原稿進捗やそのままSNSに貼りにくい作品があります。18歳以上ですか?

Please reload or enable CSS.

TEMPORARY

一時的な置き場

理想狂とカタストロフィ3


 月に一度の幹部会は憂鬱だ。窓の外を見れば薄暗い雲が夜空を覆い尽くしている。ユーウツだよねぇ、と八戒が困ったように眉尻を下げさせた。美味い飯が食えると思えよと元気を出させようと背中を叩く。そうだねぇと八戒は小さな声で言う。八戒だって美味い飯なんてどうでも良いのだろう。
 用意された部屋に通され、円いテーブルに三ツ谷は着席する。八戒は三ツ谷の後ろに立っていた。他の幹部たちも席に着いている。食事をしながら本題以外の話をする。
 いつものように話している林田も林もどこか乾いたものがあるように感じてしまう。総長代理となった稀咲とNo.3であるイザナが実質的な指揮を執るようになったからだろう。所謂古参と呼ばれる幹部たちは万次郎であれば地獄にだって何処だって進んでいく所存だ。だが、稀咲やイザナは違う。その二人たちについては皆本当はそっぽ向いたり舌を出したり中指を立てたりしている。龍宮寺を見捨てた男共だ。龍宮寺をハメて万次郎や自分たちから引き剝がした男共だ。だからこそ古参と呼ばれる幹部たちは表立って争うことはないしろ二人に表面すらも忠誠を誓うことはしていない。
 少しして稀咲が入って来た。芸を仕込まれた犬のように全員が立ち上がり、お疲れ様ですと腹から声を出して頭を下げる。本当に労いや感謝の気持ちを込めて頭を下げているのはどれくらいなのだろうか。三ツ谷はもう何も解らない。稀咲はにこやかな雰囲気を纏い、座るように指示を出す。

「お前たちはよくやってくれている……が、まぁ金というものはいくらあっても良い」

 また始まったよと三ツ谷は表情には出さずにうんざりとした。そもそも金の集め方だって、反吐が出るほど汚いものだ。誰かを貶めて手に入れる金なんて何の価値があるのだろうかと思うが、稀咲たちにとっては金は綺麗も汚いもなく金は金なのだろう。元々の、最初に東京卍會が作られた理由って何だっけなと三ツ谷は古ぼけた記憶を開けた。幼いままの場地の横顔が脳裏を過る。東京卍會に思い入れのある人たちであればきっと今とのギャップに心臓がきつく握り締められている感覚に陥るときがあるのだろう。未だ三ツ谷の心臓は弱くも鋭く痛む。あれほど犯罪に手を染め死体を積み上げたり人の人生を取り返しのつかないほどまでに滅茶苦茶にさせたのにも関わらずに、未だ良心のような物があるみたいで、少しだけ安心してそれと同じくらい馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいたかった。きっと死んだときは仲良く地獄に行くのだろう。東京卍會を滅茶苦茶にした根本である稀咲が一番苦しんで死んでしまえば良いと強く思う。思うだけだ。それを実行する勇気も度胸もない。この生活が無くなれば、元の生活にも戻れない。死んだほうがマシ、と思うなら死なば諸共で特攻するのだろう。だからこそ誰も大っぴらに反旗を翻さない。

「――だから、マイキーはある人物をウチに引き入れようかと悩んでいる。まぁ、お前たちの意見を聞いてから決めるようだが」

 何がマイキーだと三ツ谷は小さく舌打ちをする。生きているのか死んでいるのか解らない状態の万次郎に意思を決定する力があるとは思えない。最後に見た万次郎の姿を三ツ谷は思い描く。龍宮寺の死刑判決が出た日だった。随分痩せてしまった細い体躯は今にも崩れ落ちてしまいそうで、彼の中にある意志だけがどうにか食い止めているように見えた。あれから、会っていない。会わせて貰っていない。本当に生きていることすらも怪しい。総長代理である稀咲と彼の異母兄であるイザナだけは会っているが、信じられないでいる。

「……で、誰を入れるつもりなんです?」

 オレらの知っている人ですかと半間が尋ねる。稀咲は人の良さそうな笑みを一層深くさせた。反吐が出そうな笑みだ。その下では血の通っていない考えばかりを生み出し実行させるのだから。

「柴大寿」

 八戒が解り易く動揺したのを三ツ谷は感じ取った。何かをしようとした弟分を三ツ谷は寸の所で手で制する。振り返り、顔を見ると、どうしてと言わんばかりの顔をしていた。三ツ谷は話しかけずに八戒の青い目をじっと見る。八戒は何か言いたそうな顔をしていたが、大人しくすることにしたようだ。傷のついた唇を噛み締め、俯いた。どうかしたのかと稀咲に尋ねられ、三ツ谷は八戒が虫にビビってさと笑う。稀咲はそうかとだけ反応した。それ以上のものはない。三ツ谷は座り直し、冷水の入ったコップに手を伸ばした。僅かに乾いた口腔を水で湿らせる。
 三ツ谷自身は大寿が東京卍會に在籍しようがしまいが正直な所どっちでも良かった。ただ、この場で大寿に会っていることが明らかになるかもしれないなと何処かぼんやりとした事を考えつつ、そうか大寿くんは自由にしているから話題に上がってくるのかと新たな気付きを得る。
 円卓を囲んだ幹部たちがざわめきを大きくさせる。ふざけているのかという罵倒さえも飛んで行っている。ただの堅気を東京卍會に取り込むなんて聞いたことが無い。
 もしかして見せしめとしての目的だろうかと三ツ谷の脳味噌は解として叩き出す。柚葉や八戒が大寿は堅気だから近寄らないで欲しいと強く思っているのは大体の人が知っている。最近古参たちの上納金が少ないから、本気で金を集めて納めなければ東京卍會に取り入れて働かせるぞという脅しなのかもしれない。それにしてはもっと強く響くところからやった方が良いだろうになぁと少しだけ思った。

