おいでここまで02

 人入りがそれなりにあるファストフード店にて、三ツ谷は彼女と一緒にお茶をしていた。小さくて石鹸のような匂いがする、可愛らしい女の子。ほんの少しだけ吊り目っぽい目付きが、ちょっとだけ目立つ八重歯が良いなと思って付き合った。他校の生徒であるために、頻繫に会うことはできない。それでも最初のうちは楽しかった。ちょっとしたことで笑う彼女を見ていたいと思っていた。そう、最初のうちは。
 いつものことだが、回数を重ねることに三ツ谷の情熱は急激に冷めていく。先日とうとう場地たちから日替わりランチと揶揄された。流石に日替わりではないが、それに近いことはしている自覚はある。お陰で、というべきか乾や九井は三ツ谷を見れば睨みつけるし、柚葉についてはその点において目の敵としている。ついでに言うと同じ手芸部の安田にも、部長は尊敬しますが知人には絶対近付かないでほしいと言われてしまったことさえある。仰る通りとしか頷けない。仮に妹のルナやマナにそういう男が近付いて来たら三ツ谷はほぼ間違いなくその男と話をする前に殴りつけてしまう自信しかない。
 殆ど氷が融けた、炭酸も抜けて薄いコーラをストローでがしがしと突きながら、彼女の詰まらない話に相槌を打つ。大寿ちゃんが誤解していなければ良いけどなぁとデート中であるのに意識は外側へ向かっていく。
 大寿とは、三ツ谷の弟分である八戒の姉である。女でありながら十代目黒龍総長であった彼女は現在東京卍會漆番隊隊長だ。副隊長は存在しないが、黒龍の時に特攻隊長だった乾と親衛隊長だった九井が常に彼女の側にいる。どちらかが副隊長になるのだろうと思っていたが、どちらもが副隊長になると主張して争った為に大寿が要らないとしたのだった。乾と九井は副隊長でもないのに隊長と副隊長しか集めていない会議にもいるが、龍宮寺が諦めたので全員放置している。これは元天竺であった捌番隊にも言えることだが。彼女は敬虔なクリスチャンであり、自らの目標の為なら粛々と走り続けている。頭もスタイルも良く、顔立ちもきつい印象を与えるが整っており、何よりも妹と弟を大事にしている。また人の心を掴むのが上手く、彼女を慕う人は多い。凄いよなぁと素直に三ツ谷は思える。それなりに彼女と二人で遊びに行くことがあり、また、家族ぐるみで遊ぶことも多く、柴家の小さなことから大きなことまでの事情は全て八戒から筒抜けであるが、その度に何かしらの驚きを得ることもある。例えば先日での水族館にあるホオジロザメが悠々と泳ぐ大きな水槽の前で、何かの会話をしたときに彼女はサメになりたいと言っていた。人心掌握に長け、怖いものも苦手なものも無い、何処か大人びている大寿がそう言ったのだ。三ツ谷は思わず自身の胸元に手を当てて呻いた。大寿は不審そうなものを見る目をしていたが、三ツ谷の心臓は一回り二回りも縮んだ。そのせいで他にどんな会話をしたのか余り記憶にない。そんな彼女をもしも射止める人がいるなら、どんな人か見てみたい気もする。同時にまず弟である八戒が泣いて許さなさそうだなとも思った。
 ねぇ、聞いてるの、と彼女が拗ねたような声を出す。聞いてる聞いてると雑に返事をしながらほぼ水となったコーラを飲み干す。もうそろそろ潮時かなと三ツ谷はぼんやりと思った。数回目のデートは、彼女はそれなりに楽しそうではあるが三ツ谷は全く楽しくない。どうしても昔からつるんでいる友達や仲間たちといる方がずっと楽しくて気が楽だ。明日くらいにでも別れを告げるかと思いながら、席を立つ。
 出口に向かう途中の席に柔らかそうな明るい茶色の髪と見慣れた坊主頭が視界に入った。聞き覚えのある声に視線をついやってしまう。他愛ないことを話しながら八戒がハンバーガーを咀嚼している。柚葉は紅茶を飲みながら話を聞いているようだった。三ツ谷の視線に気付いたのか、柚葉の少し吊り気味の蜂蜜色をした目が三ツ谷を見る。直後、僅かに見開かれた。

「あれ? 柚葉」

 先に声を掛けたのは彼女だった。三ツ谷は戸惑った。二人はどうやらそれなりに親しい仲らしい。
 奇遇だね、と彼女が柚葉に近寄る。柚葉は戸惑った顔で、彼女と三ツ谷を交互に見る。八戒が明るい声で、タカちゃんだぁとはしゃいでいる。三ツ谷はいたたまれない気持ちになった。出来ることならこの場から走り去りたい。そもそもこのファストフード店に入ったことも後悔している。涼しい店内の筈なのに冷たい汗が背筋を流れた。

「ねえ、シオリ。三ツ谷と知り合い?」

 その言葉に三ツ谷は思わず苦笑を零した。殆ど解ってるくせにと思ったが言わないでいる。えっ言わなかったっけ、と彼女が驚いたような声を出す。

「私たち、付き合ってるの」

 金色の目が、彼女の姉とそっくりになった。
 あのあと柚葉は彼女を帰し、三ツ谷は柚葉たちの家へと連行された。三ツ谷は抵抗せずに大人しく従った。彼女と八戒は訳が分からないと言ったような顔をしていた。八戒は眉尻が下がり、何でぇ、と泣きの入った声まで出る始末だ。
 リビングで三ツ谷はテレビを後ろに正座した。テーブルを挟んで柚葉がソファに座らずに仁王立ちしている。三ツ谷はその柚葉の顔や態度を見て、大寿ちゃんと似てるな、なんてことを考えた。大寿と柚葉は姉妹なのでよく似ていると思うのは当然なのだろうけれど。

