君の時間を貰える贅沢05

 稀咲が提示した期日には間に合った。目星をつけていたものは、例えば特定の場所で採られた鉱石で無ければならないものもあれば、教団が所有している王冠に埋め込まれていたものもあった。それでなければならないものだと武道は知っている。マイキーの友達である悪魔たちが契約しようかと誘ったが武道は全て断った。正規の手段を取れそうなところは取った。比較的グレーと言われるような取引もあったが、大寿は恥ずべきことではない、自信を持てと武道の背中を叩いたのだった。また、身体は筋肉痛になるし他の悪魔との戦闘だってあった。戦闘は殆ど大寿がしていたが、巻き込まれた武道はそれはそれで大変な目に遭った。全て集めた後、武道は稀咲に渡す。稀咲に渡した鉱石や像などは砕かれ、融かされ、人形の材料となるらしい。その人形はあのおもちゃ屋の店主たちが作っているらしい。マイキーは頻繫に武道と日向に会いに来て、進捗を話してくれた。

「神を人に下ろすための人形って、誰でも作れるのかな」

 浮かんだ疑問を口にすれば、マイキーについて来ていた春千夜と名乗る悪魔が顔を思い切り顰めさせた。武道は春千夜と過去に数回ほどしか顔を合わせたことが無い。しかも大抵武臣を殺そうとしているときだ。あまりいい印象はない。美人が顔を顰めると迫力が凄くあるな、と武道はしみじみした。

「何寝言ほざいてんだこのドブ。アイツの先祖が錬金術師なんだよ」

 春千夜の言うアイツが誰かは解らなかった。悪意のある言い方だから、武臣のことだろうなと察する。錬金術師の間には代々伝わる何かがあるのだろうか。気軽に尋ねられず、へぇと言葉を発した。春千夜が鋭く舌打ちを打つ。気分悪ィから帰ると春千夜はマイキーを連れて魔界へと戻ったのだった。
 人形は期日通りに出来た。ウィッグもなく、化粧もされず、衣類も着せられていない球体関節人形は何処か不気味に見える。それでありながら、肌は白くきめ細かで、心なしか輝いて見える。すごいね、と日向が思わず言葉を落とす。きっと二人で感じていることは違うだろうけれども武道は頷いた。きっと不安だろう。怖くない? と尋ねようとした気持ちを押し込め、大丈夫だと何の根拠も無い前向きな言葉を口にする。日向は少し驚いたように目を丸くさせて、いつもみたいに緩やかに笑った。
 術式がどういうものか武道は解らない。多分聞いてもまだ理解が追い付かないだろうとも思う。昔の書籍だけが唯一の手掛かりで、それが本当にうまく行く保証もどこにもない。もしかしたら橘が消えてしまう可能性だってあると稀咲は最後まで気に掛けていた。だが、二人とも引き下がることは決してしなかった。誰かが望んでいるからではなく、二人が一番望んでいるから。
 術が終えたあと、人形は眠っている日向となった。初めて上げた四つ葉のクローバーを模したネックレスがかけられている。武道は鼻の奥がつんと痛む感覚がした。いつ目を覚ますか解らないと何度目かの台詞を稀咲が言う。疲れ切ったような顔をしていたが、それ以上に心配そうに武道を見ている。そうなんだ、と武道は言う。置いてきた筈の恐怖が駆け足で武道にまとわりつく。それを武道はそっと抱き上げる。どうなるか解らない未来は確かに逃げ出したくなる程怖い。それでも武道はしわくちゃのおじいちゃんになっても待ち続けるつもりだ。

「ヒナ、今日は虹が出てたよ」

 眠る日向に武道は声をかける。誰かがくれた花を花瓶に活けるようになってそれなりに経つ。守護神の日向がいなくなったにも関わらず、不思議と教団の誰もがこの場にも武道にも尋ねて来なかった。
 武道は何とか無事に進級していた。背も少し伸びた。千冬も八戒もエクソシストになるために日々励んでいる。学校でも実戦をすることもあって、時々怪我をするようになった。マイキーも武道に会いに来ている。日向の様子も見に来ているようだが、悪魔なのに未だ契約をしないのが不思議だ。日向が眠ってからも武道は色々な人や悪魔と出会って来た。それでも毎日日向に会いに来ては、あったことを話していく。ポケットに入れていた携帯電話が震え、武道は一旦部屋から出る。電話に出ると、千冬からだった。明日の授業で予定が変わった変わったことと、千冬の資料集が武道の荷物に混ざってないかとのことだった。急ぎじゃないからまた教えてほしい、と言われたので解ったと言って電話を切った。部屋に戻って、武道は酷く驚いた。寝ていた筈の日向が、身体を起こしてこちらを見ている。手から携帯が逃げて床に叩きつけられる。武道を見て、いつものように柔らかく笑った。

「ヒナ……っ!」

 武道は日向に駆け寄り、華奢な身体を力一杯抱き締める。日向の鼓動や体温、においを感じてぶわっと涙が零れた。言いたいこと、話したいこと、伝えたいこと、教えたいことなど沢山あったのに、言葉が喉に張り付き、声として出せない。代わりに涙がぼろぼろと零れた。鼻をすすりながらも、何度も日向の名前を呼ぶ。武道の背中に日向の腕が回される。ぎゅ、と弱々しくも抱き返してくれた。

