おいでここまで04

「ってなワケで、三ツ谷くんの好みってそこそこ解りやすいなーって場地さんと一虎クンと話してたんだよ」
「へぇーそうなんだ……」

 集会前に武道は半ばげんなりとしながらも千冬の話を聞いていた。話題はなぜか三ツ谷の好みのタイプについてである。正直この関係の話は兄貴分だと慕ってやまない八戒と、なぜか――その理由は武道は何となく解るような気がする――三ツ谷を目の敵にしている乾、九井の三人が主に荒れるのであまり聞きたくない。学校なら八戒だけだからまだ良いけれども、集会場は三人ともいる。
 武道は場地と一虎の姿を探した。千冬は尊敬してやまない場地と、千冬曰く面倒を看てやっている一虎との三人でつるんでいる。生憎というべきか二人とも林たちと大いに盛り上がっている。ぎゃはーっと声を上げて笑う様子は外から見てもとても楽しそうで、武道は幾つか前の世界線を思い出しては良かったなぁと胸を温かくさせる。
 場地と千冬は壱番隊であり、三ツ谷は弐番隊だ。場地と三ツ谷は元々創立時のメンバーだったこともあり、二人が隣に並べば楽しげに会話をする。また、肆番隊であるが一虎は大抵壱番隊列の場地の後ろにいた。一虎も創立時のメンバーなのでその会話は楽しそうに加わる。更に一虎の後ろには千冬が、三ツ谷の後ろには八戒がいる。そんな訳で五人はそのときに色々な会話をしているのだろう。武道は総長代理として万次郎や稀咲たちといることもあるが、集会のときに学校の先生のように隊員の話を聞いたり様子を見たりしている。大抵五人は楽しげに、たまに八戒が泣き喚いている記憶はある。大抵八戒が泣くときは彼の兄貴分である三ツ谷のことか彼の姉である大寿のことか将又両方についてのことだ。最近割と頻繫に武道に泣きつくるので、専ら話題が両方のことなのだろうな、と武道は推測する。
 場地は基本的に仲間を疑うことはしない。そのために軽い気持ちでペロッとついた本当とは言い難いことが彼の中では真実となってしまう。場地の中にある真実は千冬にとっても真実だ。少しは疑ったり否定したりして欲しいと武道は思うが、千冬は場地に対しては全て肯定してしまう。これは三ツ谷に対する八戒の態度も大抵そうだ。一虎はというと、基本的に自分たちにとって何かしらの害があるなら訂正するが、そうでないことは肯定も否定もせずに放置している。嫌味を言うことはあるみたいだが、生憎場地たちには通じていない。そういう訳で壱番隊の中で思いがけない話が真実として生まれ、余所の隊に流れることが多い。

「それでさぁオレ、気付いたんだよな」

 ふふん、と何処か得意げに千冬が笑う。あっ、と武道は声を上げた。嫌な予感が親しい友人のように武道に駆け寄り側で微笑みかけている。武道は携帯で時間をちらりと確認した。生憎集会まで時間は少しある。

「やめよう、千冬。それ誰か聞いたらホント、大変なことになる」
「えー! とめるなよ相棒」

 いやいやいやと武道は首を横に振る。もうやめようよぉ、と八戒がいたら多分泣きに入っていただろう、八戒が武道自身と同じ考えに至るかどうか全く解らないが。得意そうな顔で千冬は言葉を続ける。三ツ谷くんってスタイルがよくて賢くって気の強い人が好きっぽいじゃんと楽し気に話しているのを、武道は己の耳と千冬の口を塞ぎたい気持ちでいっぱいだ。千冬の涼し気な青い目がきらりと輝く。

「三ツ谷くんに大寿ちゃん、ぴったりじゃね? って」

 直後にぱき、と小枝が折れる音がした。武道は弾かれたように振り返る。三ツ谷がこちらを向いて立っていた。

「あっ……三ツ谷くん」

 武道の汗腺という汗腺から汗が流れ落ちる。挨拶を交わしながら武道は気が気でなかった。三ツ谷はいつもようににこりと笑っている。マイキー見なかった、と尋ねられ、武道は首を何度も横に振る。恐らくほぼいつものように遅れているかもと伝えると、そっかぁ、と然程残念そうでもない声で返される。

「で、何が大寿ちゃんにぴったりって?」

 三ツ谷の言葉に武道は終わったと頭を抱えたくなった。やはりその場にいない人のことを面白可笑しく話題にするものではない。しかしながら三ツ谷の話し方からして、もしかして最初の方は聞こえてなかったかもしれない。それならば余計な波紋を生み出さずにその場をやり過ごしたい。この間カンマ数秒の出来事である。

