ふかく永く愛を語る03

 イザナは蘭と竜胆を鶴蝶と同じように最低の条件で契約成立させた。蘭と竜胆のおかげで金には困らないようになった。だが問題が解決しても新しい問題は次々と出て来るのである。イザナは本来であれば学校に通い、義務教育を受けるべきである。しかし鶴蝶が家のどこを見てもそんな痕跡はない。本屋でドリル等を買ってみようと思ったが、人間界で施されている教育を教えれる人もとい悪魔もいないのだ。当てが無い訳では無いが、自分と同じような目に遭わせたいとは思わない。何の報酬もなく見知らぬ誰かのためにはたらくなんて守護神以外の種族は誰もしたくない。
 イザナは殆ど書斎でイヌと過ごしていた。書物を読むことには興味があるのか漢字辞典とその引き方、国語辞典を与えれば寝食すらも忘れて没頭している。そう言えばあのイヌを、蘭と竜胆は獅音だと呼んでいたなと思い出す。鶴蝶の知る獅音は悪魔だった。片方はスキンヘッドにし、それなりに長さのある髪を反対側に流していた悪魔。灰谷兄弟に遊ばれているのをよく見た記憶がある。鶴蝶の中でどうもあのイヌと獅音がイコールで結びつかない。
 鶴蝶、と名前を呼ばれ、振り返ると蘭が厚みのある封筒を差し出していた。今日の分ねとにこやかに話す。鶴蝶は蘭と竜胆がどうやって金を稼いでいるのかは知らない。イザナに迷惑はかけないよと話していたので、放っている。ありがとう、助かると礼を言いながら厚みのある封筒を受け取る。獅音も大変だよねぇと蘭が冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。度々蘭と竜胆が持って帰ってくるが、飲むのは大抵その二人だ。ぱき、とプルタブを起こして蓋を開けて飲んでいる。

「……あのイヌが獅音、とは?」
「あれ、知らなかったの? オレら悪魔ってピンチになるか動きたくないときって所謂省エネモードになるじゃん。ああいう犬とか猫みたいな……人間じゃない姿って楽じゃん」

 初めて聞くことに鶴蝶の頭上に疑問符が浮かび上がる。今まで蘭の言う省エネモードになったことがない。そうなのか、と首を傾げると蘭は口を開けて笑う。

「うーん、まあ鶴蝶はオレたちの中じゃ若いし探索能力ゼロだもんね」

 鶴蝶は反論も出来ず言葉を詰まらせた。悪魔とて得手不得手がある。鶴蝶は戦闘についてはトップクラスではあるが、探索能力や何かの補助については他の悪魔を探した方がずっと良い。そのうち慣れるよと蘭は穏やかに言う。

「じゃあ、どうして獅音がここに?」
「さぁ? どっか行って帰って来なかったからどうしたのかなぁって思ったけど、こんな風になっちゃって。まあ消えてなくて良かったぁ……って竜胆が言ってた」

 蘭も竜胆もどうしてこうなっているかは解らないらしい。そうかと鶴蝶は相槌を打つ。世の中には解らないことの方がずっと多い。それよりも目の前にある問題の方が重要だと鶴蝶はひっそりと溜息を吐く。

「で、今度は何に悩んでんの? お兄ちゃんが聞くだけ聞いてあげよう」

 薄く笑い、両手を広げる蘭の姿は胡散臭い伝道師のように見えた。素直に言っても良いのか、と迷ったが、何か妙案を出してもらえるかもしれないと鶴蝶は口を開く。

「イザナが人間界で馴染めるように教育を受けさせたいと思っているんだが、この面子じゃ厳しいなと」
「あはは、オレはやだ。竜胆もまぁ無理だろうし鶴蝶は良くて体育くらいっしょ」

 やはりそうなるよなと少し肩を落とした。お手本のような悪魔と評される快楽主義的な側面の強い蘭に最初からそんなに大きな期待はしていない。

「そう言えばイザナの願いって何? 聞いたことある?」
「……最初の願いは、身寄りのない子たちを集めた国を作りたい、だった。オレは無理だと返した。昔なら出来たんだろうが、現代では例え綺麗な魂を幾つか貰っても足りなさ過ぎる」
「鶴蝶は正しいよ。今の時代だと理を大分歪めるから国を作るのは無理。でも、身寄りのない子たちを救う方法なら他にもあるんでー、そこから責めていこ」

 蘭がコーヒーを飲み干す。そうしたら勉強したいと思えるんじゃないかなぁと笑う。鶴蝶は安堵感からほ、と息を吐いた。やはり自分よりも年上で悪魔としての経験も豊富だ。やはりそう言った悩みごとの解決は慣れているのだろう。頼りになるなと評価を改める。

「で? キョーイクの件だっけ。センセイに相応しい悪魔呼ぼうよ。当てある? オレはある」

 鶴蝶は即座に前言撤回した。言うんじゃなかったと心底後悔もする。ついでに言うなら蘭が言う二人が鶴蝶の知っている悪魔であれば、面倒見が良いだけで、先生となるに相応しいかどうかは別だ。面白がっているのだろうと思った。善は急げと楽し気に歌う蘭は書庫へと向かった。鶴蝶はその背中を追いかける。
 イザナは相変わらず寝ている獅音を膝の上に載せて本を読んでいる。蘭がしゃがみ込み、イザナと視線を合わせる。イザナがちらりと蘭に視線をやる。蘭は願いことを聞き出している。

