アンハッピーリフレイン03


 獅音が少年院を出て、一人で暮らしていた。日雇いの建築現場のバイトに入り、一日食べていけるだけの給料を稼いでいた。正社員になる話が出ていたが、獅音はオメガであることを隠してベータとして仕事をしていることもあり辞退した。現場の男たちは獅音にとって優しい人の部類だった。そんな獅音をイザナは暴走族の世界へと引っ張っていった。少年院で知り合った人たちと比べて弱いことを自覚していたこともあり、オメガだからと一度断った。イザナは獅音がオメガであることに非常に驚いていた。だが、イヌが何反抗してんだと言ったので獅音は嬉しさ半分不安半分で暴走族の世界に飛び込んだ。そのときイザナは黒龍八代目だった。
 家族とはどう、と世間話でするとイザナは弟が生意気だと何処か楽しそうに話す。獅音は良かったなぁと素直に思えた。どこまでも強いこの人が、どうか幸せにいられますようにと思えるようになったのはいつからだったか。獅音は、と尋ねられ、獅音はどうってこと無さそうに、両親がいないことを話した。その時のイザナの顔が強張っていたのを獅音は見逃さなかった。その後イザナは黒龍を卒業し、獅音を九代目総長とした。自分よりも腕っ節の強い男なんて他にもいた。多分、同情だったのかなと今でも獅音は思う。
 数年程して、イザナの弟が東京卍會という暴走族を作ったのだとイザナから聞いた。その後にイザナは横浜で天竺という名の暴走族を作った。嘗て孤児院で共に過ごした鶴蝶と、少年院で親しくなった者たちを呼び寄せた。獅音自身はどうしてオレが、と疑問に思ったが尋ねる間もなく流されてしまった。結局の所獅音自身もひとりでいるよりも、誰かといる方がずっと楽しかった。やがて天竺は東京卍會捌番隊となった。いつまでも馬鹿をやってる少年でいられることは不可能で、東京卍會は日本統一をしたと思えば解散した。散り散りになるのかとぼんやりとしていた獅音の手を引いたのはやはりと言うべきかイザナだった。
 そのままイザナは天竺のメンバーに声を掛けてNPO法人を設立した。生憎、というべきか灰谷兄弟はクラブ経営をしたいからと断っていた。そのまま獅音はその会社が経営している施設で働いている。数年経った頃に、イザナが一緒に住まないかと提案したので獅音は頷いた。物件探しのときに鶴蝶がいたし主に鶴蝶が率先して質問して選んでいたから、三人で暮らすものだと思っていた。だからこそイザナと獅音だけの二人暮らしであることに最初こそ驚いた。主に家事について、やっていけるのかと不安だったが人間はやる気か金かのどちらかがあれば割と何とかなっている。

「っう゛、」

 スプリングの効いたマットレスが使われたベッドの上で二人分の呼吸が響く。獅音の腹の中にイザナの膨れた陰茎が挿入されていた。獅音は背中にある重みと熱を感じながらシーツをきつく握り締める。
 いつの間にかこういうことをするような関係になった。子供の頃に感じていた悍ましさや恐怖感は驚くほど無い。イザナが全て幸福感のある快楽に塗り替えてしまった。何時もの話す声より高い声が出てしまうのも獣の鳴き声みたいな無様な声が出てしまうのも獅音にとって隠したくてみっともないものなのに、イザナは薄紫の目を柔らかくさせて幸福そうに笑む。胎内にあるイザナの陰茎が一際膨れたと思った途端に精を吐く。獅音は眼球の奥で星が飛んだ。喉ががぱりと開き、耳を塞ぎたくなるような声が出る。尿道に残っている精液を絞り出そうとしているのか残滓を擦り付けようとしているのかイザナはいつも揺さぶった。熟れた肉壁を擦り上げられる度にあ、あ、と媚びた声が出て肉襞は甘えるように陰茎に絡みつく。ぐたりと脱力した獅音の顔は涙と鼻水とでぐちゃぐちゃの顔であるのに、イザナの掌は愛おしいものを触れるような手付きで獅音の頬を撫でる。薄らぼんやりとした意識で感じる手付きに獅音はオメガが持つ胎を甘く痺れさせる。

「ふ、ふふ」

 嬉しくって仕方ないというような笑いだ。イザナの手が獅音の下腹部に触れる。獅音は身体を固くさせた。冷たい汗が背筋を伝い落ちる。ゆるりと手が何も孕めない薄い腹を愛おしそうに撫でる。

