ふかく永く愛を語る02

 鶴蝶が初めてイザナと名のる人間の子供に召喚されたとき、あんなにも目を背けたくなる程の魂があるのかと衝撃を受けた。あの子供の魂に縁やら縁と言って良いのか解らないものやらがべったりと纏わりついている。吐き気を催すほどだ。高潔な魂は大抵どの悪魔も価値をつけるが、イザナ程にぐちゃぐちゃとした魂は悪魔にとって価値があるかどうかは悪魔による。悪魔によれば、その魂を自身と同じ悪魔にした方が良いという者もいるだろう。そうすれば強い悪魔として生まれることができるからだ。鶴蝶自身は人間に捨てられた人間をただ普通の人間として生きて欲しいと思う。
 鶴蝶はイザナとは余りにも酷い条件で契約させられた。イザナの願いは、イザナの言うことを全てきくこと。それに対する報酬は必要最低限の精気を分けてもらうこと。人間が叶えられる範囲でという制約をつけたが、余りにもバランスが悪過ぎる。今の所無茶苦茶な願いを言うこともないが地球を爆発させてと言われたら実行するしかない。掃除を終えて契約をした後はイザナが言うことは特になく、鶴蝶が勝手に世話をしている。世話をすることが願いだったのかと思うが、恐ろしい願いが飛んできても困るので確かめようとは思えない。
 鶴蝶が喚び出されてから数日が経った。初めて出会ったときと比べて部屋もイザナ自身の身なりもそれなりに綺麗になった。ゴミや使わない物、使えそうにない物は捨てて、イザナを毎日風呂に入れた。イヌは初日だけ入れたが、ひと月に一度入れれば良いかと考えている。イザナは、鶴蝶がイヌに触ることも気にいらず、イヌも風呂に入ることを嫌がったために掃除や洗濯よりもかなりの労力を使ったのは別の話だ。身体や髪を何度か洗い、清潔なタオルで水分をとり、清潔な衣類に袖を通させた。イヌも薄汚い姿から柔らかな淡い金色の毛のイヌとなった。こんな色だったんだ、とイザナが少し驚いたように呟いていたのを覚えている。洗われてへとへととなったイヌは掃除し終えた所でべっちょりと溶けていた。寝床として使っている座布団はかなり綺麗に洗って乾かしたが、潰れた綿は元には戻らなかった。捨てて新しいのにするかと提案したが、イヌの寝床だから触るなと言われたので、そのままにしておく。
 鶴蝶はとりあえず食事を作り、イザナに与える。きっと胃腸も弱っているだろうからとお粥にしたら鶴蝶が思うよりも食べていた。ただ、同年代の子供と比べれば多くはない。イヌにドッグフードを与えたが、イヌは全く食べなかった。イザナが少しだけ残ったお粥をイヌに食べさせていたので、流石にそれは鶴蝶が止めた。家の中にはあまり食料品がない。賞味期限切れのパンはもう数える程しかない。袋タイプのインスタントラーメンを見付けたが、常に食べさせるわけにもいかないのでとりあえず置いておく。冷蔵庫の中身はほぼ空に近かったので中身を全て捨てた。
 そして鶴蝶は一つの問題に頭を悩ませる。
 金が無いのである。
 イザナの母が置いたらしい、千円札数枚と幾つかの小銭はあるが、いつ無くなるか気が気ではない。とはいえ、鶴蝶は攻撃に特化した悪魔であり、金を生み出す方法を知らない。鶴蝶自身が金を生むためにどうこうするよりも、他の悪魔を召喚した方がずっと効率的だ。鶴蝶が嘗て魔界にいたときに、金を作れそうな兄弟を思い描いたが、首を横に振る。見るに堪えない程のぐちゃぐちゃとした魂とはいえ、子供に契約させるのも気が引ける。やはり精気というのは人間が動くためのエネルギーだ。悪魔と人間の間で体を張る接触させれば精気のやりとりは出来る。契約していれば離れていても出来る。鶴蝶自身がイザナの非常食のような立場――悪魔たちの間ではタンクと呼ばれている――になれれば良かったが、そもそも分けて貰っている精気がとても少ないのでタンクにはなりたくてもなれない。鶴蝶がイザナに分け与えても問題ないようにするには他で魂や精気を得たほうがずっと早い。