「アタシのダチと身内はマジでヤメロつったじゃん」

 怒りを押し込めた何処までも冷たい声は三ツ谷を突き放す。三ツ谷は正座をしたまま、平謝りするしか出来ない。

「ごめん、わざとじゃなかったんだって。ホント」

 柚葉の友達と知っていたら付き合わなかった。これは本当だ。知らなかったじゃ済まないんだってのと柚葉はご立腹だ。大寿が怒っているときのように、もしかしたらそれよりも迫力がある。何だかんだ大寿は自身の力が強いことを知っているので加減が出来るのだろうけれども、柚葉はそうでもない。

「柚葉ぁ、タカちゃんが可哀想だよ」
「八戒、アンタは黙ってて」

 珍しく八戒にぴしゃりと言い放つ。八戒は塩をかけられた葉物みたいにしおしおとしょぼくれている。

「二度目はないから」

 あったら困ると三ツ谷は素直に思う。知り合いとの仲を目茶苦茶にしたい訳じゃないので、三ツ谷自身ももう二度とごめんだと強く思う。
 座りなよと柚葉に言われてソファに座る。慣れない正座をそれなりにしていたからか、足裏がじんと痺れる。

「シオリのこと、ぶっちゃけどうなの?」
「んー、明日にでも別れようかなって思ってた」

 あっさりと言えば柚葉は口をぽかんと開いた。直ぐに顔を顰めさせて、サイテーとじっとりと睨み付ける。しょうがないじゃんと三ツ谷は返す。メールを立ち上げ彼女へ新規メールを作成する。慣れた手付きで別れを告げる文章を作成し、送るのは明日だと下書きに保存した。

「三ツ谷は本気で誰かと付き合いたいと思ってんの?」

 柚葉が投げた質問に三ツ谷は即座に頷けなかった。誰かと付き合いたいから、そうしてるんじゃないのと逆に尋ねたい。けれどそれを言ったところで柚葉は納得しないだろう。
 ふと着信メロディが響く。柚葉がぱっと携帯を取る。画面を見て、僅かに顔を歪めさせる。

「今から大寿来るけど、すぐ帰るって」
「えーっ、折角さぁ……」

 八戒が不機嫌そうに眉をきゅっと潜めさせる。仕方ないじゃんと柚葉が言いながらメールの返信をしている。八戒に聞けば、今日の買い物で三人分のケーキを買ったらしい。じゃんけんで選ぼうって柚葉と話してたと八戒が残念そうに言う。持って帰って貰えば、と言えばそうする、と寂しそうに唇を尖らせた。そう思えば、八戒は悪戯っぽく笑って、タカちゃんが食べる? と尋ねられた。本来ならば大寿の分のケーキであるので丁寧にお断りする。
 そろそろ帰らねぇと、と立ち上がる。柚葉がもう帰るの? と尋ねた。

「ん、帰るワ。ご飯の支度あるし」

 そっか、と柚葉が言う。えーっと八戒が声を上げた。また今度なと三ツ谷は手をひらひらと振ってリビングを出る。柚葉と八戒が見送りのために三ツ谷の後を追う。三ツ谷が玄関を開ける前に扉がひとりでに開いた。扉を先に開いたのは乾だ。乾とその後ろに立っている九井も三ツ谷を見て驚いている。そういえば、と三ツ谷は柚葉と八戒の会話を思い出した。大寿が直ぐに帰ると言ったなら、この二人がいるのも頷ける。三人は大抵一緒にいる程度には仲良く見える。

「何でテメェがいるんだ」

 乾が目の敵と言わんばかりに噛み付く。蟀谷に青筋が浮かんでいるのを見て、本当に短気だよなと他人事のように考える。ちょっと色々あってさ、と言えば乾に舌打ちをされた。二人は、と三ツ谷が尋ねると大寿の荷物を取りに来た、と九井が返す。荷物、と三ツ谷が尋ねると柚葉が玄関の脇を示す。小さな段ボールに何か入っているのだろう。それを乾が持ち上げる。
 後ろから大寿がやって来て、三ツ谷を見た。乾と九井に上がれと声をかけている。二人は三ツ谷のことを気にしていたようだが、大人しく大寿の言葉に従った。

「何か珍しいね、大寿ちゃんが此処に来るのって」
「荷物を取りに来ただけだ」

 柚葉や八戒が住んでいる家は日中であれば家政婦がいるが、大寿の住んでいる家にはニ、三日に一度の頻度で来ているらしい。そのために大寿が一人暮らしをしている所よりも実家の方が便が良い。ただ届くのが今日なら向こうでも良かったなと大寿が少し不満そうに言う。中身を尋ねると、バイクのパーツだと答えた。乾がカスタマイズするんだと、と何処か他人事のように言う。乾がバイクをいじることが好きだから好きにさせているのだろうと三ツ谷は即座に理解した。

「その後にイヌピーくんたちと飯?」
「ああ。三ツ谷……は、飯の支度か」

 大寿がはたと気付いた顔をする。当たり、と三ツ谷は笑った。

「飯はまた誘ってよ。あ、メールしとくからまた返事して」
「解った。バイク、あるのか? 送ろうか?」
「いや、無いけど。近いしスーパーに歩いて行くから平気」

 そうか、と大寿は言う。八戒が、タカちゃんバイバイと手を振り、姉貴のケーキあるんだよと大寿の手を引く。

「じゃあ、またメールだけよろしく」
「ああ、気を付けてな」

 三ツ谷は玄関を越えて手を振る。上がり框にいる乾と九井が三ツ谷を睨みつけているのが少し愉快だった。

2023/10/16

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