ふかく永く愛を語る

 あれから獅音は人型の姿で生活できるくらいの精気を、蘭と竜胆を介して分けて貰っている。鶴蝶のような家事も出来ず、蘭と竜胆のように金に繋がることも出来ず、武藤や望月のように面倒を看ることも何かを作ることもできない。完全にお荷物だ。前の犬のような姿でも出来ることは殆ど無かったが、分けられる精気が多い分、余計にそう思わされる。それでもイザナは獅音を追い出すことをしなかった。
 傷がある程度癒えるまで獅音はずっと眠っていた。起きたときに誰も使っていなかった部屋で目を覚ました。そこに置いていたカレンダーがあの日から半月ほど経過していることを告げていた。起きたときにたまたま様子を見に来た望月に、イザナに礼を言えよと言われていた。だが、獅音はイザナが来訪する度に獅音は寝た振りをしてやり過ごしていたのだった。何の役にも立たないのは十分に知っている。本人から出て行けと言われたらいよいよ立ち直れないので、イザナと顔を合わしたくなかった。度々様子を見に来た蘭と竜胆とは会話をした。その折にどういった契約をしたのかと尋ねたが、教えてくれなかった。
 それなりに元気に歩き回れるようになって、初めて獅音は与えられていた部屋から出た。自ら出て行くと言ったほうがまだダメージは少ないだろうと思っての行動だった。初めてイザナに拾って貰ったときからずっと使っている、色褪せてぺちゃんこの座布団がないとどうも落ち着かないのでそれだけ貰えないかなとも思う。蘭が捨てて新しい物にしたらと言っていたが獅音はそうしなかった。時々鶴蝶が手洗いして干しているのを知っている。あのぺちゃんこの座布団はきっと自身がいなくなれば御役御免となるはずだ。
 窓の外を見ると、それなりに手入れされた庭が見える。名前も知らない花が咲いていた。確か春めいた頃に咲くもんだっけ、と今よりずっと低い視線でいたころの記憶を撫でる。
 獅音はイザナが普段いる書庫に向かう。扉を叩いて返事を待つ。いないのかな、とドアを開けるとイザナはアンティークのカウチに座っていた。イザナは視線を上げることもせず、何か真剣な顔をして書類を読んでいる。獅音はおずおずと中に入る。心臓が今からでも出ていきそうだ。カウチの上に、不釣り合いなほどボロボロの座布団が置いてある。獅音はそれをそっと取って、部屋の奥へ移動した。イヌと呼ばれていた頃、ぺちゃんこの座布団はそこが定位置だった。
 獅音はその上で膝を抱えて座る。獅音は前方のソファに座っているイザナの後頭部を見る。

「イザナ、大事な話があるんだけど」

 ソファに座っているイザナが緩慢とした動作で振り返り、獅音へ顔を向けた。手に持っている書類は何か色々書いている。獅音はどういった書類なのか解らない。そういえば何か会社を立ち上げるって言ってたっけとぼんやりとした記憶を撫でる。とうとう夢を叶えるための一歩を踏み出したのだろう。
 獅音は口を中途半端に開いて、固まる。何と言えば良いのか解らない。けれど説明をしなければイザナは悪魔ではないから理解が出来ない。

「……オレよりも蘭たちのほうが、出来る事がずっと多いだろ」

 まるで拗ねた子供のような話し方だった。結論に至るまでの過程を説明していく。少なくとも獅音自身は人型で十分に生活を送れるくらいの元気はある。その精気の元はイザナであるから、自分を含めた六人分の悪魔が十分元気にいられるための精気を渡している筈だ。普段と変わらない顔をしているが、何かしらの不調はあるに違いない。可能であれば獅音は直ぐにでもイザナの元から離れなければならない。だが、イザナと蘭たちとの間にある契約のせいで獅音はイザナから離れられない。直接外に出たことはないが、何となくそんな気配がする。恐らく、家を背中に走り続けていてもいつかは家に到達するのだろう。それを解除してもらわないと、獅音はイザナの元から去ることができない。
 だから、と口を開いた瞬間、高級そうなクッションが獅音の顔に勢い良く飛び込んできた。ぶ、と間の抜けた声が出て、クッションが下に落ちる。不愉快そうな顔をしたイザナが獅音を睨み付けている。怒っているときの顔だ。獅音が犬のような姿だったら尻尾は力なく項垂れ後ろ足に挟み込んで震えていただろう。獅音は身体を固くした。ごくりと唾を呑み込む。イザナが舌打ちを鋭く打った。びく、と肩を跳ねさせた。

「駄犬がぐちゃぐちゃと馬鹿みてぇに悩むんじゃねぇ。労力と時間の無駄だ」

 イザナのいう言葉は理解できる。馬鹿の考え、というやつだろう。うぅん、と獅音は唸るような声を出した。言いたい言葉が喉元でわあわあと叫び合うせいで、何一つ音にならない。
 イザナが座れと命令する。獅音は投げつけられたクッションと座っていた座布団を手に、イザナの側に来た。イザナが自身の隣をばしんと一回叩いたので大人しくそこに座る。元々ぺちゃんこの座布団が置いてあった場所だ。イザナが書類に何かサインをしている。定款と書かれた冊子だ。生憎獅音はどういった効力のあるものかは解らない。ただ、人間界で使う書類なんだろうなとしか思わなかった。

「獅音、オレと契約しろ。勝手にオレの側から離れるな」

 契約をするには他に報酬と期間が必要であることをイザナは知っている筈だ。タンクにもなれず、自身ができることは周りの悪魔たちのほうがずっと効率よくできる。命令した内容を反芻する。
 獅音はぱちぱちと瞬きをした。契約することによるイザナが得られる利益が見当たらない。物凄く気の利く悪魔であれば、プロの執事並みの働きを期待できるだろう。だが、獅音は普通の悪魔であった。後輩に色々世話を焼くことはあるが、プロの執事並みの働きは当然期待できない。仕事の出来だって、ものに寄ればイザナ自身がした方が良い物だってある。報酬として精気を分け与えることでも、場合によって過不足になってしまう。しかも仕事が出来る悪魔がそれなりにいるので、イザナにとって総合で見れば利益になるかもしれないが、単体で見たときに損失になる可能性の方が十分に高い。従ってそんな契約などしない方がマシだ。獅音のことを知る悪魔だって、少し知識のあるエクソシストだって口々に言うだろう。

「オレ、できること少ねぇけど、」
「うるせぇ。テメェの飼い主は誰だ」

 イザナが書類に印鑑を押し、クリアファイルに入れた。それを封筒に入れて紐で括っている。それを机の上に置いて、獅音の方を向いた。
 んん、と獅音は唇をもごもごと動かす。そう聞かれるとイザナだと答えるしかない。いや、でも今は間に蘭や竜胆がいるしな、とぼんやりと別のことを考えた。
 側にいるなら犬の姿の方が良いか、とどうにもならない質問をする。イザナは小さく笑って、バカかと吐き捨てた。言葉こそは何処までも突き放すように鋭いが、いつもブラシをしていたときの柔らかな顔をしている。イザナの手が差し伸べられ、獅音は身を固くした。イザナの手がすい、と柔らかな金の髪を梳く。撫でられているときと同じ手付きだ。
 窓の外では蒼天が広がっている。春の足音はもうあちこちに聞こえている。やがてこの古びた家にも暖かな春が舞い込むのだろう。
2023/10/13

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