「イザナ、どうやってオレを呼び出したんだ」
「知る訳ないだろ」

 イザナは不愉快そうに眉を潜めさせた。鶴蝶が買ってきたブラシでイヌの毛を梳いている。イヌは引っ張られた毛が痛かったのか、悲痛そうにヒャウンと一度鳴いたがされるがままだ。ブラッシングに忙しいのか、イザナはそれきり何も返さない。金が無いことを子供に言う訳にも行かず、鶴蝶は今日の夕飯と冷蔵庫に入っている食料品について考えることにする。そろそろお粥に鮭や鶏肉などを入れてやりたいが、冷蔵庫にそんなものはない。窓の外で飛んでいる鳩が鶴蝶の目に留まった。
 どさ、と重たい物が落ちる音がした。そちらを振り返ると、召喚された日にイザナが持っていた本が開いた状態で俯せになって落ちている。鶴蝶は変だと思った。本は全て書斎に置いている筈だ。イザナは本を拾ってそのページを見ている。イザナが口を開いた。その口から、本来人間では出せない筈の悪魔の言語を紡いでいる。前方に大きな魔方陣が複数重なった形で描かれていく。これは一度に複数の悪魔を喚び出すときに使うことが多いものだ。鶴蝶は愕然とその様子を見守るしかできない。どうして悪魔の言語を人間が話せるのか、どうしてその喚び出し方を知っているのか。
 そうこうしているうちにイザナは呪文を詠み終えた。魔方陣に二つの雷が落ちる。洗練されたスーツに身を纏った長身の男が二人並んでいた。イザナの足元にいるイヌがヒャウンと鳴いた。鶴蝶は守れとは言われていないために、イザナの後方で立っているだけだ。

「呼ばれて飛び出て」
「じゃじゃじゃじゃーん」

 気の抜けるような台詞に鶴蝶はこめかみあたりが痛んだ。良く知っている。この二人を良く知っている。頼りになるかも、いや、頼りになるのは間違いないががもう既に胃痛を覚える。
 なぁんだ子供かぁ、珍しいなと二人はくすくすと笑っている。ふとイザナの足元にいるイヌに視線をやった。

「あれ? 獅音ちゃん! 何処行ったと思ったらこんなとこにいたの」

 三つ編みをした悪魔がイヌをつつく。イヌはヒャウンと迷惑そうに鳴いた。あまりにもしつこく突いていたからか、イヌが悪魔の指に噛み付く。三つ編みをした悪魔はけたけたと笑っている。

「獅音センパイ人間界に来てたんすか? ……にしては今にも消えそうじゃないっすか」

 眼鏡をかけた悪魔がイヌの顔を両手で挟み、ぐにぐにといじっている。イヌはされるがままだ。イヌは嫌がっているが二人とも好きなように話している。時々二人で声を上げて笑っている。
 鶴蝶は終わったと思った。鶴蝶はその兄弟悪魔を良く知っている。楽しいことが好きな悪魔らしい性格の悪魔たちだ。だが、今日に限って珍しくその兄弟悪魔に同情した。
 イヌはイザナが自分の物だと思っているものだ。また、身を以て知ったが、イザナは他人にテリトリーを踏み荒らされるのをとても嫌っている。数日しか過ごしていないが、相変わらず鶴蝶がイザナの所有物であるイヌを触ることを決して許してくれない。部屋を散らかした結果が今の自分なのだから、二人の悪魔の行く末が鶴蝶には鮮やかに見えた。気の毒に、と思う間もなくイザナは二人の悪魔に飛んでいったのだった。

2023/10/03

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