アンハッピーリフレイン05


 獅音が別の所を居住地とし、数年程経過した。一人の生活も随分慣れた。日雇いの建設業の仕事でどうにか日銭を稼いでいる。チョーカーをしなくなってから大分経った。オメガであるのにベータの振りをして働くのも随分上手くなった。ふと獅音は昔住んでいたアパートが気になった。別にイザナのものも獅音自身のものも二人で共有のものもそんなに多くはなかったので取りに行くようなものはない。ただ、あの部屋が空き家であるかイザナがいるかを確認したかった。
 電車を乗り継ぎ、懐かしい駅で降りる。そこから歩くこと十分程。割とすぐに件のアパートに辿り着いた。その道中であったはずの個人商店の看板が無くなり代わりにだだっ広い空き地になっており、月日の流れというものを感じた。窓を見ると、カーテンの色が変わっている。からりと乾いた音を立てて窓が開き、若い女性が出てきた。部屋の中からママーと幼い子供の呼ぶ声がする。少しして若い女性が出て来て、何か話している。獅音はアルファとオメガの家族だと察した。二人は目を合わせて話し合い、部屋へ戻って行った。
 そうだよな、と獅音の薄い胸に落胆がすとんと落ちる。イザナが住処を引き払ったのか、それとも誰も住んでいないから契約解除されたのかは解らない。それでも嘗て二人で暮らしていた家はもうどこにもない。獅音は踵を返し、来た道を戻る。空いた席が目立つ電車に揺られながら、まとまらない考えを何となく捏ねてみた。結局獅音はほろほろに崩れた考えを見なかった振りをして何処ぞへと捨てた。
 帰りに寄ったスーパーで半額値下げのシールが貼られている弁当を手に取る。手持ちの金と今後入って来る金を考えて獅音は頭を悩ませる。空っぽの冷蔵庫の中身を思い出し、戸棚にあるカップ麺の在庫を思い描き、ここ数日の食事を振り返る。悩んだ末にカゴに入れた。野菜も摂らなきゃと誰かに言われたぬるま湯のような言葉が脳味噌を僅かに柔らかくさせる。この弁当は今日明日と二日に分けて食べることにする。
 スーパーを出ると真っ暗な道が広がっている。街灯がぽつぽつと灯りを照らしている。そのうち一つが今にも消えそうに明滅を繰り返している。不意に獅音は心細くなった。逃げるようにあの家から飛び出し、嘗ての仲間たちとの連絡する手段を切ったのは自分自身だ。
 黒い車が獅音とすれ違った。ぴう、と冷たい風が頬を叩く。余りこの辺で見ない車だなと思いながら獅音は曲がり角を曲がる。寒さに身を小さくさせた。こんな日は布団の中で丸くなってじっと耐えていればいつか朝が来ている。

「獅音!」

 背後から投げ付けられた声に反射的に獅音は振り返る。薄紫のマフラーをして黒いコートを着たイザナが立っていた。髪が緩く巻かれているが、焦燥しきった顔のイザナだ。獅音の世界から断線したスピーカーみたいにぶつんと音が消えた。
 駆け寄りたい、どこに行ってたんだと尋ねたい、元気だったかと確認したい、捨てたんじゃないのかと確かめたい、他に子供の産める番は出来たのかと聞きたい。
――だが、その権利がオマエにあるのだろうか
 真っ黒い何かが獅音に囁いた。
 獅音は弾かれたように踵を返した。そのまま硬いアスファルトを蹴飛ばして駆けて行く。全速力で駆けるが、全盛期と比べると笑ってしまいそうだ。全盛期と言ってもそこまで足が速かった訳でもないのに。
 背後から足音が聞こえる。いつか感じたことのある視線が殺意が獅音に纏わりつく。街灯たちは煌々と輝きどこまでも照らしている。獅音は後ろを振り返ることもせずにただ走る。
 街灯が煌めく道を二人で走る。どこかの家からいつか聞いたことのあるような、子供の楽しそうな悲鳴が聞こえた。

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