「いっ、いや! 千冬との話で、ええと、」
「三ツ谷くんの好みのタイプの話っすよ!」
「……オレの?」

 武道の思惑は千冬が全て華麗に跡形もなく吹っ飛ばした。武道は普段計画を立てる、頼れる参謀を思い浮かべた。抗争のときに幾つかの計画を立てるも大抵それを味方である筈の東京卍會のメンバーが滅茶苦茶にして最後には大乱闘となっている。計画も人も思い通りにならないことの方が圧倒的に多いと稀咲は語った。武道は稀咲のものと比べるとほんの僅かな規模でしか経験していないが、確かにその通りだと思う。
 三ツ谷が目を丸くする。武道は自身のこめかみ辺りに何か大きなものが通ろうとしているような痛みを覚えた。千冬は横にいる相棒の様子に全く気づかないのか目に入っていないのか話を続けている。武道はこの相棒の口を止める術を知らない。マイキーくんなら、と思いかけてやめた。マイキーくんはマイキーくんでオレはオレと考え直す。出来ることならこの場から立ち去りたかった。なるほどねと三ツ谷が話の流れを理解したような反応を示す。
 千冬ぅ、と場地が千冬を呼ぶ声が聞こえる。千冬ははぁいと返事をして、場地さんが呼んでるからとさっさと行ってしまった。置いて行くなと武道は言いたかった。出来ることならその場から武道も去りたかった。いや、三ツ谷がさっさと去ってくれても良い。結局武道も三ツ谷もその場に残ってしまった。それじゃあ、とぎこちなく武道が口を開こうとする前に、三ツ谷が口を開いた。

「タケミっちはどう思う?」
「オッ、オレですか!?」

 一番避けたかった未来が武道を背後から殴り付けた。お陰で変に過敏に反応してしまった。大寿ちゃんのこと、とにこやかな雰囲気で聞かれて武道は思わず目を閉じて空を仰ぐ。何と答えれば正解なのか解らない、いやオレにはヒナしかいない。そう思いながらも武道は口を開く。

「オレにはヒナがいるんで!」
「じゃあ一般的にどう思う?」

 心底帰りたいと思った。まだ集会は始まってすらもいない。

「イッパン、テキに……?」

 ぎこちなく話す武道に、一般的にと三ツ谷は頷く。悲しいかな、力関係というものはある程度は先輩後輩の関係に影響しており中身の年齢ではなく外側の年齢で判断される。年功序列なんてクソだと喚く人の心境が理解できるようなできないような気持ちだ。えぇ……と武道は考えるような素振りをする。普段の大寿を思い描く。

「オレは大寿ちゃんのこと、良い人だと思いますよ。しっかりしてるし、頭も良いし……家族……柚葉や八戒のことも大事にしてるし」

 大寿ちゃんは良い人だと思いますと再度頷いた。確かに女性にしては男顔負けの背丈だとか腕っぷしだとかを思い出す。敵だと恐ろしかったが味方になればかなり頼れる人だ。過去に受けたことのある、かなり重いラリアットを思い出して、武道は喉元を擦る。それに将来は高級そうな飲食店のオーナーになっていた。商才、というのかよくわからないがそういうものも持っている。流石にその部分は飲み込んだが。
 武道は三ツ谷をちらりと見た。心なしか先程よりもにこやかに見える。不正解では無かったようで、ひっそりと胸を撫で下ろした。あのさ、と三ツ谷がそっと武道に小声で話し掛ける。

「オレさ、大寿ちゃんのこと好きだって気づいちゃったんだよね」

 武道は瞬きをした。三ツ谷の言った事を何度も反芻させる。へぁ、と間抜けな声が武道の口から落ちる。聞きたくなかったなと後悔が凄まじい速度で武道に擦り寄り微笑んでいる。武道は手をばたばたとさせ、口から意味のない言葉を落とした。

「大寿ちゃんを、狙うってことっすか……!?」
「はは、すげー言い方」

 応援はしなくて良いけど見守ってほしいなと三ツ谷が笑う。
 さよならと武道は平穏に別れを告げる。本気になった三ツ谷がいるならば、東京卍會の平穏だけでなく自身の周りの平穏とはいられない。胃薬を買っておこうかなと何処か他人事のように考える。そしてそれは自分の分だけでなく、頼れる副総長と頼れる参謀の分もだ。念のため漆番隊隊長の分もいるだろうか、いや彼女は胃痛として症状が出る前に諦めてそうだが。彼女の部下である二人は先に殴りに行くだろうなとも思えた。そして恐らくこれは自身に対する牽制だと気付いた。オレにはヒナしかいませんけどという言葉は飲み込む。

「タケミっち、いる?」

 ひょっこりと万次郎が龍宮寺と共に現れた。武道が三ツ谷と顔を寄せていたからか、万次郎は意外そうな顔をして、大事な話してた? と尋ねる。そこまで大事じゃないよと三ツ谷が答える。話終わった? とマイキーが再度尋ねる。うん、オレ大寿ちゃんのこと好きだなって、とペロッと三ツ谷が言葉を爆弾のように落とす。龍宮寺の顔が確かに引き攣ったのを武道は見た。マイキーの夜色をした目が僅かに丸みを帯びさせる。

「え? そうなの? いーじゃん、応援してるよ」

 他のヤツにも言っとこうかと万次郎は三ツ谷に提案した。武道の脳裏にこれから起こる可能性のあることが過った。出来ることなら気を失いたかった。悪い夢だと信じたかった。恐らくそれは龍宮寺も同じ気持ちだっただろう。

2023/10/24

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