おいでここまで07

 鳥の鳴く声で大寿は目を緩やかに覚ました。身体全体がどうも気怠く、あちこちが痛い。昨夜飲んだ酒のせいだ。世間一般では今日は金曜日だが、大寿は久し振りに休みを取ったので二度寝しても問題はない。それでも起きなければと瞼を押し上げつつ、伸びをする。腕に何かがぶつかり、そちらを見て、目を剥いた。見慣れた顔の男が眠っている。その顔は、かつて自身も弟も所属していた東京卍會弐番隊隊長であり、現在はデザイナーとして活躍している三ツ谷隆だ。昨夜、数ヶ月振りに大寿と食事をし、金曜日を休みにした者同士で酒を飲んだ人でもある。在学中に告白をされて以来、結構な頻度――尤も大寿は一般的な頻度を知らないので彼女の主観である――で口説かれていたが、大寿は一切靡かなかった。それでも友人としてのお付き合いは続いていた。
 大寿は次に自身の格好に驚いた。下着も何もつけておらず、生まれたままの姿だ。三ツ谷を見ると、彼も少なくとも上半身は裸らしい。流石に布団の下を覗き見る勇気はない。ベッドの下を見ると二人分の服や下着らしいものが点々とドアへ続いている。どうやらそれは部屋の外から続いているらしい。昨夜何があったと記憶を探るが久し振りに大量に飲んだ酒のせいではっきりと思い出せない。身体の節々が訴える不調も、酒のせいなのかそうでないのか判断できない。

「おはよ……大寿ちゃん、起きたんだ」

 大丈夫、あちこち痛いとかしんどいとかない、と尋ねながら三ツ谷は大寿の頬に触れる。寝起きだけでない、甘さの残る声が大寿の鼓膜を震わせる。淡い色の目がとろりと蕩けている。その眼を大寿は知っている。ざぁ、と自身の血の気が引く音を大寿は聞いた。自身の唇がぶるぶると震える。
 大寿には昨夜の記憶が一切ないが、どうやら生涯を共にする訳でもなく付き合っている訳でもない男と一線を超えてしまったらしい。
 大寿は取り敢えずで着替えたあと、このあとどうするかと考えた。自身が信ずる教義のこと、三ツ谷との関係の精算及び修復するための手間のこと、それに付随する手回しのことなど。全て考えあらゆるパターンを類推し、このままでは仕事に支障をきたすと判断した。そこからは行動が早かった。余りにも決断から実行までが、三ツ谷が何度目かの恋に落ち、出来る経営者だからかと納得する程には迅速であった。
 大寿が真っ先にしたことは三ツ谷と話をした上で婚姻届の提出だった。家からでなくてもオンラインで提出出来るようになった世の中はとても便利なものである。三ツ谷が紙でも欲しいし、ちゃんとプロホーズさせてね、と言ったので大寿は了承した。三ツ谷が式を挙げたいといったので、それに関する相談は様々な会社を運営している稀咲や九井が適していると考え、嘗て部下であり今も交友関係が続いている九井に頼むことにする。
 相談する前に先に身内に報告をきちんとせねばと思った。三ツ谷の家族への挨拶はなるべく早くしようということで今週末になんとか取り付けさせた。大寿は忙しい父親には電話で簡単に報告を済ませた。挨拶はまた揃ったときにでもと話をつけた。次に大寿は妹と弟思い描き、むむ、と頭を悩ます。八戒が今週末にロンドンかどこかで大きなイベントに出るのだとSNSで告知していた。姉が兄貴分と慕っている男と結婚したという情報は八戒のパフォーマンスを下げるのでないかとどうも躊躇ってしまう。しかしこのような重大なことは、メールで済ますよりも電話、電話で済ますよりも対面で話す方がずっと良い。大寿は悩みに悩み、柚葉に『次はいつ帰ってくる?』と連絡をする。普段はそんなことを聞かないために送信ボタンを押すまで妙に緊張した。携帯を置いた瞬間にデフォルトの呼び出し音が鳴り響く。画面には柚葉と書いている。

