おいでここまで06

 東京卍會の解散から数年経った。東京卍會がなくなったからと言って繋がりが消えるわけでもなく、何かしら誰かしら良い関係のまま保たれている。武道たちも高校を卒業した。大学や専門学校に進学するものもいれば就職するものもいる。
 三ツ谷は専門学校に通い、八戒は駆け出しのモデルだ。柚葉は八戒のマネージャーとして働いている。八戒たちが久し振りに日本へ帰国し、三ツ谷と遊ぶ約束を取り付け、大寿も誘った。大寿は大学に通う傍らで飲食店の経営をしているので後で合流するとのことで、柚葉はエマたちと出掛けることとなり、別行動となった。
 八戒は三ツ谷と大手チェーンの喫茶店でお喋りをしていた。チェーン店故に大きく変わったところはない。店員や客は違う人の筈なのに、まるで高校生の頃に切り取ったものをそのままはめられているみたいで、自身たちだけが外見だけ大人になったようで不思議な気持ちになる。
 八戒は深緑のストローを咥えてコーヒーフロートを吸う。だが良く凍っているのかあまり吸い出せない。ストローを摘み、しゃぐしゃぐとフロートを掻き混ぜていく。向かいに座っている三ツ谷は蜂蜜が入ったカフェオレを飲んでいた。飲む姿もカッコいいなぁなんて思いつつにやけながらフロートを融かそうとする。そういえばさぁ、と八戒は口を開いた。

「柚葉にさ、カレシができたと思ったらオレのカンチガイだった」
「どういう勘違いだよ」

 だって親しそうにしてたんだもんと八戒は唇を尖らせる。ただの近況だ。親しそうに見えていただけで、実際はただの仕事に関するやり取りしかしていなかった。
 ねぇねぇ、と八戒は前のめりになり、三ツ谷の淡い色の目をじっと見る。

「柚葉って、どう?」
「柚葉とオレはそんなんじゃねぇから」

 三ツ谷に露骨に眉を潜められた。ちぇーわかってるよ、でもそう思いたいもん、と子供のようにぶつぶつと言いながら、八戒は机上にべしょりと倒れ込む。
 八戒が中学ニ年生の頃に柚葉から武道のことが好きだということを聞いてから五年以上は経っている。あの時から変わったんだろうか。実際は聞いたことがないので解らない。武道は相変わらず日向と思い合っていて、見ているこちらも幸せな気持ちになれるほどだ。そういえば、とふと八戒はもう一人の姉である大寿のことを思い出した。柚葉も柚葉で恋愛をしていないが、大寿からも浮ついた話は聞いていない。度々姉弟のグループチャットで簡単な連絡をしたり、八戒の知らない所で大寿と柚葉は何かしらの連絡はしたりしているようだが、カレシができたという話は聞いていない。

「でさぁ、姉貴もやっぱそのうち結婚とかすんのかなって」
「……いるの? 大寿ちゃんに、カレシ」
「いないと思う。オレ聞いてないもん」

 三ツ谷の質問に八戒はグラスの端にある塊をストローで何度も突きながら返した。確かな手応えがある。何度か突いているとぐずぐずに崩れ、ストローで混ぜると割と滑らかに動かすことができた。
 あーあ、と八戒は溜息を吐く。姉二人の、将来夫となる人を想像してみる。優しい人を選ぶのだろうか、所謂良い人を選ぶのだろうか、自身よりも腕っぷしの強い人なのだろうか、と様々な憶測が飛び交う。柚葉の夫となる人については、大寿が色々口出しそうだなとは思う。だが大寿はどういった人を選ぶのだろう。あまり想像がつかない。大寿自身よりも強い男を選ぶのだろうか。んん、と八戒は口元をもごもごとさせた。三ツ谷はカフェオレをゆっくり飲んでいる。

「タカちゃんが姉貴の旦那だったら良かったのに!」

 そしたらオレの本当の兄貴にもなれるじゃんと思い付いたことが口から飛び出た。八戒は融けかけたフロートを再度吸ってみる。幾分か融けたためにスムーズに吸い込めた。甘さが控え目のほろ苦い味に懐かしい気持ちになる。
 三ツ谷が半分程無くなったカップを机上に置いた。かちん、と珍しくカップを置く音が響く。八戒は携帯を見た。大寿からの連絡はない。まだまだ忙しいのだろう。学業と経営者の両立はきっと難しいのだろうと想像する。

「じゃあ、オレ、大寿ちゃんに立候補しようかな」
「……んぇ?」

 突然聞こえた、良くわからない言葉に八戒は顔を上げた。ぱち、と瞬きをした。三ツ谷はいつものように薄く笑みを浮かべさせている。旦那の、とにこっと三ツ谷が笑う。八戒は三ツ谷の言った言葉を反芻する。ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した。三ツ谷の言葉に理解ができない、というより理解したくないの方に限りなく近い感情が足先からじわじわと八戒を噛んでいる。三ツ谷はそんな八戒に気をかけることなく、携帯を手にとった。