「んー、オレたちじゃあ直ぐにはイザナの国はやれない。でも、イザナが沢山勉強すれば国、あるいはそれに準ずるもの、あるいは目的を果たすための手段を得ることは出来るよ」
「手短に言え」
「勉強して賢くなって、願いを叶えたくない? それのサポートならオレらはできるよ」

 イザナが顔を上げる。獅音が何か訴えているがイザナには届かない。何を求めている、とイザナが尋ねる。蘭がチェシャ猫のように口許に三日月を作る。

「そのためには、オレらじゃ難しいから新しい悪魔を呼んで欲しいんだよね」
「オマエが呼べ。あとはオレがする」

 そう言うと思ったぁ、と蘭が溜息交じりに言う。立ち上がり、竜胆を手招きする。竜胆は嫌そうな顔をしたが、逆らうことはしない。鶴蝶は二人係りの召喚術は初めて見る。蘭が悪魔の言葉をぶつぶつと呟き、術式の展開をする。恐らく竜胆がそのサポートになるのだろう。少し離れた所に魔法陣が幾つか浮かび上がっている。時計のような長針と短針がなめらかに反時計回りに動いている。暫くして、鶴蝶が思い当たった二人の悪魔が引き摺り出された。瞬間にイザナが飛んだ。手助けをしろの命令はされていないが、体格のかなり良い二人を相手に、とはらはらとする。

「ムーチョとモッチーの顔見た? めっちゃウケる」

 竜胆の言葉を聞いて、大丈夫そうだなと鶴蝶は漸く初めて気付いた。
 武藤と望月と、やはり気の毒だと思えるような契約をして暫く経つ。武藤が主に人間の教育を教えており、イザナの成長が喜ばしいと話していた。三時になると全員集まっておやつを食べるようになったのも、いつからだろうかと思う。イザナもいつの間にか書庫ではなくリビングにいることが多くなった。

「そういや何で獅音センパイっていつまでもその姿なんすか」

 イザナの膝の上に乗せられた獅音を全員が見る。言われてみれば、人型の姿を見たことが無い。そういう命令でもされてんの、と竜胆が聞けばイザナはした覚えがないと返す。

「……もしかしたら獅音は契約していないんじゃないか、イザナと」

 武藤の言葉に獅音以外の全員が固まった。獅音だけはすぴすぴと平和そうに寝息を立てている。てっきり獅音はもう既に契約しているかと思っていた。おい、とイザナが獅音の頭をぺちんと叩く。毛玉がびくっと跳ねてきょときょとと辺りを見渡している。

「何でオレと契約をしない?」

 少しの沈黙の後、ヒュウン、と獅音が鳴く。悪魔たちは解るが人間であるイザナには何と言っているか意思疎通ができない。

「……悪魔と契約するには双方の同意が必要だ。獅音がしたくない意思があるのならば契約はできない」

 武藤が獅音の代わりに説明をする。イザナが怒りを表情に乗せる。そもそも、と武藤が強い口調でイザナの注意を獅音から逸らせる。

「人間は複数の悪魔と契約するべきではない。その分精気が失われる」

 イザナは子供だから、猶更そうだと告げる。イザナは拳をぎゅっと握り、突然立ち上がった。獅音が床にべちょんと落ちる。イザナは何処かへ走ってしまった。獅音がついて行こうとしたが、蘭が獅音を抱き上げる。ヒャンと寂しい声を出したがイザナは振り返らなかった。しょんぼりと獅音の尻尾が垂れ下がる。蘭はそのまま獅音を竜胆に押し付けた。ひゅうんと寂しそうな声を出して獅音はまたうとうとと眠り出す。

「ウチの大将ったらまだまだ子供だよねぇ」

 拗ねちゃった子供はほっといた方が良いよね、と蘭がクッキーを食べながら笑う。

「悪魔になったら良いのに」
「悪魔に、だと」

 鶴蝶は思わず声を上げた。人間が悪魔になれないことはない。だが、鶴蝶はイザナは人間の儘生きるべきだと思う。悪魔になんかなるもんじゃないと様々な感情を押し殺して言えば、ひっでぇとあまり気にしていない口調で蘭は笑う。

「オレは兄貴に賛成ー。大将が悪魔になったら、きっとすっごい強くなるよ」

 手をひらりと上げて話したのは竜胆だった。ムーチョはどう思う、と言われて武藤は少し考える素振りをする。

「オレは反対だ。だがイザナが分別を付けれるようになり、それでも悪魔になるというならそれに従う。望月はどうだ?」
「オレは賛成だな。ん……獅音は反対か」

 いつの間にか起きていた獅音が手足をばたばたとさせる。竜胆は薄い腹に手をやり、地面から少しだけ浮かせてやる。そのせいで獅音はちっとも前に進めない。不服そうに何度かヒャンヒャンと鳴いた。竜胆はそのまま立ち上がり、高い高いをするように掲げる。

「あーあ、獅音センパイも人型になったら良いのに。そしたら大将と意思疎通しやすいじゃん。タンク? いやーそれは無理っしょ」

 獅音をボールのようにぽんぽんと上に押し上げては一瞬だけ手を離す。もうやめとけ、怖がっていると武藤が告げた瞬間、扉が開いた。人一人分通れるほどの隙間に先ほど出て行ったばかりのイザナが立っている。

「あ、」

 思わず落とした声がいくつか重なる。やっべ、と竜胆が隠しもせずに慌てる。獅音だけはイザナが戻って来たことが嬉しいのか、嬉しそうに尻尾を振っていた。扉の隙間から、研ぎ澄まされた殺意が鮮やかな暴力の形をして風と共に颯爽と入り込む。鶴蝶は咄嗟の判断で竜胆の手から獅音を抜き取った。

2023/10/07

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