「……向こうって夜だよね?」

 三ツ谷の声に頷きながら大寿は電話を取る。心臓がどくどくと跳ねているのに気付き、緊張していることに気付く。冷たい指先で携帯を操作し、耳をつけた。

「も、もしもし」
『メール見た。何かあった?』

 向こう側からテレビの音らしい声が聞こえている。寝る前だったのだろうかと思いながらも少し話したいことがあって、と大寿は言葉を続ける。

「そんなに重要なことではないんだが、出来れば顔を合わせたほうが良いだろうと思ってな」
『解った。八戒連れて帰るね』

 大寿は僅かに目を見開いた。思わず三ツ谷を見る。柚葉の声が聞こえない三ツ谷はきょとんとしただけだ。今週末は八戒に大きなイベントがあるので今週中に一度日本に帰ると身体が堪えるだろうと思い、大寿が想定していたのは早くても週明けだった。一ヶ月以内に帰る予定が無いのなら電話でも良いかとさえ思っていた。かかる時間と費用を考えると採算が合わない。その間カンマ数秒である。

「いや……今週末に何か大きなイベントに出るんだろ? 流石にそこまで、」
『すぐ帰るから。向こうに着くころは……多分、夕飯すぎくらいだと思う』

 ぶつ、と通話を切られた。大寿は切られた携帯をじっと見つめる。帰宅するのは夕食過ぎかと考えを切り替える。何て? と三ツ谷が尋ねたので、大寿は夕飯すぎぐらいに帰るらしいとだけ伝えた。三ツ谷は少し考えるような素振りをして、早くない? と怪訝そうに言う。大寿は珍しく三ツ谷の言うことに同意した。
 大寿は次に乾と九井に報告することにした。二人とも今は仕事をしている時間である。メッセージアプリを開き、三人でやり取りしているところに『話したいことがあるから、また二人の都合の良い日を教えて欲しい』とメッセージを送る。大寿は携帯を置いた。食事でもするかと立ち上がった直後に着信音が響く。画面を見ると九井からだ。仕事中だよなと大寿と三ツ谷は思いながらもお互いの目を見る。大寿は携帯を取った。

『大寿? どうした?』

 今大丈夫なのか、と大寿が聞けば気にするなよと返される。会長だから取引先やグループ会社の会議などで忙しいんじゃないかと思ったがたまたま空いていたのだろうと納得する。申し訳ないなと思いながらも大寿は手短に伝えようと口を開く。

「そんなに大した事じゃないんだが、少し二人に報告したいことがあって」
『ふぅん? ……誰を消せば良い? 三ツ谷?』

 あまりにもブラックな内容に大寿はどう返せば良いのか解らず少しだけ狼狽えた。九井がくつくつを喉を震わせ、なぁんてな、と笑っている。どうやら冗談だったようだ。冗談でないといけないのだが。どうして三ツ谷の名前が出てきたのか解らないが触らないことにする。大したことじゃないが直接会って伝えたいと言えば今度は九井が沈黙した。

『……じゃあ、今夜はどう?』

 今夜、と思わず大寿の口から言葉が飛び出た。大寿自身は今日でも問題ないが二人の予定と伝えるべきことを考えると頷きにくい。自身が三ツ谷と結婚し、結婚式を挙げたいという報告と相談の内容はそこまで重要でもない気さえする。

「い、や……オマエも忙しいだろ。明日は土曜日だが休みたいだろ。それに乾も仕事だし……一応今夜柚葉たちも帰って来る予定だけれども」
『気にするなよ。オレらの仲だろ』

 どんな仲だと思ったが口には出さないでおく。うちの犬猫と呼んでいたことはもう随分と前の話だ。
 んー、と九井が考えているような声を出し、独り言のように、大寿の妹たちも帰って来るのかぁと呟いているのが聞こえた。

『解った、じゃあオレは定時上がりのイヌピーに迎えに来てもらうから』
「本当に、そんな重要なことじゃないんだぞ?」
『重要かどうかはオレらが判断するから。それじゃあ……七時過ぎ、とかになるかな。イヌピーには伝えとく』
「ああ、頼んだ」

