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TEMPORARY

一時的な置き場

理想狂とカタストロフィ1


 ドラム缶の焚き火だけが照らす古びた駐車場に鉄錆の匂いとタンパク質と脂肪の焼ける匂いが空気を満たす。新入りが壁に向かって胃の中にあるものを吐いていた。三ツ谷は片付け頼むワ、と数年程一緒に仕事をしている男に頼み、駐車場を後にする。
 死体を見ても何も思わなくなってしまった。銃口を人に向けて引き金を引くことも何も感じなくなってしまった。人の叫び声を聞いても何か気になるようなことがなくなってしまった。中学生の頃から比べると随分と変わってしまった。友人である佐野万次郎のことを格好良くて尊敬しているからこそずっと側にいた。他の面子もそうだ。
 ふと窓に映り込んだ自身が目に入る。子供の頃の生活を続けていれば一生買えそうにない値段のするスーツ一式を着ている男だ。ネクタイピンだってハンカチだって靴だって何もかもが一級品だ。三ツ谷はだから何だと思う。中学生の頃、きらきらとした東京卍會は何処にもない。子どもの遊びで済まされないことをずっとしている。
 東京卍會、所謂史上最悪の愚連隊。三ツ谷はその幹部だ。
 三ツ谷は小さく欠伸をする。先程染み付いたにおいが鼻について顔を顰めさせる。においって問題だよなぁとぼんやりと思いながら空を仰いだ。星々はきらきらと静かに冷たい色で燐いている。子供の頃にも見たことのある筈の空なのに、と息を小さく吐いて俯く。つやつやとした革靴が視界に入る。昔履いていた穴の空いたスニーカーを思い出す。それくらい頃の方が生活は大変だったが今よりもずっと楽しかった。

「タカちゃん」

 顔を上げると八戒が笑っている。スーツのように硬い格好が苦手らしく、ネクタイがゆるく結ばれている。こういうモデルとかいそうだなとぼんやりと三ツ谷は思った。八戒は三ツ谷の側に並ぶと嬉しそうに口元を綻ばせる。

「何か良いことでもあったか?」
「んー、昨日食べたカップ麺が美味しかった、とか?」
「カップ麺、作れるようになったんだ。良いことじゃん」

 でしょとどこか得意そうに八戒が笑う。柚葉は嫌そうな顔してたけどとくるくると表情を変えさせて話を続けている。三ツ谷は相槌を打ちながら、自身のの脳裏に表情が余り変わらない彼の兄が過った。数週間前に、アイツ、外食ばかり食ってんだろうなと大寿が漏らしていたことを思い出した。僅かに伏せられた鋭い金の目には様々な感情が複雑に入り交ざっていた。三ツ谷はどうかな、と知らない振りをした。

「昨日さ、懐かしい夢見ちゃって」

 ぽつりと静かに八戒が呟く。三ツ谷は八戒を見た。俯かせたその顔が何処となく大寿を思い出させる。大寿と柚葉は顔が良く似ているが、八戒一人だけが違った造りをしている。それでもふとしたとき、例えば目を伏せているときや箸やフォークを持ったときなどちょっとした表情や所作に大寿に似ていると思わされる。

「……大寿くんでも見た?」

 八戒がパッと顔を上げた。どうして解ったの、と言わんばかりの顔だ。暫く見ていない三ツ谷自身の妹たちを思い出す。あの二人も言わんとすることを当てるとそんな驚いたような嬉しそうな顔をさせた。八戒は歯を見せて無邪気に笑みを浮かべている。

「うん、兄貴もそうだけどタケミっちもいた」

 中坊のあのとき、と頬に僅かな寂しさを過らせる。懐かしいな、と三ツ谷は言葉を落とす。
 聖夜決戦と呼ばれた小さな抗争は大きな影響を及ばせた。あの日を境に黒龍は東京卍會、厳密に言うと壱番隊隊長だった武道の元に下った。武道は此処にはいない。これから自分たちがすることにはきっと向いていないからと龍宮寺と三ツ谷が万次郎に頭を下げて抜けさせたのだ。此処にいればきっと泣いて泣き喚いていただろう。組織にそぐわないとされて、殺されていただろう。今の東京卍會ならそうする筈だ。

「八戒は、大寿くんに会いに行かないのか?」

 そう尋ねれば八戒は吹き出した。行かない、行かないとけらけらと笑い声を上げている。一頻り笑って落ち着いたのか、八戒は息を吐いた。顔を上げて、寂しそうな笑いを浮かべさせる。

「だって、兄貴はカタギだもん」

 いつか聞いたことのある台詞を八戒は吐いた。
 八戒が愚連隊となった東京卍會にいることを大寿に告げた日、殴られたと話していた。もう一回話してみたらと提案したが八戒は首を振った。兄貴はカタギだもんと頬を赤く腫れさせて今にも泣きそうな顔で八戒は笑った。そのときに、三ツ谷は八戒に頼まれた。兄貴はカタギだから手を出さないでと。
 八戒は両手を組んでぐぅっと背を伸ばす。左に身体を倒して身体の側面を伸ばしている。

「兄貴はオレと柚葉のことなんかきっとさっぱり忘れてるよ。ああ、それか嫌がってると思う。高級レストランの切り盛りしてるカタギの身内がこんなことしてるなんてさ」

 スキャンダルも良いトコじゃんと八戒はいつもより少し早い口調で八戒は言い放つ。伸びをやめて、息を吐く。あーぁ、と何にもならない声を出して空を仰いだ。三ツ谷もつられて空を見上げる。相変わらず星たちは瞬いている。

「タカちゃんが約束守ってくれてるから、きっと兄貴は平和だよね」

 八戒の言葉に三ツ谷は肯定もせずに否定もせずに静かに笑う。弟分の頼みを願いを反故にして三ツ谷は密かに大寿と会っていることを八戒には言わなかった。今後とも言うつもりもない。そもそも知らせる義務もないと思っている。

「ありがと、タカちゃん」

 恨まれることはあれども、お礼を言われることなんて何一つしていない。約束を反故にされていることをつゆも知らずに嘘をつかれていると想像もできない弟分は兄貴分である三ツ谷に心の底から礼を言ったのだった。
みつたい