おいでここまで05

 武道は胃の辺りに手を当てて、思わずその場に蹲る。胃がきりきりと捻じれている気さえする。別に集会は終わったから帰っても問題は然程ないのだが、総長代理という立場だったり元々持ち合わせていた性質だったりにより、武道は帰らずにいる。総長は、というと全く関係ない世界のことみたいに武道の隣で眠っている。眠る直前の万次郎にそんな顔しなくても、と軽い口調で言われたが武道はそんな顔をしたくもなる。石階段に腰を据え、ぼうっと前方を見た。
 数メートル先で繰り広げている弐番隊隊長と漆番隊隊員二人が交わす、というよりほぼ一方的の、耳を澄まさなくても十分に聞こえる声量及び聞こえてくる物騒な内容に武道はびくびくしっぱなしだ。乾が振り回す鉄パイプを避ける三ツ谷を見て、人間ってあんなふうに動けるんだなとも思えた。内輪揉めはご法度だからと言ったら乾はケロッとした顔で、集会は終わっているから個人の問題だ、なんて物凄く綺麗な目をして言った。勿論手にはしっかりと鉄パイプを持って。ああ言えばこう言うだ。九井は当然止めなかった。それどころか自らも殴りに行こうとさえしている。その周辺には隊長副隊長たちがオーディエンスとして存在している。伍番隊隊長副隊長及び捌番隊隊長は興味が無いのかさっさと帰った。オーディエンスとなった隊長たちに帰るように武道が提案するように言ったが誰も聞いてくれない。一般隊員と稀咲、半間だけは素直に帰ってくれた。
 武道の隣に座っている漆番隊隊長である大寿が気難しい顔をしていた。くだらないとでも思っているのだろう。ちなみに大寿の括れのある腰には弐番隊副隊長である八戒の腕がしっかりと巻き付いている。女性の身体に性的な関心を寄せる者であれば羨ましいとでも思うのだろう。だがというべきか武道は外側こそ十四、五ではあるが中身はとうに成人しているし心には日向しかいないし、八戒は大寿の弟である。全く興味が無い。時々八戒から洟をすする音が聞こえる。最近学校で、タカちゃんと姉貴が頻繁に出掛けてて寂しいことや姉貴の暮らしてる家に行ったら知らない人――知らない人ではなく、乾と九井である――が絶対出て来る、と武道や千冬に泣きついていた。そんなときに兄貴分が姉を恋愛的な意味で狙っているという情報を得て子どものように泣いて今に至る。そりゃ泣くな……と武道は心底同情した。大寿はずっと八戒の頭を撫でている。

「ウチの犬猫がすまない……あと弟も」

 何の感情も乗せられていない声で大寿が言う。武道はちらりとその顔を見た。表情に疲労と申し訳無さとが綯い交ぜになっている。武道は大丈夫と首を横に振る。お互い大変ですねと言わんばかりのやりとりだ。実際にお互い大変なのだけれど。
 事の発端はいつもの壱番隊隊長らと弐番隊隊長の軽い会話である。それをたまたま乾と九井が耳にしてしまっただけだ。
 場地と千冬、それから一虎が楽しげに話をしているときだった。

「大寿ちゃんって三ツ谷のコレじゃねぇの?」

 ぴこんと立てられた場地の左の小指に一虎が顔を歪めさせる。そう思うのは場地と千冬だけだっつのと溜息混じりに吐き捨てた。場地は首を傾げ、辺りを見渡し三ツ谷を見付ける。すぅ、と少しだけ開いた口から酸素を吸い込み肺を膨らませ、口元に右手をやり、また小指を立てたままの左手を高く掲げさせる。そうして彼は離れた距離にいる三ツ谷に向かって大きな声で尋ねた。

「なー、三ツ谷ァ、大寿ちゃんって、三ツ谷のコレじゃねぇの?」

 集会後で人が疎らとはいえ、その場にいる人全てに伝わるような声色だ。ここが学校であれば、大きな声ではっきりと話すことに評価が出たかもしれない。だがここは学校でなく、集会場である。疎らに残っていた隊員たちが顔を見合わせ、ひそひそと話をする。

「えー、違うよ。今はまだ」

 三ツ谷の回答にそっかぁ、サンキュー! と場地は大きな声で返事する。一般隊員の視線たちが場地と三ツ谷、それから大寿に向けられる。一部は今にも泣きそうな八戒を見ていた。
 それに対して異を唱えたのは漆番隊隊員の二人だ。

「未来永劫あるわきゃねぇだろ!」
「ぶっ殺すぞ!」

 そう言いながら三ツ谷に目掛けて飛んで行った二人は、それはもう強い怒りというより敵意あるいは殺意だったかもしれない。怒りを顕わにしている乾の手には鉄パイプが握られていた。殺気立った九井はきつく拳を握り締めていた。そして乾は躊躇うことなく三ツ谷に鉄パイプを振り下ろし、三ツ谷はそれを寸の所で受け止めた。その頭をぱかん、と叩いたのは九井だ。無音のコングが高らかに鳴り響いた。武道が一旦止めたが、すぐに再開されてしまったのだった。
 そして今に至る。
 武道は吐き出しそうになる溜息を呑み込んだ。誰かが悪いという訳じゃない。ただちょっと三ツ谷の恋愛の経歴が特殊なだけで、ただちょっと乾と九井の二人にとって大寿が特別大事な存在だから暴走しがちなだけで、極めて誰かが酷く悪質と評するような者はいない。ただちょっと噛み合わせが酷く悪かっただけだ。