 行く前にまた連絡するよとだけ告げられ通話を終えた。大寿は安堵感から溜息を吐く。重要な報告は何一つしていないが、取り敢えず予定を立てることが出来て何となく肩の荷が降りたような気持ちだ。
 メッセージアプリの共通のグループで乾が『たいじゅにつながらない』『なんで』と送っていた。九井が通話している間に『今オレと通話してる』と返信していた。その数分も経たない内に『わかったまたれんらくくれ』『ここまたおれのめっせみて』とメッセージが来ている。普段はきちんと句読点を入れたり漢字に変換したりしているので、相当慌てていたらしい。大寿は申し訳ない気持ちになる。
 三ツ谷に今日の予定を伝えると解ったと快く了承した。夕飯作ってあげたら、と言われ大寿は口をへの字にさせる。確かに三ツ谷に料理を教えてもらい自炊をする機会を増やしたので、高校生のときよりもそれなりに食べられる物を作ることは出来るようになった。だが、八戒が来るなら三ツ谷が作った方が喜ぶだろうし、九井が来るならデリバリーした方が量も質も良い物が来るためそちらの方が合理的だ。結局味噌汁だけは大寿が作ることになり、それ以外は三ツ谷が作ることとなった。オレは大寿ちゃんの味噌汁大好きだよと宣うその男に、大寿は不愉快そうに視線をやるしか出来ないでいた。その味噌汁の作り方だって、三ツ谷が教えてくれたものだからだ。
 午前中は掃除をすることにした。妹と弟が急に泊まると言い出してもいいように布団を干しておく。洗い立ての、清潔そうな洗剤の匂いをさせる洗濯物を干しながら大寿はちらちらと時計を見てしまう。太陽は未だ南を通過していない。それでも抗争のときよりも新しく会社を立ち上げて何か事業展開をするときよりも、確かに怖さに近い感情があった。
 夕食の材料を二人で買いに行き、二人で夕食の支度をする。大寿はどうしてもそわそわとしてしまう。受け入れてもらえるだろうかと朝よりも比較的はっきりとした形を取るようになった不安は大寿の足元をちょろちょろと走っている。そのせいで大寿は材料を切るような単純作業に集中できて、三ツ谷は満面の笑みを浮かべてすげぇ助かったと笑っていた。不安だと言葉にすることも出来ずに大寿がそうかと呟くと三ツ谷は大寿の両手を自身の両手で掬い取る。

「大丈夫だよ、オレがいるしさ。大寿ちゃんはいつもみたいにいてくれたら、それで」

 何が大丈夫なのかちっとも解らないしこうなった元凶の片方――もう片方は当然自分である――の癖にと少しだけ憎たらしく思う。それでも大寿は口許を僅かに緩めさせた。結局の所、起こるべきことは起こるのだから、どんと構えておくことしか出来ないのだ。少しでも不安さを臆病さを見せてしまえば、意地汚い強者にばくりと食われてしまうことを、自身を頼りにしている弱者が不安がってしまうことを、大寿は子供の頃からずっと知っている。昔から強者のように振舞うのは得意だった。ありがとな、と大寿は呟く。三ツ谷が少し驚いた顔をして、小さく笑った。
 それから数時間後、七時くらいに来たのは柚葉と八戒だった。早いなと素直に言えば当たり前でしょと返される。お土産だと能天気そうに笑いながらお土産を渡して来た弟に、本当に変わらないなと小さく笑う。モデルをしているときの写真は何処か憂いさのある面立ちであるのに、今や子供の頃と変わらない。お腹すいたと子供みたいなことを言う八戒に手を洗えよと親みたいなことを言った。

「で、話って?」
「ああ、三ツ谷と結婚することになった」

 柚葉の口がぽかんと開いた。

「アタシ言ったよね? 二度目はないって」

 柚葉が手を洗い終えた後リビングで言い放った言葉がそれだった。大寿は柚葉の視線の先にいる三ツ谷を見る。三ツ谷は両手を挙げて降参のポーズを取っている。八戒は我関せずと言ったように皿に盛られた料理を少しずつ取って食べている。後で九井と乾が来るからと言えばえぇ、と嫌そうな顔をした。

「この味噌汁美味しいー、タカちゃんの味噌汁飲んだら日本に帰って来たなあって思うよね」 
「あ、それはオレが作った」
「姉貴が? マジ? タカちゃんだと思ったぁ」

 八戒の言葉に大寿は胸を撫で下ろす。柚葉が鋭く舌打ちを打った。良いじゃん、オレも八戒の兄貴になるんだしと三ツ谷は悪びれもせずに言う。えっと八戒が顔を上げた。海色の眼にきらきらと星が瞬いている。

「タカちゃんオレの兄貴になるの!」
「八戒はちょっと黙ってて!」

 ぴしゃりと言われ、八戒は顔をぎゅっと顰めさせた。そんなに怒んなくてもと唇を尖らせながら、グラタンをごそりと取り皿に盛った。ふんふんと鼻歌さえも歌っている。食事中だぞと注意すればはぁいと存外素直に返事した。八戒はにこにこと機嫌良さそうに笑っている。嬉しいなぁと言っている様子を見ると大寿も嬉しい気持ちになる。