「オレは反対だ」

 乾の涼しい声が響いた。喧騒がぴたりと鳴りを顰めさせる。部屋中にいた人間たちの視線を集めた乾は相も変わらず何を考えているのか解らない表情のままだ。僅かに眉が顰められる。その目にははっきりと分かる程に不愉快さと嫌悪が浮かんでいた。

「確かに、柴大寿は昔こそ力があったが今はただの腑抜けだ」

 入れてやるメリットがないと冷たく言い放つ。
 水を打ったように沈黙が数秒、あるいは数分間続いた。もしかしたら時間の単位だったかもしれない。誰もが言葉を気軽に放つことは出来ない。この問題について質問あるいは判断をするのは自分たちではなく稀咲であるということを認めたくはないが誰もが理解していた。
 誰からということもなく、視線は乾から稀咲へとぎこちなくも移っていく。全員の視線が移動した頃、ふぅんと稀咲が呟く。そうなのか、と乾の隣に立つ九井に意見を求める。九井はそうそう、と同意した。

「それに柴大寿は、クリスチャンだからかどうかは知らないが清廉潔白な男だ。誰かにつく発想も勝ち馬に乗りたいと言う考えもない癖に自分の意思を通そうとする力はある。デメリットがデカすぎる」

 だからオレもヤだねぇ、と九井が下唇を舐めながら吐き捨てた。その眼には明らかな敵意があった。
 三ツ谷は大寿が東京卍會に加入した後のことを考えてみる。確かに九井が言うように、誰かにつくなんてことはせずに、一人二本の脚で真っ直ぐと立っているのだろう。もしかしたらその姿に魅了されて優秀な部下が取り込まれるかもしれないと黒龍時代のことを思い出す。そうすれば、大寿は反旗を翻すのだろう。我が物顔で東京卍會を乗っ取るのだろう。いや、自分で新しい組織を作る方が性に合っているのかもしれないなと三ツ谷の思考はするすると思考の海を滑っていく。
 ふぅん、と稀咲が呟く何処か愉快そうな顔をしている。

「――つまり、柴大寿は東京卍會に必要ない、と?」

 稀咲が問うた。眼鏡の奥で眼光が鋭く光っている。数多ある視線が九井に注がれる。九井は鼻で笑った。

「不必要も不必要だ。それ以前に|オレたち《東京卍會》が今更気に掛ける相手でもねぇよ」

 少しの沈黙の後、解ったと稀咲は頷いた。ではそのことをマイキーに報告しておこうと席を立つ。三ツ谷を含んだその場にいた人たちが立ち上がろうとするのを手で制し、稀咲は部屋から出た。
 会食を終え、三ツ谷と八戒は帰路へと着く。運転手に馴れた道を辿らせる。

「アイツ、何考えてたんだろうね」

 八戒が呟いた。三ツ谷は八戒が言わんとすることを何となく察していた。恐らくその場にいたものもそう感じていただろう。

「でもあの二人が反対してたから、きっと無くなるよね?」
「多分な」

 あの意見を聞いたうえで採用すればいよいよ正気を疑われるしただの嫌がらせにしかならないだろう。八戒や三ツ谷――所謂古参たちが反対すれば話は別だが黒龍だった二人が反対したからこそ稀咲はそれに従うしかない。
 三ツ谷は定期的に見た大寿を思い描く。普段から鍛えられているような体格であるために、荒事もこなせそうだ。情報を聞き出すことだって安易にできる筈だ。黒龍時代にきっとよく行ったことだろうから。だがきっと声を掛けても首を縦に振ることはしないだろう、大人しく従うことはしないだろう、例え銃を突きつけられても――それこそ妹と弟を人質にでも使わなければ、従わないだろう。ああ、そうすれば良かったんだと三ツ谷の胸にすとんと落ちた。

「――タカちゃん、きっと、大丈夫だよね?」

 八戒の声で三ツ谷は我に返る。青い目が三ツ谷をじっと見ている。不安で揺らめいている目を三ツ谷はじっけりと見つめ返す。三ツ谷は無責任に大丈夫だとは答えたくなかった。無責任な言葉はいくらでもかけてやれる。だがそれをしたところで何にもならない。つい先程にはっきりと、あるいはそれよりもずっと前にぼんやりと思い描いていた三ツ谷の計画はどう足掻いても八戒が望んでいる大丈夫には程遠いところで笑っている。

「八戒、今日あったことは柚葉には言うなよ」

 きっと聞いたら落ち着いてはいられないだろうからと子供を諭すような声で話し掛ける。八戒はぎこちなくもこくりと頷いた。
みつたい