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TEMPORARY

一時的な置き場

理想狂とカタストロフィ2


 高級レストランの一角で三ツ谷は大寿と向き合って座っていた。従業員のいない、二人きりのレストランだ。二人が囲む皿の上には、大寿が用意したちょっとした食事であるサンドイッチとポテトが、三ツ谷が手土産として持って来たケーキがぽつぽつと寂し気に置かれている。三ツ谷は大寿が用意したサンドイッチを取って口に含んだ。ふわふわの食パンにバターの風味がし、ハムの塩味とレタスの瑞々しさが申し分ない。店で出している商品なのかただの賄いなのかそれ以外なのかは三ツ谷は解らない。知ろうとも思わない。大寿は決して三ツ谷の持って来た食べ物に手を付けることはなかった。多分明日になればゴミ箱に入っているのだろう。警戒心の強い大寿くんらしいやと三ツ谷は特段何も思わない。
 店のあちこちに配置された水槽で小さなサメたちは悠々と泳いでいる。三ツ谷は中学生の頃に大寿と妹たちをつれて水族館に行ったことを思い出した。メインホールの所にある大きな水槽に齧りつき、驚きと嬉しさの入り混じった声を上げる妹たちを見守りながら三ツ谷は少し離れた所にいた。そのときに大寿が水族館が好きだと言ったことをぼんやりと思い出した。もう昔の話だ。欠伸が出るほど平和で泣きたくなるほど何もかもかが輝いて見えた。もうあの頃には戻れない。
 大寿は大学に在籍しながらレストランのオーナーとなり、経営に携わっていた。彼自身に商才があったのだろう、大寿が経営するレストランはあっという間に評判となりあちこちに新しい店舗ができるようになった。若くして成功した経営者。加えて体格も良く、顔立ちも整っている。世の誰もが羨むような立場だ。あのスーツの下に刺青があることを知っている人はどれほどいるのだろうか。完全無欠のように見える男にも弱点はあった。その弱点の生命を三ツ谷はいつでも好きにできる立場にある。
 柴大寿の弱点は、表舞台に出てくることのない彼の家族である柴柚葉と柴八戒だ。
 三ツ谷は大寿と月に一度会って話をしていた。話す内容は他愛のない世間話もあったが必ずする会話はいつだって大寿の家族のことだ。東京卍會にいる妹と弟が心配なのだろう。止められなかったことを後悔しているのだろう。大寿は堅気の人間でありながら、柚葉と八戒のことを定期的に聴くためだけに、史上最悪の愚連隊である東京卍會に所属している三ツ谷と定期的に会っているのだった。
 食事をしながらする会話はいつだって三ツ谷にとって何処か面白みのないものだった。柚葉や八戒のこと、流石に仕事の内容をいうわけにもいかないが、それ以外の他愛のない日常の話をしていた。元気なのか、と決まって大寿は問うた。元気だよと三ツ谷はいつだって答えた。死んでいない、五体だって満足にある、その状態はいつだって元気と称されるものだろう。大寿はいつも何処か険しい顔をしていた。きっと信用できないのだろうと三ツ谷はよく理解している。大寿からすれば、可愛い家族をとんでもない界隈に巻き込んだ男だ。例え中学生の頃にあるべき家族の姿に説うたとしても、例え奇妙な友情が芽生えていたとしても。
 大寿が腕時計を見た。三ツ谷も自身の腕時計をちらりと見る。短針はとっくに天辺を超えている。そろそろ帰れと言うことなのだろう。いつものことだ。ほんの束の間でも大寿と会って話が出来るだけでも良いと思わなければならない。

「大寿くんは来ないの、」

 ウチには八戒たちもいるよと言おうとした言葉は咽頭にべたりと張り付き小さく縮こまる。大寿の鋭い眼差しがそうさせた。遊びで済まされないことをするようなった東京卍會で幹部としての働きでそれなりに恐怖心は失くなったと思っていたのに、そうでなかったことを思い出させた。

「それ以上口を開いてみろ。テメェを追い出してやる」

 言葉こそはとても優しいものだがそれ以外の全てが殺さんとしている。ウチに来てくれたらきっと直ぐにでも幹部になっていただろう。怖い怖いと三ツ谷は軽薄そうに笑いながらも肩を竦めさせた。清廉潔白という言葉が似合う。嘗て暴走族の総長だった男は今やレストランのオーナーだ。それでもふとしたときに暴走族の総長だったことを思い起こさせるような鋭い目つきをすることがある。三ツ谷は皿の上に残ったサンドイッチとポテトを平らげることにした。甘ったるく可愛らしく飾り付けられたケーキは誰も手を付けていない。勿体ないなぁと少しだけ思うが、三ツ谷は他人事のように眺めるだけだ。

「三ツ谷、たまにはルナやマナと会うことはしねェのか」

 大寿の言葉に三ツ谷は瞬きをした。三ツ谷は万次郎に付いて行くと決めた日から家族を守るために距離を取った。母親は勿論、ルナやマナとだってもう随分会っていない。会うどころか姿さえ見てもいない。どうしているのかなんて風の噂でも聞かない。でも誰も何も言わないからきっと生きているのだろうとぼんやりと意図的に考えないようにしている。

「大寿くんはそれなりに会っているんだ」

 ほんの僅かに棘の含まれた声が三ツ谷の喉から滑り落ちた。家族に会えないことからの嫉妬というより、俺には目的のためにしか会ってくれないのにという嫉妬からだ。大寿は何も言わない。反応も返さない。ルナやマナに何かあったとしたらきっと大寿はそのことを三ツ谷自身に言うのだろうと三ツ谷は何処かぼんやりと感じた。不思議な気持ちだった。大寿も八戒も、もしかしたら柚葉も、一番会いたいと強く願っている人に会わずに、元気にしているかだけを聞きたくてその人に近い所にいる別の人に会っている。不確かな情報に縋って生きている。三ツ谷にはその情報を醜く歪ませることも美しく飾り立てることも出来る力があるというのに。
 三ツ谷は必要最低限の荷物を持ってレストランの出入口から外へ出た。大寿は一応見送りをしてくれる。見送りのためと言うより戸締りのためだ。店の戸締りをしてから帰るのが大寿のいつものルーティンだ。

「……忘れたこと、ある?」

 家族のこと、と三ツ谷は小さな声で尋ねる。大寿が僅かに顔を顰めさせた。

「柚葉も八戒も、オレの愛する家族だ。片時も忘れたことなんざねぇよ」

 愛情深い男の言葉は薄暗い室内で揺らめいて消える。その言葉は本来届くべき二人は届くことはない。そう、と三ツ谷は呟く。またねと言って踵を返す。少しして鍵が閉まる音が聞こえた。薄暗い夜道を歩きながら、三ツ谷はふ、と息を吐く。信用だとか信頼だとか、そう言った感情が何もかもが煩わしく感じるようになってしまった。
みつたい