おいでここまで08

 大寿からの電話を切った九井は思わず溜息を吐いた。十中八九あの男との話だろうと行き着く。そうでなければあんな、あんな……と拳がぶるぶると震えた。
 大寿と三ツ谷は幼い頃に出会い、家族ぐるみでの交流もある。その話を黒龍が東京卍會の基につく話が上がってきた時に聞いたからか、どうも乾も九井も三ツ谷のことが好きになれない。何から何まで合わない。黒龍親衛隊隊長としていたときから親しそうに振舞う様子を見て何だコイツと思っていたし、大寿と馴れ馴れしく話しているのも気に食わなかった。東京卍會にいたときに聞いた三ツ谷の女性遍歴を聞いて顔を歪め、早い段階で大寿の代わりを求めているのだと九井が理解したときに吐き気がした。万次郎や大寿たち武闘派と比べて三ツ谷は穏健派だと分類されるが、ただの臆病者だろうがと吐き捨てた。勿論そんなことを乾や九井が大寿本人にも言うわけにもいかず、九井は乾と二人で番犬よろしく見守ったり露骨に妨害したりしていた。そうであるのに、と九井は溜息を再度吐く。
 取り敢えずと乾に連絡をする。恐らく真面目に勤務をしているところだろう。九井の頭の中で、菓子折りを持っていくにはどの店が良いかのリストが物凄い速度で駆け巡る。考えうる最悪の事態――例えば、大寿と三ツ谷が恋人関係になるとか――から目を背けながらも、覚悟をする。あの大寿が三ツ谷に靡くとは思えないけれどもとぶつぶつと呟く。
 嘗ての部下として、友人として、大寿には幸せになって欲しいと願う。だが別にわざわざあの男でなくても良いだろと怒りで髪を掻きむしりたくなる。三ツ谷も三ツ谷だ。穏やかそうな顔をして、その下にいるのは涎を垂らしている化け物と遜色ない。優男に見えて本当に譲りたくないものはテコでも譲らない。クソッ、と悪態を吐いた。マグカップに入ったコーヒーを一気に飲み干す。それでも怒りは収まらない。

「……帰ったらどうだ?」

 稀咲の言葉に九井は顔を上げた。稀咲は何も変わらない顔で午後からの経営会議の資料に目を通している。

「いや……会議があるし」
「そんな状態でまともに仕事が出来るとは思えないな」

 代わりにオレがしておくと稀咲に突き放されるような口調で言われる。九井は口をへの字にさせた。

「それに、会長が休めば従業員たちも休みやすくなるだろ」

 稀咲の言葉に、役員と従業員の規則は異なるが確かにとも思えた。稀咲が眼鏡をかけなおしながら、それにオレだって健康診断を堂々と受けたいからなとにやりと笑う。こいつなりの優しさなんだろうなと笑いつつ、じゃあそうしようかなと九井は予定を組み替える。

「そうだ、稀咲。離婚とかに強い弁護士知ってるか? 名刺があれば持って行きたい」
「食事じゃなかったのか?」
「大寿からの連絡で、絶対違うと言いたいけど、多分三ツ谷絡みで……」

 ああ、と稀咲が合点いったような声を出す。紙袋に数冊自社のパンフレットを入れている。九井はそれをよく知っている。結婚式のプランが色々書かれたものだ。半年ほど前に稀咲が生き生きとした顔で武道と日向の元へ何度も足を運んでいた。従業員たちは、副会長自ら提案なさるなんてと色々話題に上がっていたのを九井は知っている。

「絶対、やだ! オレは認めたくない!」
「そんなにツンケンとするな。毎日したいくらいに楽しいぞ」
「そりゃテメェは! 花垣のところだからだろうが!」

 渡された紙袋を九井はそのまま机上に置く。そんなものを持って行けばまるで待っていましたと言わんばかりだ。絶対に嫌だと九井はその場に蹲る。早く帰れと稀咲が迷惑そうに言いながら九井の背中を軽く叩いた。
 乾が携帯を見ると、九井からの連絡が来ていた。定時になったら迎えに来て欲しいこと、手土産は九井が用意するから乾は何も持って来なくていいこと、それからオレの主観なんだけど、と前置きのあとで、三ツ谷が最悪の形で絡んでる気がすると書かれていた。その直後に今から帰れることになったから六時頃にS・Sモーターに向かうと飛んできた。乾は了解と短い返事を送って携帯をポケットに入れる。休憩スペースから作業場へ向かうと真一郎がバイクの調整を行っていた。真一郎くんと呼ぶと真一郎はそちらを見る。

「今日、定時で帰って良い?」
「えっ? 良いよ良いよ、ていうかオレ的にはいつでも定時で帰ってもらって欲しいしけど。あ、有給使うか? あんまり消化出来てないだろ」

 バイクを弄るのが好きだからどうも没頭してしまい帰宅が遅くなることが多い。乾はありがとうと真一郎に伝える。それじゃあ午後半日休むと言えば気を付けてなとにっこりと笑顔を向けられた。乾は休憩スペースへ入り込み、繋ぎを脱いでいつもの服へと着替える。そのまま勢いよく出て行けば真一郎がびっくりしていた。

「何だ、デートか?」

 にやにやと笑う真一郎に乾は首を横に振る。大寿が呼んでる、と言えばへぇ、と相槌を返される。黒龍の初代総長でありバイク屋を営んでもいるし、乾の数少ない懐いている人でもあるので、真一郎と大寿はある程度の知り合いだ。楽しんでおいでよと言われ、乾は閉口する。九井の思い過ごしであれば本当に良いと思うけれども、九井の勘は大抵当たる。きっと九井も今頃ヤキモキしているのだろう。それならば乾は自分が出来ることをするだけだ。

「それからこれ、持って行って良いか?」

 これ、と言われたものを真一郎は二度見した。確かにそれは廃材であるから持っていかれても大して問題にはならない。けれどもそれは所謂鉄パイプだ。

「……喧嘩じゃねぇよな?」

 恐る恐ると言ったように真一郎が尋ねる。乾は何も答えずに、ただにこりと笑った。

2023/11/14

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