「今日の集会の前に乾が嬉しそうなツラで良い鉄パイプを拾ったんだつってたんだ……捨てさせりゃ良かったな」
「いや……まぁイヌピーくんも拾いたくなるくらいすごく良い鉄パイプだったんじゃないんですかね……?」

 どんなのが良い鉄パイプになるのかは武道も大寿も解らない。度々拾って来ては嬉しそうに振り回している姿は微笑ましいような気持ちになる。調達元は乾が通っている工業高校、真一郎のお店あるいは道すがららしいが、きちんと先生や真一郎に報告しているのかは知らない。まあナイフよりましか、と大寿が溜息を吐く。武道は即座に同意することが出来なかった。
 もう十時半も過ぎてしまったので、武道は再度仲裁に入った。勿論そんなことで聞く彼らではない。大寿が帰るぞ、と一言告げると乾と九井がそれに倣う。大寿が三ツ谷に、弟を送っていくからとだけ報告した。三ツ谷は解った、気を付けてなと大寿と言葉を交わす。乾と九井が凄い顔で睨んでいたが、三ツ谷は全く気にしていないようだった。
 残された隊長副隊長たちがけたけたと笑いながら先程の喧嘩について話している。ただの喧嘩と思っている辺りどうなの、と武道は思うが本人たちは楽しめればそれで良いのだ。

「んで? 何やっちまったんだよ三ツ谷」

 あの二人があんなにブチ切れするなんてと林田が呟く。それを開いた場地が口を開く。

「三ツ谷が大寿ちゃんをカノジョにすんだって」

 林田の目に僅かに丸みが帯びる。それで乾たちはブチ切れてたのか、と返した。オレ的には早くくっついてもいーんじゃねって思うワと場地が歯を見せて笑う。ん、と林田が眉を顰めさせた。

「それは場地の意見だろ。三ツ谷の気持ちは解ったけど、大寿ちゃんの気持ちはどうなんだ?」

 林田の言葉に全員が黙った。残っている全員が目を丸くして林田を見ている。
 数秒の沈黙の後で、オレ、パーちんがすげぇカッコよく見えるワ……! と場地が感動したような震えた声を上げる。バッカ、パーちんはいつでもカッコいいに決まってんだろと林が野次を飛ばした。やいのやいのと少年たちが楽し気に話す。
 武道はそりゃパーちんくんはかっこいいよと考えていた。なんせ武道が知る限り、タイムリープする前に結婚式を挙げていた人物だ。そう言えば、この時代は強引な男の人が女の人をどうこうするのが多かったけども元の時代ではお互いを尊重する展開が流行ったなと武道はレンタル店で働いていたときによく借りられていた映画やドラマの内容をぼんやりとなぞった。オレも感情などを押し付けるだけでなく、きちんとヒナと話して二人で色々決めていきたいなと背筋がシャンと伸びる思いだ。三ツ谷も頑張れよーと皆が口々に言いながら三ツ谷を揉みくちゃにしている。いたいって、と三ツ谷は笑っている。
 隣に座っていた万次郎がふと目を覚ました。くぁ、と欠伸をして立ち上がる。

「ケンチーン、オレ、もう寝たいからタケミっち送って帰るワ」
「おー。オイ、オマエらそろそろ帰れ!」

 副総長の言葉に従い、ぞろぞろと皆帰って行く。また明日なーと手を振って各々の寝床へと帰って行った。
 武道は万次郎のバイクの後ろに乗る。真一郎が良いバイクを探していると話していたが、いつになるか解らない。武道が前の世界で乗っていた、万次郎と双子のバブはイザナが使っている。武道はそうだろうなとも思ったしそれで良かったとも思った。元々真一郎が双子のバブについては片方は弟たちに譲るつもりだったのだろうと以前の世界線でも想像していたことだった。万次郎は全くのお揃いにしようぜと言っていたが、良いバイクをほぼ無料同然で受け取るのは流石に気が引ける。けれどもいつも万次郎に送ってもらっているのは申し訳ない。あまり車種にこだわりはないために乗れたら何でも良いかなと少しだけ思う。原付は、と真一郎に聞いてみたが万次郎が阻止した。そんなわけで武道が自分でバイクを運転するようになるのはもう少し先になりそうだ。
 武道は、稀咲にチーム内恋愛禁止の条文でも入れる提案でもしようかなと考える。何処ぞのアイドルグループか何かかと笑いたくなるが、大真面目である。稀咲が今日の光景についての話をすれば、きっと頷いてくれるか良い案を出してくれるかもしれない。ああでもそういう風に縛り付けるのは良くないよなぁ、とバブの心地良い排気音を聞きながら色々考えを巡らせた。

2023/10/29

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