「おはよう、タケミチくん」
「うんっ……、おはよう、ヒナ、おかえり……」

 暫くして、武道はベッドの側にある椅子に腰かけた。二人が触れ合ってた部分に冷たい空気が入り込み、ひやりとする。二人は手を繋いで、語り合うこともしないでただ呼吸を繰り返した。時々目線を合わせては小さく笑い合う。温かで穏やかな空気が二人を包み込む。日の光が随分傾いて、橙色に世界を染め上げても帰りがたく、離れがたい。お互いに一般的にするべき行動を理解しているが、それより強い本音が片っ端から食べてしまう。武道が日向の手に触れる。小さな手は温かく、柔らかい。武道が視線を上げると日向も武道を見ていた。夕焼けのせいか、頬が僅かに赤みがかっている。どちらかともなく、顔を寄せ合う。触れ合う直前で、突如として扉が開かれた。武道と日向は慌てて距離を取る。もしかして、オレすごい邪魔してた、とマイキーが言うのを武道と日向は首を横にぷるぷると振る。武道は自分の顔が酷く熱く感じた。日向は僅かに俯いて、自分の手の甲を両頬に押し当てている。

「ヒナちゃん、おはよ。具合とか、どう?」
「おはよう、マイキーくん。……ほんとに区別がつかなくなっちゃった」

 困ったように笑う日向にマイキーはそうなんだ、と軽い口調で話す。武道は稀咲に日向が目覚めたことを言わないといけないことを思い出し、あ、と大きな声を出した。

「稀咲に言わないと、」
「ヒナちゃんも目を覚ましたし、じゃあとりあえず結婚式だな」

 マイキーが指を鳴らした。あっという間に武道と日向は部屋から礼拝堂へと移動していた。着ていた服も制服などではなく、燕尾服とドレスになっている。何が起こったのか一瞬解らなかった。

「物語の締めくくりは幸せなキスって決まってんだよな」
「……あの、マイキーくん。オレたちまだ年齢的に結婚出来ないけど」
「え? じゃー、今日は一回目の結婚式。次は皆呼んでやるか」

 マイキーが楽しみだなぁと子供みたいに無邪気に笑う。一体何回させるつもりなんだろうと武道は苦い笑みを含ませる。マイキーがもう一度指を鳴らすと神父の格好となった。大丈夫なんすか、と聞けばただの布だよと笑う。
 天井からひらひらと白い花弁が舞い落ちている。夕焼けに照らされて橙色になっていた。日向が来ている真っ白い筈のドレスも、橙色に染め上げられている。何処か現実離れしていながらも、綺麗だと思える。ティアラを付けた日向がはにかむ。白を基調としたブーケを持っていた。武道はあまりにも綺麗で、つい言葉を失う。どうかな、と日向が照れくさそうにに笑う。武道はとても綺麗だと、舌を縺れさせながらもどうにか言えた。

「えー、オッホン、」

 わざとらしくマイキーが咳払いをする。背表紙に何も書かれていない、分厚い本を開いた。汝、と口を中途半端にぱか、と開けたと思えばそのまま固まっている。少しして、ぱたんと本を閉じる。

「……じゃ、誓いのキスを」
「色々吹っ飛ばしてません!?」

 覚えてねェもん、とマイキーが唇を尖らせる。そうかもしれませんけど、と武道は苦笑いをした。ああでも悪魔だからそういう言葉も言えないのかも知れないなと予測を立てる。

「何だよ……あ、チューは未だだった?」
「そうじゃないけど、見せモンじゃないんで」

 突き放すように言って、武道はそっぽ向く。いくら何でも好きな人とのそういうことを見世物にはしたくない。そうなんだぁとマイキーは面白がっている声を出す。武道は踵を返した。早く稀咲の所に戻らないと、と日向に話しかけながら歩き出す。武道が歩くと日向もついて来る。何となくその歩き方に違和感を覚える。

「大丈夫?」
「あ、うん! ありがとう、平気だよ」

 ほら、と日向はドレスの裾を手繰り寄せる。日向の足を白いパンプスが包んでいる。幾らかヒールのあるそれは、起きたばかりの日向には歩きにくそうに見えた。武道は一瞬背負うべきかと思った。しかし日向はボリュームがそれなりにあるドレスを着ており、上手く背負うことが出来ないだろう。武道はいったんしゃがみ込む。ちょっとごめんと一言告げて日向を横抱きにした。日向が短く悲鳴を上げて、武道に抱き着く。日々マイキーや千冬と契約した二人の悪魔に手合わせや筋トレをしてもらっていたお陰で安定感がある。全然いける、と武道は密かに感動した。おお、とマイキーが嬉しそうな声を上げたが、聞こえない振りをする。

「あ、ごめん。足が痛そうに見えたから」

 直ぐ稀咲の所に行くから、と武道が言おうとした言葉は途中で途切れた。視界に白い花束が映る。鼻先に花のにおいが漂っている。頬に、柔らかな感触がする。ちゅ、と可愛らしいリップ音と共に柔らかなものが去っていった。武道はぽかんと口を開けて、日向を見る。日向は花が咲くような笑顔を浮かべる。僅かに目が涙で潤んでいた。

「これから、いっぱい二人で幸せになろうね」

 きっとこれから大変なことが沢山あるだろう。挫けたくなることも逃げたくなることも多々あるだろう。それでも武道は日向と二人なら乗り越えられると確信している。

「――もちろん!」

 武道は日向を落としてしまわないように抱え直す。日向も改めて武道の首に腕を回した。目が合い、二人とも笑みを零す。どんな運命でもかかって来いと強く思えた。

2023/10/10

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