「そういや姉貴、話って何? あとイヌピーくんたちが来るのって何で?」

 ぱくん、と八戒がグラタンにあった鶏肉を口に含んだ。もぐもぐと咀嚼してごくんと吞み込む。あー、と大寿は間延びした声を出した。

「結婚するからそれの報告と、九井は結婚式の相談だ」
「へっ? 姉貴ケッコンすんの? 誰と?」

 その言葉に大寿の身体が一瞬ぴたりと止まる。何でもないような滑らかな動きで大寿は三ツ谷を掌で示した。三ツ谷がニコニコ顔で片手を挙げる。その向こう側で不機嫌そうな柚葉が見えた。八戒がぱちくりと瞬きをする。もう一度瞬きをする。

「……タカちゃん、と……?」

 八戒の手から滑り落ちたフォークが皿に落ちた。からんと皿が迷惑そうに声を上げる。

「やだーっ! 姉貴ケッコンしないでぇ!」
「ぐっ、」

 久し振りの横からのタックルに限りなく近い抱き着きに、大寿は思わず呻いた。痛みはないと言えば嘘になるが、大袈裟に言う必要も特にない。なんでぇ、とべそべそとした声が聞こえる。大寿は心を無にしていつかのように八戒の頭を撫でることにする。

「でもオレが八戒の兄貴になるんだぜ?」

 三ツ谷の言葉に八戒はえっと顔を上げた。泣くのをやめてきょとんとしている。少しして、それは嬉し、い……? と首を傾げさせていた。どうやら酷く混乱しているらしかった。
 聞き慣れたバイクの音が聞こえた。思ったよりもかなり早いなと驚きながらも大寿は腰に抱き着いたままの八戒をそのままに二人を出迎える。会社から直接来ただろう九井と、ツナギのまのま乾が立っている。九井は八戒を見て、眉を顰めさせた。そのまま手土産の焼き菓子を大寿に渡す。大寿のお気に入り店のものだ。ありがとうと言いかけて、大寿は乾の手に握られているものに視線を絡めとられた。乾の手には鉄パイプが握られていた。大寿の視線に気づいたのか、一応とめたんたけどなと九井が肩を竦ませる。しかしながらその顔に申し訳なさは欠片どころか微塵も見えない。大寿の脳裏に東京卍會、それより前の黒龍にいた頃の乾を思い出す。乾は躊躇いなく人を殴れる男だ。そんな男が鉄パイプを持っているなんてどんな未来が起こるか安易に想像できる。そう言えば今でもS・Sモーターに来る困った客を経営者の見えない所で殴っていると言っていたなと大寿は思い出した。

「……振り回すなよ」

 乾が何で、と言わんばかりに驚愕した顔をする。驚きたいのはこちらだと大寿は思った。もう一度同じことと、身内から犯罪者は出したくないと言えば、少し顔を明るくさせてこくこくと頷いた。オレがいるからどうにかなるって、と九井が恐ろしいことをなんでもないような口調で行っていたので、大寿は静かに睨みつけた。玄関に上がる前に乾の手から鉄パイプを取り上げ、取り敢えず玄関に立てかけさせることにした。へばりついている八戒に、風呂に入って来いと言って風呂場に入れた。八戒は元から泊まる気だったらしく、こくりと頷いて着替えを持って風呂場へ向かった。
 大寿は二人を部屋に入れた。幾らか想像していたが、乾と九井は三ツ谷を見るや否かや顔を険しくさせる。柚葉は三ツ谷との話を済ませたのか、エビの入った生春巻きを食べている。大寿は二人を座らせ、その向かいに座った。そして事の顛末を説明したのだった。乾と九井はまさに豆電球でも食らった鳩のような顔をしていた。大寿は気まずさから、取り敢えず食べろと料理の入った皿を進める。乾の口にトマトベースのソースが絡んだミートボールを押し付ければもぐもぐと食べてごくんと呑み込む。

「大寿、結婚おめでとう」
「ありがとう」

 軽く礼を言いながら九井の口にも放り込んでやる。乾は美味しかったのか箸を持って食事をしている。やはり混乱しているときは別方向からのアプローチをかけるべきなのだなとどうでも良いことを思った。九井が飲み込み、俯いた。溜息を盛大に吐いて、顔を上げる。いつものような顔をしている。蟀谷に青筋が浮かんでいた。

