アンハッピーリフレイン06


 獅音に子供が産めない身体だと言われたとき、イザナはだから何だと思った。本人なりに酷く気にしているようだが、血の繋がりのない兄や弟、妹がいるイザナにとっては些細なことに感じた。確かにアルファとオメガのカップルがアルファあるいはオメガの子供を産み、育てると国から助成金が出る。それを目当てとする人も確かに存在する。だがイザナはNPO法人の理事であり、|人《獅音》ひとり養う余裕なんて十分にある。
 獅音には獅音の思うことがあるのだろうと判断し、イザナは自室へ戻った。何か下手に声をかけても解決しなさそうだと判断したのだ。明日も早いからと布団に入り込み、目を瞑る。そういえば獅音は番になりたがらなかった。そのうち番になるから、その覚悟がいるのだろうとイザナは獅音の気持ちを優先した。アルファであるが故にオメガの感情は解らない。イザナ個人の意見としては、さっさと腹を括れだったが。さっさと籍を入れるかと画策しながらうとうとと意識を手放す。どうしたって獅音はイザナがすることなすことに喜んでついてきてくれるとイザナは信じている。
 暫くイザナは家に帰ることがなくなった。新しい施設を建てたり、新しい事業計画を考えたりするなどの仕事が一気にきた。終わらせることで嘗ての自身たちのような子供たちがいなくなると思いなるべく早く終わらせたい一心だった。連絡くらいしたらと蘭に言われたが、先日の事があり、万が一逃げられでもすれば腹が立つのでしなかった。鶴蝶から何度か休めと提言され、漸く片隅にあるソファで仮眠をとる。そんな不規則な生活が数週間続いた。
 そんなとき、獅音が職場に来ていない、連絡もつかない。そう武藤から聞いたときにイザナは足元が崩れ落ちるような感覚に包まれた。粘つく暗闇の中で、武藤の声がわぁんと響く。携帯にかけても連絡はつかず、二人が住んでいるアパートを見に行ったが何も変わったことはない。推測するに、獅音は自らの意思で出て行ったのだ。イザナは携帯で獅音に与えた番号を打ち込む。無機質な電子音が机上で鳴り響いた。手の中にあった携帯が、ばきんと嫌な音を立てた。無機質な電子音がブツリと消える。途方も無いほどの怒りがイザナの身体でもんどり打っている。
 番にこそなっていないがイザナは自身の精神状態がかなり不安定になっていることを自覚していた。お気に入りの所有物が不意に取り上げられた感覚。多くのアルファであれば攻撃的になる。イザナもその例に漏れなかった。攻撃性を全て仕事の処理に回す。そのお陰というべきか、ものの一、二年でイザナが理事長を勤める法人は急速に発展したのだった。
 仕事も落ち着き、久し振りに実家へと帰った。血の繋がりのない祖父も元気そうでほんの少しだけ心の強張りが和らぐ。兄や弟は相変わらずらしく安堵した。妹も元気そうで何よりだ。イザナの部屋はそのまま置いており、維持されていた。イザナはベッドに寝転がり天井を眺める。
 獅音を探せと指示をしたが何も手掛かりがない。そんな状態で人探しなど無理に等しい。殆ど収穫はないだろうけれどもと天竺のときからつるんでいる面子は探してくれている。都外に出た可能性だってある。何もできないことが酷く歯痒い。舌打ちを一つ打つ。じっとすることが勿体なく感じたが、ゆっくり休めと望月に言われたことを思い出して溜息を長く吐く。

「兄ィ、ちょっと良い?」

 どうした、と声を掛けると扉が開く。これ、とスマートフォンの画面を見せられた。小さな画面の中でインフルエンサーが都内の店を紹介している。連れて行って欲しいのかと思いながらイザナは最初こそはつまらなさそうに見る。だがほんの一秒ほどの小さな画面に映り込んだ男の姿に表情が強張った。おずおずとエマが口を開く。

「この人、前に兄ィが連れて来てた人だよね?」

 髪が伸びていたが、それは間違うことなく獅音だった。
 そこからのイザナの行動は目まぐるしいものだった。ほんの僅かに映りんだ画像と店の住所から行動範囲を割り出した。そこを地道に潰していく。誰かの居場所を割り出すことはイザナにとって比較的容易いことだ。愚痴や弱音を零す者はいない。
 それを繰り返すこと半年過ぎた。手掛かりはあれきり何も得ていない。流石に移動しているかもよと蘭が可能性を浮上させたがイザナは聞かなかった。何事も一つひとつ確実に虱潰しして次へと進みたかった。仕事の傍らで見慣れない道を武藤に運転させる。背の低い団地や戸建てがひしめき合っている。建設途中の戸建てや新しい持ち主を探している土地が見られる。流れる景色を眺めながら、いつも悪いなと武藤に言葉を紡ぐ。武藤は然程気にしていないのか、あるいは驚き過ぎていたのか、いや、とだけ呟いた。助手席に座っていた竜胆が珍しいものを見たような表情をしていたのが何となく感じられた。確かにこうして言葉にすることは多くなかったかとイザナは記憶を辿る。
 ふとイザナは振り返った。バックガラスの向こう側で身体を小さくさせている男の姿が見えた。あっという間に遠退いて行く。ざわ、と身体中の細胞一つひとつがざわめき出す。走行中であるにも関わらず、イザナは歩道側の扉を開けた。驚いた武藤がブレーキを強く踏む。がくんと車体が大きく揺れた。イザナは転げ落ちるように降りた。二人に何かを言う余裕もなく、イザナは先程見た男を追い掛ける。車が一台通るのがやっとくらいの道に入り込む。街灯がぽつぽつと点いて道を不安定に照らしている。その下で、小さな画面に映り込んだ男がいた。あれは獅音だと脳髄が叫ぶ。

