間から月の柔らかな光が差し込んでいる。車が通る音がやけに響いた。窓を叩く音はいまだ聞こえる。カーテンを開くとマイキーの顔が見えた。

「ターケミっち」

 歌い出しそうな声だ。どうしたんですか、と窓を開くと何となくと返される。夜の冷たい空気が武道の肌を撫でた。マイキーはベランダに座り込んだ。

「何か収穫あった?」
「収穫……あ、いや。またあの本の解読が出来たら連絡くれるみたいで」

 そうなんだ、進んでるじゃんとマイキーは嬉しそうに笑う。そうっすね、と武道は口の端を引き上げる。あまりうまく出来なかったなと自分でも判ってしまったので、余程酷い笑顔に見えただろう。マイキーがきょとんとした顔で、誰かになんか言われた? と尋ねる。武道は首を横に振る。脳裏に日向のことが過った。じゃあ気にしなくて良いじゃん、とマイキーは言う。武道が曖昧に笑ってやり過ごそうとすると真っ黒い目がじっと武道を見る。

「それってタケミっちの気持ち?」
「えっ……」
「ヒナちゃんのことだろ? ヒナちゃんの気持ちも考えてやんなよ」

 何なら今からヒナちゃんの所に連れて行こうかと笑ったマイキーの服の裾を咄嗟に掴んだ。武道は顔を青くさせて首を横に振る。流石に今の時間に日向の部屋に連れて行かれるのは不味い。日向はきっと寝ているだろうし、マイキーのことだからきっと侵入する形になるだろう。いずれにしても大問題だ。

「悪魔って人の心とかも見れるんすか?」
「契約内容に寄ったら見れると思うけど」
「マイキーくんは、した事あるんですか?」
「えー……」

 どうだったかなぁとマイキーは空を仰ぐ。真っ黒い空にぽつぽつと星明りが見える。時々車が通り過ぎる音がするだけで、世界は酷く静かだ。
 明日休みだっけ、と言われて武道は頷いた。そっか、とマイキーは立ち上がる。一旦魔界に帰ろうかな、とふあ、と欠伸を零している。ひょいと身軽にベランダのへりに飛び乗った。じゃあ、オレも寝ようかなと武道は言う。正直眠気はある程度飛んでしまっている。タケミっち、と呼ばれ、武道はマイキーを見る。

「タケミっちのヒナちゃんに対する気持ちって、そんなもん?」

 その言葉に武道は思わずむっとした。

「確かに、ヒナちゃんはいい子だよ」
「……知ってます」

 マイキーに言われる前よりもずっと理解している。間違っていることにはきちんと指摘が出来る正義感の強い女の子。自分だって怖いだろうに、それでも誰かのために身体を張れる女の子。初めて名前を呼んだときの笑顔は今も覚えている。花が咲いたように笑った顔もまろい肩も白くて小さな手も、起こった時にちょっとだけ唇を尖らせる癖も全部、守ってやりたいものだ。初めてマイキーと会ったときも、日向はきっと怖かっただろう。ずっと自分たちは人間として交際を続けていた。悪魔によって武道自身の生命が断たれることも、守護神であることが明らかになることも、それがきっかけで変わってしまうかもしれない未来も。きっと。あの時に見た涙を武道はもう二度とそんな風に泣かせたくないと思う。彼女が怖いと思うものも、悲しいと思うものも全てから守りたいと強く思う。武道は守護神がどういったものか、どういった力があるのか解らない。多くの人間でも解っていることの方が少ないだろう。それでも人間よりも出来る事がかなり多い守護神から人間になると日向は選択した。ただ、武道と共にいるためだけに。

「オレはヒナのこと、すっげぇ好きです」
「……知ってる」

 マイキーは歯を見せて笑った。大事にしてやれよ、と言ってマイキーはベランダの向こう側に飛び降りる。武道が慌てて向こう側を覗き込む。そこにはマイキーの姿はなく、ただ地面が広がっているだけだった。

2023/10/03

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