「おめでとう。それはそれとして、うちの知り合いの弁護士を紹介させてもらっても良いか? うちの世話になってる弁護士お墨付きの離婚案件に強い先生なんだけど」
「ココくん流石にそれは傷付くんだけど」

 うるせーと九井が舌を三ツ谷に突き出した。渡された名刺を大寿はテーブルの隅へ一旦置く。乾が何でよりによって三ツ谷と結婚なんだと不可解そうに呟く。真っ直ぐと見つめられ、大寿は説明に困った。

「……色々あって」

 乾の形の良い眉が顰められる。心なしか垂れ下がった犬の耳と尻尾が見えた。ほんの僅かに上目で大寿を見る。

「……オレにもココにも話せないのか」
「悪いが……」

 酔った勢いで一線超えましたなんて口が裂けても言えない。乾の目を直視できず、大寿は僅かに目を逸らす。そうか、と乾は神妙そうな顔をして目を伏せさせる。その眼に寂しさのようなものが見え隠れした。自身の姉の結婚式でもそんな顔をしていなかったのに、と思いかけてもしかしたらしていたのかもしれないと大寿はぼんやりと思う。乾はぱっと顔を上げた。乾の濁りのない澄み切った目に星がきらきらと見える。

「じゃあ、今三ツ谷を殺せばそれを知っているのは大寿だけになるな!」
「イヌピー、オレも手伝うぜ」

 乾の、余りにも表情との落差のある台詞に大寿は絶句した。しかもお互いを心の底から理解し合い、信じ合える友人である九井まで参戦した。後始末は任せろと末恐ろしい言葉まで聞こえた。残念ながらそれは幻聴などではない。大寿は頭痛を覚えた。頼む、落ち着いてくれ、と呻くような声をどうにかして吐いた。
 食事を終えて、柚葉と八戒は移動による疲労で早々に寝てしまった。八戒がべそべそと泣きながら何で結婚すんのと言われ、大寿は少し寝かしつけて来ると姉弟三人は寝室へと向かった。三ツ谷は片付けをしたあとでリビングのソファに座る。泊まるわけでもなく、かといって帰ろうともしない乾と九井にいつ帰るの、と単刀直入に問う。二人は露骨に敵意を存分に煮詰めさせた目で三ツ谷を睨みつける。

「ホント、いけ好かねぇヤツ」

 九井が吐き捨てた。三ツ谷はその言葉を反芻させる。あは、と笑った。今ならどんなことを言われても殆どのものを流せそうだ。

「何とでもどうぞ。大寿ちゃんはオレのお嫁さんになったんだから」

 乾が鋭く舌打ちをした。もしも玄関にある鉄パイプをもしも乾が持っていたならば、それは三ツ谷の頭に振り下ろされていただろう。
 三ツ谷は幸せだなぁとゆるゆると頬を緩ませている。柚葉に蹴飛ばされた背中は未だひりひりと痛み、夢でなく現実であることを声高に告げている。確かに、昨夜三ツ谷は大寿と共に寝た。ただし挿入こそはしていない。大寿の胎内にも触れていないし、自身の陰茎にも触らせていない。極めて正確に言うならば素股しかしていない。彼女が処女であるかどうかと問われれば、紛れもなく処女だと三ツ谷は答えることが出来る。よく素股で留まれたなとは自分でも思う。生きていて一番自身を褒めたい瞬間だった。朝を迎えて、三ツ谷は大寿の行動と決断にただ驚いた。自分が想像していたよりも、大寿は三ツ谷にとってずっと都合の良い結果を弾き出したのだ。笑いが止まらなかった。だからこそ自分で全て解決しようとする彼女を世界の誰よりも幸せにしてやりたいとさえ思う。自身が作った、彼女のために拵えたウェディングドレスを着せてやりたい。友人や職場の人を呼んで祝福されるべき人なのだと理解させたい。そして、もしかしたら、を期待している人たちの心根を完膚なきまで叩きのめしたい。そのために結婚式を挙げたい。愛の言葉はいつでも伝えるし彼女が求めなくても与えるつもりだ。
 結婚式のプランの話はまた二人揃ってるときにしたいなぁと三ツ谷は笑いかける。九井も乾も不愉快さを全く隠さずに、首を縦に振ることはしない。諦めろよと思ったけれども流石に可愛げが無いかと自覚して、三ツ谷は黙って微笑むことにした。

2023/11/13

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