「獅音!」

 呼ばれた男がぎこちなく振り返る。驚いたように目を見開いた。イザナは溜息を吐いた。今までどこにいたんだとか心配させんなとかそんな言葉がごちゃごちゃと絡み合う。
 突如として獅音は踵を返して走り出した。一瞬何が起こったかイザナは理解できない。逃げられた。そう理解した瞬間に、はぁ、とイザナの口から呆れと怒りで綯い交ぜになった声が落ちる。イザナは地面を蹴った。獅音は明るい街灯が並ぶ方へと走っていく。その背中を追い掛けて追い越せることなどイザナには酷く容易いことだ。
 イザナは獅音の首にチョーカーが無いことに気付いた。イザナの腸が急激に煮え繰り返る。獅音は番になりたがらなかった。イザナは無理に番にならなくても良いと考えていた。だから獅音が良いと言うまで待っていただけだ。
 オレが好きだと言ったくせに、オレだけだと言ったくせに、オレに身体を許したくせに、一緒に住むことだって同意したくせに!

「――ふッざけんなクソ犬!!」

 イザナが跳んだ。薄い背中に向けてドロップキックをかます。ぎゃんと獅音が悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。イザナは獅音の肩を掴み身体を仰向けにさせる。胸倉を引っ掴んだ。ひッ、と獅音の喉が鋭く空気を吸う。

「オレ以外の番でもできたか」

 イザナが吐いた言葉は酷く低く、火傷するほどの激情が押し込められていた。獅音が首を何度も横に振る。チョーカーは、と聞けばベータの振りをしているのだとべそをかきながら言う。イザナの怒りが少しだけ落ち着く。イザナは手を離した。何で着けてない、と尋ねる。ひぐ、と獅音の喉が鳴った。

「……だって、オレ……捨てられた、のかと」

 子供産めないしと獅音が細切れに言葉を落とす。イザナが獅音の言ったことを理解した瞬間、血液がカッと頭に昇る。飼い主を疑う飼い犬を殴ろうとして拳を振りかぶった。獅音に対して甘えているのかすぐ怒る癖は直した方が良いと忠告した武藤がイザナの脳裏に過る。拳が獅音の頭を殴る直前に手を止めた。恐怖から獅音は目にいっぱい涙を溜めている。何で子供、と出来るだけ優しく問うた。獅音はしゃくり上げながら、イザナは血の繋がった家族を欲しがっていたからと言う。イザナは溜息を吐いた。獅音は勘違いしている。
 すぐ帰るつもりだった上に連絡して逃げられたら嫌だったから連絡しなかった。子供が欲しいと確かに思うが、どちらかと言えば獅音を逃さない為の枷が欲しいだけだ。頭の中で弁明していると、話さないと解んないよ、オレたちはエスパーじゃないんだしと楽しげに蘭が笑う。イザナは自身の頭から蘭を蹴飛ばして追い出した。
 イザナは息を盛大に吐いた。舌打ちを一つする。

「血の繋がりなんか、どうだって良いだろ」

 ふぇ、と獅音が間抜けな声を出す。オレも昔は固執してた、と素直にイザナは言葉にした。幼い頃に初対面の万次郎と殴り合いの喧嘩をしてイザナの認識は変わった。家族の繋がりとは血の繋がりだけでないことを認めた。血の繋がりがなくても真一郎は万次郎やエマと同じように接しているし、エマも昔みたいに慕っている。万次郎もそうだし、祖父もそうだ。

「血の繋がりなんかなくたって真兄はオレの兄貴で、万次郎はオレの弟で、エマはオレの妹だ」

 そう気づかせたのは幼い万次郎だった。あの時がなかったらイザナは自分が今よりずっと不安定だったろうなと理解できる。獅音が子供を産めないことについてイザナは大した問題ではない。

「子供が欲しければ、それこそ自身が経営している施設の子供を引き取れば良いだろ」

 そう言ってから、まるでペットを飼うみたいな言い方だなと少し反省した。イザナが下唇を噛んでいると確かに、と獅音は同意する。それが本当に獅音自身が理解して言ったことなのか、単にイザナの言うことに同意したのかイザナには判別がつかない。

「で、オマエは誰のモンだ」
「イ、イザナの……?」

 恐る恐るといった答え方に腹が立つが正解であるので良しとする。自信持って答えろと獅音の上から退きながら指導する。腕を引っ張って立たせた。いくつか痩せたように見える。首元が寒そうだったのでイザナは自分が巻いていた薄紫のマフラーを獅音の首にぐるぐると巻き付けた。持ってろと言葉を添えた。

「帰るぞ」

 イザナは携帯を取り出す。通話ボタンを押して竜胆の番号にかける。獅音が目を剥く。ど、どこに? と察しの悪い言葉を音にする獅音に、イザナは鋭く舌打ちをした。

「オレたちの家以外にどこがあるんだよ」

 五回以上のコール音で漸く竜胆が出た。スピーカーから何考えてんだよと焦った声が聞こえた。

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