「大寿ちゃん、何時から合流だっけ?」
「えっ」

 急遽言われた言葉に反応が遅れる。三ツ谷の携帯から着信音が響く。確かこの歌は少し前に流行した曲だと八戒は何処か遠いことのように考える。以前設定の仕方を教えてと言われて教えたが、このためなのかと漸く理解した。

「あ、ごめん大寿ちゃんから……もしもし。あ、今から来れるの? うん……そう、駅前のいつものとこ。そう、八戒も、」
「あっオレにも替わって!」

 反射的に言葉が飛び出た。三ツ谷が大寿に、八戒と替わるねと言って携帯を八戒に渡す。八戒はスピーカーモードにしてもしもしと声を掛けた。何だ、と記憶と然程変わらない声が聞こえる。少しだけ八戒はほっとした。電話の向こう側で歩行者信号の音響が聞こえる。

「今から来るの? ホントに?」
『嫌か? オレより三ツ谷と話したいことが……まぁ、あるだろうな、オマエは』

 八戒は首をぷるぷると横に振った。確かに三ツ谷と話したいことは沢山ある。それよりも大寿を三ツ谷と同じ空間にいさせたくないという感情が強く主張しめている。そうじゃなくてと言葉がぽんと勢いよく飛んでいった。喫茶店にいる客たちがちらりと八戒を見る。どう伝えたら良いのか、どうすれば良いのか解らず八戒の噛み締めた唇から呻くような声が漏れる。

『残念だが、今店の前にいる。……八戒が三ツ谷とゆっくり話したいならオレは帰るが』
「えっ、大寿ちゃん帰らないでよ」

 三ツ谷がほんの少しだけ子供みたいにいじけたような声を出す。少しの沈黙の後に、スピーカーにしてるのか、と大寿の声が聞こえた。うん、と八戒が応えると沈黙が続く。八戒はもう泣いてしまいそうだ。
 三ツ谷は立ち上がり、店の扉へと歩いて開けた。一度店から出たと思えば、スーツを着た大寿と共に入って来た。大寿は携帯に耳を当てたまま、少し気まずそうな顔をして八戒を見ている。大寿は少し悩んだあとで携帯をジャケットのポケットに入れた。
 大寿は三ツ谷の隣に座った。メニューをちらりと見て、水を運んできた店員にブレンドコーヒーを注文する。
 八戒は大寿を帰したい、というより三ツ谷と一緒にさせちゃいけないと強く考えている。だが身体は一つも動かない。

「そうだ、大寿ちゃん。大事な話なんだけど、いい?」

 八戒と大寿が話すより先に三ツ谷が口を開いた。あっ、と八戒は思った。だが思っただけに留まる。三ツ谷のその口を止めなければいけないのに、目を皿のように見開いて見守るしかできない。

「学校関係か?」

 ううん、と三ツ谷は首を横に振る。店員がお待たせしましたとカップに入った温かなコーヒーを大寿の前に置いた。店員が八戒にグラスを回収しても良いかと尋ねたので八戒はぎこちなくも頷く。

「全然プライベート。オレと結婚前提に付き合ってくれない?」

 大寿と八戒、それからグラスを回収しようとした店員の空気が固まった。直球も直球。剛速球だ。直球なんて言葉がまだ可愛く思えるほどだ。八戒は思わず辺りを見渡した。八戒と目のあった店員が少し慌てたような素振りでグラスを回収し、ごゆっくりと早口で言いながら駆けて行く。

「……は?」

 大寿がゆっくりとした動作で三ツ谷を見る。怪訝そうな顔をしていた。八戒は落ち着きなくも三ツ谷と大寿の顔を交互に見る。大寿はコーヒーを一口飲む。八戒は、大寿がブラックコーヒーを難なく飲めることを生まれて初めて知った。大寿は金の目を僅かに泳がせたあと、溜息を吐く。

「悪いが、考えられない。今はそれどころじゃないしオレはオマエと恋人関係になりたいと思わない」
「うん、知ってるし大丈夫。オレの諦めの悪さ知ってるでしょ?」

 すぱりといっそ清々しいほどに大寿は切り落としたのに、三ツ谷は平然として笑っていた。八戒は零れそうな涙をどうにか耐えながら、自身のポケットから携帯を取り出して握り締める。よくかける電話番号を選択し、掛けようとしてぴたりと動きが止まる。柚葉だって久し振りの日本だ。普段自身の世話をしていることもあり、友人たちとゆっくり遊びたいだろう。
 八戒は携帯をしまった。前方を見ると二人はいつかの見たときよりも幾分か仲良さそうに会話をしている。八戒ができたことは、小さな子供みたいに二人の間に割り込むことだった。

2023/11/09

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