「家族が、増えるんだ……」

 何処か恍惚とした声でイザナが獅音の耳の側で言う。獅音の鼓膜にべたりと張り付く。イザナの唇が獅音の項に触れる。チョーカーが守っているそこは、未だ誰の歯も受け入れたことがない。
 イザナと獅音は住んでいるところは同じで所属している組織も同じだが、出勤場所は違った。代表理事であるイザナは本社にいたりあちこち出張に出掛けることが多かったが獅音は施設のひとつに職員として勤務していた。注文していた消耗品のチェックをして管理表に記載していく。窓の外で子供たちが遊ぶ笑い声が聞こえる。
 獅音はふと外を見た。青空がどこまでも広がっている。赤とんぼが悠々と泳いでいるのが見えた。獅音は家を飛び出した日をぼんやりと思い出した。
 あれ、と後ろから声が投げられる。獅音が我に返り、振り返ると蘭が立っていた。珍しいなと言えば近くで用事があってさと笑う。ごく普通の動作で蘭は椅子に座った。あげる、といつも獅音が飲んでいる微糖の缶コーヒーを差し出される。サンキュ、と軽く礼を言いながら獅音はそれを受け取る。買って間もないのか温かい。蘭は別の手で持っていたブラックコーヒーを飲んでいる。

「そういや獅音ちゃんってチョーカーまだしてんの?」
「あ? 番のいないオメガは義務だからだよ」

 一人で生きるようになってから知ったことの一つだ。そうなんだ、と獅音は飲み込み、行政から支給されたチョーカーを首に着けた。シンプルなそれは獅音の意思がないと外せないものらしい。そういうものが一般的だと年配のベータの女に言われても獅音はその重要さを感じられない。黒龍に所属するようになってから、獅音の首を見て驚く隊員は少なくなかった。多分、少年院で会った仲間たちはベータだと思っていたのだろう。言わなかったしなと獅音は別に悪いとは思っていない。今までチョーカーをつける常識が無かったのだ。
 そういえばそうだっけと蘭が興味なさそうに言う。そーだよと面倒くさそうに獅音は言いながらコーヒーを飲み干した。甘さとカフェインで脳がシャキッとした気がする。片付けて来るワ、と軽く言って段ボールに近付く。
 少しして、ん、と何かに気づいたような声を出す。どうしたんだと思いながら獅音は僅かに振り返る。眉を顰めさせて首を傾げる蘭の姿も絵になる。蘭のファンたちがきゃあきゃあ声を上げるのも、アルファであることもあって一層理解出来るなぁと獅音はぼんやりと思いながら消耗品の入った段ボール箱を倉庫に移動させようとする。

「番になってないの? 大将と? 何で?」
「オレがヤなんだよ」

 何で、と再度蘭が問い掛けた。獅音は少し考えるような素振りをして、イザナにはもっと良い人がいるだろと投げるように言う。蘭が瞬きをした。運命の、と獅音が言えば漸く腑に落ちたような顔をしている。ロマンチックなんだねと蘭が少し馬鹿にするように笑う。獅音は無視をした。
 アルファとオメガには運命の番と呼ばれる特別な相手がいる。ただ実際に出会える確率はかなり低く、おとぎ話や伝説だと言われるほどだ。獅音も多くのアルファやオメガを見てきたが、運命の番に出会えたのはたった一組だけだったし、獅音の仲間たちもイザナもイザナの兄や弟、妹も皆口を揃えてその一組以外見たことが無いと話していた。それくらいかなり貴重だった。
 獅音は段ボール箱を抱え直して扉を開こうとする。だが段ボールの中にあるものが不安定な形をしている物が多いためにバランスを崩しそうになり、開けられない。一度段ボール箱を床に下ろせば良いのだが、横着してしまう。

「獅音ちゃんさぁ、」

 背後から伸びた蘭の掌が獅音のチョーカーに触れた。獅音が振り返ると蘭の淡い目の色が獅音を見下ろしている。指先がつぅ、とチョーカー越しに項を撫でられ獅音は反射的にその手を叩いた。

「オレとなってみる?」
「ばーか。誰がなるかよ」

 即答じゃんとけたけたと蘭が笑う。蘭の手は獅音が開けようとしていたドアを開けた。獅音は軽く礼を言いながら部屋を出て廊下を歩く。蘭もそのあとに続いた。窓の外で子どもたちが楽しそうな顔をしながら追いかけっこしているのが見えた。

「何で?」
「蘭って竜胆とオンナ共有してそうだから」

 大正解と良い笑顔で言った蘭を獅音は殴りたかった。多分段ボール箱を持っていなかったら殴っていただろう。穴兄弟とかクソだろと吐き捨てた。何がおかしいのか獅音には解らなかったが、蘭は腹を抱えて笑っている。獅音はその間に倉庫に行き、段ボール箱を決まっている場所に置いた。蘭は未だ笑っている。

「オマエ出禁にして良いか?」
「ひでぇ、オレ出禁にするなら竜胆もしてよ」

 帰れよぉと獅音は面倒くさそうに言う。少しして蘭は落ち着いたのか溜息を吐いた。また明司兄妹がライブやるから来てねと封筒を渡される。封筒の中に何枚かチケットがあるのだろう。じゃあ大将たちにヨロシクー、と軽やかに言いながら蘭は施設を去った。
 残された獅音は封筒をポケットに入れる。その日の夜にイザナに渡して、鶴蝶たちと行ってきたらと提案したら、不可解そうな顔をされた。結局獅音はイザナに引っ張られて明司兄妹のライブに行ったのだった。

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